泣かぬ暗闇



 それから、何週間か過ぎた。

「かーさーはーらー、ご飯出来たー」
「うー……もう少し寝る……」
「だめー」

 布団を勢いよく剥ぎ取られ、俺はぼやけた顔で起きあがった。渦見が、笑顔で俺の頬をつついてくるのを片手で振り払いながら、目を擦る。目覚ましが、けたたましく音を立てていた。カーテンの隙間から差し込む光が、目にまぶしい。

「……おはよ」
「おはよー」

 欠伸をしながら、腕を上げて、体を伸ばす。
 なんつー平和な日常だ。




 あれからの話を、しよう。
  あまりにも長い期間、閉じ込められていた気がするけど、実際は二週間くらいのことだったらしい。二週間と言っても、結構な時間だし、俺はバイトを無断欠勤 している期間があったので、戻ってこれたと思ったら、すでにクビになっていた。真面目が取り柄の俺の評判がガタオチだけど、監禁されていたなんて真実を話 しても信用されるわけもなく、また、喋ったら面倒くさいことになるかもと言われ、俺は泣く泣くやめることになった。
 そこだけは本当残念でならない。貴重な食糧元の弁当屋が……。次のバイトはどこにしよう。やっぱり食品関係がいいよな、余った奴もらえるしっていや、そうじゃない。あれから、俺たちは旭さんの計らいで、なんとかあの屋敷から出てこれた。
 もう二度と戻る気もないけど、灯のあの言葉だけが、未だに頭に強く残っている。でも、今のところ、それは思い出さないよう努めていた。
 渦見がエプロンを外しながら、ご飯をテーブルの上に並べる。お前は新妻か。

「笠原、ご飯作った。ナマコの卵焼き」
「お前もう二度と料理すんな」

 グロテスクな外見のそれを見て、朝から気分を害した。

 渦見は、俺と一緒に住むことになった。というか、勝手に居ついた。屋敷から逃げ出してきたその足で、渦見は自分の荷物をまとめ(と言っても大したものは何もなかった)俺の家に転がり込んできた。曰く、俺が近くに居なくちゃ笠原が危ないでしょ? とのこと。
 あそこから連れ出した手前何も言えず、また、俺の身の事を案じての事なので、結局俺は渦見が俺の家にいることを黙認した。すごい狭いけど、まあ、家賃とか半額になるし。
 嬉しそうな顔を見ていると何も言えなくなった。ちなみに、大学にも復帰したらしい。どうやったのかは知らないけど。

 俺は箸でつまむと、でろりと醜いそれを目の前に掲げた。

「美味しいよ?」
「お前の味覚どうなってんだ、こんなん美味しいわけが……って美味い!?  嘘だろ!?」
「でしょー!」
「なんだお前……気持ち悪いな……料理も気持ち悪いけど……なんでこれ味は普通なんだよ……」

 触感はアレだけど、味はよかった。どうなってんだ? 
  部屋の片隅には、虫取り網が立てかけられている。と言っても、元々渦見が持っていた、赤い柄の虫取り網じゃなく、俺が子供の頃使っていた虫取り網だ。とり あえず、と渡したら気に入ったらしく、たまにぶんぶんと振り回している。効果があるのかはわからないけど、今のところ、危険なことはない。
 相変わらず金縛りにあったりもするけど、前よりかは減ったように思う。見た目グロテスクだけど飯も作ってくれるし、まあ、そんなに悪いことはない、かな。
  もぐもぐと咀嚼していると、携帯が鳴った。飯倉からだ。夏休み中しばらく連絡がつかなかったので、最近はよく連絡をしてくる。ちなみに、今回はメールらし い。今日の講義、出るかどうかって……あいつまたサボる気だな。代返頼む気か、俺は今日は必修じゃないから行かねえし。
 ちなみに、俺が元々持っていた携帯はなくなってしまった。あの屋敷を出る時、荷物は全部返してもらったはずなのに、携帯だけが見当たらなかった。というわけで、新しい携帯に持ち替えたわけだけど。

「えーと、きょ、う、の、こう、ぎ、ひっしゅう、じゃない……と」
「笠原パソコンはじめて使うおじいちゃんみたいだね」
「うるせえ」

 宇都宮の強い勧めで、二つ折りの携帯じゃなくて、スマホに変えた。今時そんな化石携帯持ってるの、笠原君くらいだよ、とか笑われて、携帯ショップにまでついてこられた。多分、渦見も一緒に居たからだと思うけど、余計なお世話だった。
 使いにくいことこの上ないし、なんか押したら全然違う方向いっちゃうし。片手で操作できないし、危うい手つきで液晶を睨みつけていると、横から渦見が手を伸ばしてきた。

「こうやるんだよ」
「わ、わかってるしー、使い方くらい知ってるし」
「あひゃひゃ、機械オンチの笠原にスマホは無理だよ〜、蟻に象倒せってくらい無茶無茶」
「そんなレベルで無理か!? お前俺のこと馬鹿にしすぎだろ!」

 渦見はケラケラと笑っている。しかし、実際うまく使えてないのは事実なので強くも言えなかった。というか、今動かしている内に画面が真っ黒になってしまった。えっ、壊れた?
 やめろよ、高かったんだぞこれ。

「おい、渦見、なんか画面真っ暗になった!」
「ん〜?」
「ほら、これ。壊れた? 高かったんだけど、保障で直る? なあ」

 ずいと渦見の顔が近づいてくる。俺が画面を渦見の前に突き出すと、渦見はじっと俺を見つめた。……なんか、画面見てなくない? なんで俺の方見てんの、こいつ。

「……おい、渦見?」

  ぐぐぐ、と顔を近づけられ、俺は思わず後ずさる。そうだった。こいつと暮らすようになってから、別に不便なことはないけど、困ることはあった。帰ってき て、一緒に暮らすようになってから、やたら距離感が近くなった気がする。いや、元々近かったけど、前よりもさらに近くなった。最初は、友達ってもんを勘違 いしてるんだと無視していたけど、最近はどうも違うような気が……。

「っ! 渦見、近い! なんか距離近い、離れろ」
「ん〜? えい」
「いっ」

 肩口にちくりとした痛みが走った。渦見が噛みついてきたらしい。反射的に頭を叩く。

「いたっ」
「おっ前……、何!? なんなの、マジで。勘違いしてる様なら言っとくけどな、友達はこういう事しねえから!」
「違うよー、肩になんかいたから、取っただけ。ヘンな意味はないって、やらしーな笠原」
「……嘘っぽいんだけど」
「ほんとだって」
「ほんとに……?」
「うん」

 渦見は、相変わらずヘラヘラと笑っている。それがある意味ポーカーフェイスで、何を考えているのか、全然読めない。わからん。俺は、渦見みたいに完全に見える人とかではないし、もしかしたら、本当に何かいたのかもしれない。いや、噛んで追っ払う意味も分かんねえけど。

「おい、本当のこと言えよ? 前も言ったけど、お前が考えてること俺にはわかんねーから」
「あひゃー、俺はちょっと笠原の考えてることわかるよー。焦ってる焦ってるー!」
「っ」
「いーたーいー」

 ぐぐぐ、と頬を引っ張ると、渦見は目に涙を浮かべた。本気で引っ張りすぎたせいだろうか、離すと、頬が赤く腫れていた。離された両頬を抑えて、渦見が涙目で俺を睨む。

「笠原ひどい」
「ひどくない」
「かーさーはーらー」
「ああもう、夏にべたべたくっつくな! 暑い!」
「冬だったらいいの?」
「そういう話じゃねえよ!」
「それに、扇風機ならあるじゃん」
「電気代節約の為につけるのは少しだけにしてんだよ」
「うえーー」

 俺の答えに、渦見は思い切り顔を顰めた。フン、貧乏くさいとでも何とでも言え。貯金と節約はしておくに限るんだ。俺は渦見の目に浮かんでいた涙を右手で払った。
 あれから、渦見はよく泣くようになったと思う。というよりも、感情表現が前よりも顕著になった。喜怒哀楽がはっきりして、わかりやすくなった。もししたら、吹っ切れたのかもしれない。もう、一人ぼっちで暗闇で泣くのを我慢する必要はないんだって。

「笠原、今日どっか遊びにいこうよ」
「いいけど、どこに」
「どこででも!」

 渦見が、俺の肩に手を乗せてにこにこと笑う。
 もしかしたら、俺がした判断は誤っていたのかもしれない。平和なのは本当に今だけで、灯の言うとおり、いつか後悔する日が来るのかもしれない。けど、今は、日の光した、笑っていられるのは、幸せなんだと思う。

「別にいいけど……」
「あひゃっ、じゃあ、でかけよ!」

 部屋を出る際に、行ってらっしゃいという、女の声が、聞こえた気がした。



終わり


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