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「アホはお前だよ」
「……!?」

 凛とした声に、視線を向ける。
 殺伐とした空気を割るようにして入ってきたのは、旭さんだった。いつの間にここに来ていたんだろう。前に会った時と同じく、柔和な顔立ちで、微笑みながら俺たちに近づいてきた。後ろには、幾人かの白装束を従えて、優しい面持で俺たちに声をかけた。

「あ、さひ、さん……」
「やあ笠原君、久しぶりだね」
「…………どうも」
「身内が馬鹿なことを仕出かして、すまなかったね」

 なんて、言いながら謝ってきたけど、この人は一体どこまで知っているんだろう? キヌさんが知っていて、直接渦見の家族である旭さんが知らないなんてことは、あり得ないと思うんだけど。けど、今はそんなことを聞いている場合じゃない。
 旭さんは、俺達から視線を外すと、纏わりついてきた手を踏み潰している灯へと視線を向けた。

「……っ何の用や、旭兄」
「わかってるだろう。お前がやったことは、本家からの命令違反。こちらに来なさい」
「嫌や」
「子供みたいに駄々をこねるんじゃない。そんなんだから、お前は偽物呼ばわりなんだよ」
「っ、僕は偽物なんかやない! 僕は……!」
「連れてけ」

 言い終える前に、旭さんは後ろに従えていた白装束を目線だけで促し、数人がかりで灯を拘束した。灯が連れてきた白装束達も、旭さんが連れてきたやつらに抑えられていて、海白さんは解放されていた。そこだけは、安心する。
 白装束たちは、暴れる灯を押さえつけて、どこかへと連れて行こうとしていた。

「離せや、白子の分際で!」
「灯……」
「っ、良介くん!」

 俺がぼそりと呟くと、灯が縋るような目で俺を見た。けど、俺はその目に答えることはできない。だって、俺はここから逃げ出すのだから。しかし、そんなことは、灯もわかっていたらしい。俺を見据えると、悲鳴に近い声を上げた。

「……後悔すんで、絶対! そいつとおっても、ええことなんてない、どうせ死ぬんや! いつか、自分の選択恨むことになる。そうなったら、僕が……!」

 最後に伸ばされた手を押し込めるようにして、灯はどこかに連れて行かれてしまった。一体、どこに連れていかれたんだろう。僕がって、何を言いたかったんだ?
 一気に戻ってきた静寂の後には、俺と旭さんと、海白さんだけが、残される。もう、さっきの手みたいなものは消えていた。

「あの、灯は……」
「大丈夫、死にはしないよ。出来損ないだけど、あれで一応家族だから」
「…………はあ」

 その言い方に、俺は引っかかるものを感じた。出来損ない? 一応? 血のつながった弟なんだろ? けど、よくわからないのに口を挟めることはできない。そもそも、俺は灯を見捨てたんだから。口ごもっていると、渦見が俺の手に自分の手を絡めてきた。
 今までのことなんてなかったかのような笑顔で、旭さんへと話しかける。

「旭ー、俺、笠原と一緒に外出るね」
「ああ、いいよ。本家にはこっちから言っておく」
「!?」

 えっ、そんなあっさり出られるの? 俺の今までのすごい苦労とかなんだったんだよ。狼狽えて、思わず聞き返してしまった。

「あの、大丈夫なんですか? そんな簡単に逃げられるんですか?」
「ああ、大丈夫。もともとの通りになっただけだから」
「…………?」
「いや、なんでもないよ。終夜は可愛い弟だから、なるべく幸せにしたやりたいんだよ。笠原君、これからも、終夜と仲良くね」

 ……灯も、あんたの弟だとは思うんですけどね。しかし、それ以上は何も言えなかった。それは、渦見の言葉が、俺の頭の中に蘇ったせいでもある。

 『俺と仲良くしてってことは、遠回しに死ねって言ってるんだよ』

  いや、いやいやいや。……まさかね。俺は穿った考え方はしないようにして、ぺこりと頭を下げる。とにかく、出られるんだ。なら、とっとと逃げよう。海白さ んは、どうやら無事らしく、俺に向かって頭を下げてきた。頭を下げたいのは、こっちの方だ。あの人がいなければ、俺は、きっと逃げる事すらできなかっただ ろうから。

「今後も、お気をつけて、笠原様」
「……いろいろ、ありがとうございました」
「いえ、私は何も……」
「じゃ、行こう笠原、出口こっちー」

 おい、聞けよ。
 海白さんとの会話を遮って、渦見が手を引っ張ってくる。地下にいる旭さんと海白さんに別れを告げて、俺たちはようやく地上へと帰ってきた。

「……てか、ここって」
「出口、こっちー」

 上がった先は、見覚えのある通路だった。俺が、以前閉じ込められていた場所。渦見は、ずっと俺がいた部屋の地下にいたのか? そもそもあそこはどういう構造になっていて……いや、もう考えまい。ここには、二度と戻って来ないんだから。
 子供みたいに手を繋いだ俺たちは、やっとここから抜け出した。



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