日の当たる場所へ



「で、ここを抜け出せたらハッピーエンドやなあ? でも、現実ってそんな甘くないんやで」
「…………っ」
「そもそも、そいつと関わった時点で君に幸せとか訪れへんから」

  部屋を出ると、聞き覚えのある京弁が聞こえてきた。柔らかめの、だけど棘のある声。ここへと繋がる階段付近、薄暗いコンクリートの上で、海白さんが拘束さ れている。腕をがっちりと抑えられ、地面に押し付けられていた。拘束しているのは、海白さん以外の白装束の男たちで、皆、一様に無表情。そして、その前に 立っているのは、灯だった。

「あ……」
「も、申し訳ございません、笠原様……」

 喋った瞬間、海白さんが思い切 り殴られた。上から何度も殴られる。鈍いうめき声を上げて、海白さんは言葉を噤んだ。血が、頭から流れてきている。助けないと。けど、眼前には、灯がい た。腕を組んで、にこにこと笑いながら俺たちを見つめている。ヒッっと、俺は喉を引き攣らせた。黴臭い、じめじめとした空間の中、血の臭いがする。

「と、灯……」
「あかんやん、良介くん。僕あれだけ言うたのに、聞いてへんかったん?」
「なんで、ここ……」
「他人なんて裏切るって言うてるやろ? カメラくらい、仕掛けとるわ」

  足を一歩進めて、俺に近づいてきたので、俺は後ろに後ずさった。どくどくと心臓が嫌な音を立てる。冷たい汗が、背中を流れた。鳥肌が立ってくるのを抑えな がら、後ろに下がる。さっき渦見に、大抵の事じゃビビらんとか、大口叩いた割には情けないけど、仕方ないだろ。だってこいつ、目が全然笑ってない。っつー か、めちゃめちゃ怒ってる。
 今までされた事を思い返すと、体が自然に震えた。また捕まったら、何されるんだろう、殺されるかもしれないっていう、恐怖感が、俺を煽る。でも、ここで逃げられなかったら、終わりだ。何もかもが、おしまいになってしまう。

「さー戻ろ、良介くん。すこーし仕置きはするけど、今ならそんなに怒らへんから。そいつ捨てて、さっさとこっちにおいで」

 笑いながら、灯が俺に向かって手を差し出してきた。その手を取らずに後ろへ後ずさると、背後に立ってた渦見とぶつかる。すると、渦見は後ろから抱き着くように、俺の肩へと手を回してきた。

「あひゃっ、だーめー。笠原は俺と一緒にこっから出ることにしたから!」
「……なんやお前、さっきまでべそべそ泣いとったくせに。外出るなんて迷惑やからずっとここに居ればええやろ。ちゅーか出るな。ええから良介くん返せや」
「かえすー?」

 イラついた口調で、灯が渦見を睨みつける。剣呑な光が宿ったその目は、明らかに敵意を含んでいて、一触即発のような危うい雰囲気だ。しかし、対する渦見の声はあっけらかんとしていて、まるで相手にしていなかった。へらへらと軽い口調で、言葉を返す。

「あひゃひゃっ、お前ってさあ、ホント昔から勘違い野郎だよねっ。笠原はお前のじゃないしぃ、そもそもお前が笠原を攫ったのって、本家に命令されて俺の身代わりにしようと思ったからでしょ? だからあ、最初から笠原は俺のとこに来るはずだったの」
「え?」

 なんだ、それ。

「それを好き勝手やっちゃって、怒られるのはお前だろー。あれ、もしかしてもう怒られてた? 此処に来るのも遅かったし、あひゃ! 図星? 図星? あひゃひゃっ、今どんな気持ち?」
「…………はー……もうほんま、僕、お前のこと嫌いやわ」

 額を抑え、小さくため息を吐くと、灯が俺の方を見て、にっこりと笑んだ。

「安心してなあ、良介くん。本家に言われて君を連れてきたんはほんまやけど、僕、初めからそいつに君をやる気はなかったんよ。やって、そいつが欲しい物を単純にやるなんて、腹立つやん?」
「うざーいー、お前なんでそんな俺につっかかってくんのー。俺、お前のこととかちょーどーーでもいいんだけど」
「っ、お前が当たり前みたいな顔して、手に入れとるもんを、僕がどんだけ欲しかったか、知らんのやろ」
「知らない、だって俺、お前に興味ないしっ」

 ケラケラと笑う渦見に対し、視線を鋭くして灯が近づいた。瞳には燃えるような憎悪が宿っている。俺は何となく口を挟む事ができずに、ただ渦見に捕まっていた。それが、灯は気にいらなかったらしい。

「終夜、それ、離せや」
「やだよ」
「……夕姉も、旭兄も、父さんも、母さんも、口を開けば終夜終夜、白子も本家も、周りの奴ら全員お前のことばっかりや! お前、なんでも欲しいもん手に入るやん、なら、良介くんは僕がもらってもええやろ!」

 不安定な空気を纏いながら、灯が叫ぶ。しかし、渦見の声はあくまで一貫して同じトーンだ。

「駄目ー」
「ああ!?」
「お前が今言ったの、俺は別に欲しくない、けど笠原だけは俺が欲しいから。お前にはあげなあい。これは、俺の、俺のー」

 ぎゅ、と肩に回された手に、力が込められた。灯が舌打ちをして、俺を睨みつけてくる。蛇に睨まれた蛙のように、俺の身体は縮こまるが、ここで萎縮したら駄目だ。俺は精一杯自分を奮い立たせる。ちゃんと喋れ、震えんな。

「良介くん、さっさとこっち来いや」
「……断る」
「君の意見、聞いてへんから。教えへんかった? 僕が来い言うたら、来い」
「い、嫌だ」

  灯の目を見て、言葉を返す。正直、めちゃめちゃ怖い。今までされたことがあれだから、泣きそうなくらい、怖い。けど、ここで屈したら、俺はたぶん二度とこ の屋敷から出られないだろう。下手したら、死ぬまで監禁される。そんな気がする。灯が、目を細めて俺の方へと手を伸ばしてきた。思わず体がビクついて、反射的に目を閉じる。しかし、いつまで立っても掴まれることはなかった。恐る恐る目を開けてみると、その手は寸前で渦見に掴まれて止まっていた。
 視線だけ動かして、灯が渦見を見た。渦見は俺の背後にいるので、どういう顔をしているのかはわからないが、近くに控えている白装束達は、皆怯えたような顔をしていて、近づかないよう、遠巻きに見守っている。

「……手ェ離せや」
「やだよ、ていうかお前、もうどっか行っちゃえばあ? じゃーまー」
「こっちの台詞やし。だいたいお前、良介くんにくっついとったら、良介くん死ぬって理解してはる? ああ、殺したいんやね? 殺すんやったら、僕が貰うし」
「何言ってんのお前? 笠原今おれと一緒にいるけど、生きてるでしょー? 俺が守ってれば、笠原は死なないもんね」
「お前こそ何言うてはるん? 守りきれるわけないやん。自分の体質わかっとんのかこの木偶。大体、良介くんは僕のやって。証拠見せたやろ」
「ああ、お前の犯罪録? あんな薬使って無理矢理言わせるのって、正直引くぅ。ていうか使わなきゃ言わせらんないもんね、あひゃひゃ! カワイソ!」
「殺す」
「死ななーい」

 殺気が、痛い位に伝わってくる。兄弟喧嘩というには、あまりにも殺伐とし過ぎていて、兄弟がいない俺でも、この関係は異常だとわかる。ともすれば本当に殺しあいでもしかねない雰囲気に、俺はごくりと喉を鳴らした。
 額から、ジワリと汗が滲む。

「大体、お前に友達なんて大層なもん、出来るわけないやんかあ、人殺し」
「ああ、お前も昔っから友達いないもんね! 羨ましい?」
「ああ?」
「でも笠原は俺のこと友達って言ってくれたよ。あひゃひゃ、ヒトゴロシはお前も一緒」
「同情やろ」
「同情すらされない灯ちゃんはカワイソカワイソ」

 灯も灯だけど、なんで渦見もいちいち煽るんだ。俺を間に火花が飛び交っている。傍から見ればホモの三角関係みたいで、頭が痛くなってくる。こんなの、俺は望んでいない。ていうか、渦見の俺に対する気持ちは、そういうんじゃないんだろう。
  灯も、恐らくは違う、と思う。渦見は友達が欲しくて、灯は、自分を認めて見てくれる他の誰かが欲しかったんじゃないかと、感じる。偽物とか言わない、別の 誰か。そういう人に、今まで誰とも会えなかったのかと思うと、少し同情心も湧くけど、だからといって、やられたことが帳消しになるわけじゃない。
 息を吸い込んで、灯に話しかけた。

「……灯」
「なんや、良介くん。来る気になった?」
「お前、俺をどうしたかったんだよ」
「…………は」
「俺は、お前がしたことは許さないけど、お前が欲しかったものは、なんとなくわかる」
「…………」
「けど、それを俺がお前にやることは、できないよ。ごめん」

 ぽん、と頭に手を置いた。灯は、一瞬だけ目を見開き、泣きそうな顔をする。一人ぼっちの、子供みたいな顔。もう少し、違う会い方をしていれば、何か変わっていたんだろうか。そんな今更な話をしても、遅いかもしれないけど。

「……一緒に居てくれるって、言うたのに」
「…………」
「良介くんの、うそつき」

 泣くかなと思ったけど、泣かなかった。それはあくまで一瞬のことで、すぐにまた笑顔へと切り替わる。

「はぁー……まあ、ええわ……。良介くんは、今終夜に捕まっとるから、そんなん言ってるだけやもんな。また僕と一緒にくれば、元に戻る。もう、ええかな。こいつ、おらんでもええよな。……夕姉かて、そろそろ一緒に行きたいやろ?」
「は……?」

 灯が、俺の背後を見てそう言った。何を言ってるんだか、わからない。夕って渦見の姉ちゃん? わからないけど、目の焦点はあってなくて、ただひたすらヤバイという事だけはわかった。一歩、また一歩近づいてくる度に俺の心臓が早鐘を打つ。早く、早くここから逃げなくちゃ。

「う、渦見……!」
「そんなに欲しいんなら、夕はお前にあげよっか?」
「っ……!」

 不意に、後ろから手が伸びてきた。けれど、それは渦見の手ではない。渦見の手は、俺の肩に回されているから。真白い、死人のような手。一本、二本とどんどん増えていく。
 その手は、全て、灯へと向かって行った。床から生えてくる手が、這うように下から引きずり込もうと、引っ張っている。

「ああ、でも、夕だけじゃお前一人ぼっちで可哀想だからあ、今までの奴らぜーんぶあげてもいいよ! そしたらもう寂しくないねえ、あひゃひゃひゃ! 俺ってば優しいおにいちゃーん!」
「こんの……アホがっ……!」

 ぎっと灯が唇を噛んだ瞬間、別の声が割って入ってきた。

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