B


「おい渦見」
「中に入っちゃうし、ほんと馬鹿……」

 聞いてねえし。はぁ、と深いため息をついて、渦見は鼻を拭った。血はすぐに止まったらしいけど、垂れた血がついて、服が汚れている。そういばえば、和服ばっかりな家なのに、こいつは和服じゃないんだな。いつもの私服だ。
 俺は頭をかいて、とりあえず、キヌさんのことだけは伝えておく。心配してたしな。

「……キヌさん、心配してたぞ」
「あー、もしかしてそれで来たの?」

 しかし対する渦見の反応は、どうでもよさそうな感じだった。は、と笑いながら、渦見が俺を見上げ、皮肉っぽく口の端をつり上げると、面倒そうに手を振った。

「あひゃ、馬鹿だね笠原、こんだけ騙されて、連れてこられて閉じこめられて? そんでまた騙されてーえ」
「……どういう意味だよ」
「そのままの意味だよ。キヌさん、初めて笠原に会ったとき、俺と仲良くしてとか、言ってたでしょ。あひゃひゃ! それってさあ! 要は身代わりになれってことだから!」
「…………」
「間接的に死ねってことだよ、おばかさん、あひゃっ」
「……渦見」
「せっかく逃げられそうになってたのに、また会いに来ちゃって。笠原ってば、ばーかばーか」

 へらへらと笑いながら言うその顔がムカついたので、もう一度殴った。

「ぶぐっ」
「……俺さ、お前に言いたいことあったんだよね」
「……いたいー、何? 恨み言? 恨み辛み的な? いいよ〜、聞いてあげる。どうせ、ここ入っちゃったし」
「じゃあ言うけど、渦見、お前さ、前に俺の部屋の扇風機、分解しただろ。暑いし、この夏のりきれねーんだよ、買う金もねーから、弁償しろボケ」

 そう言うと、渦見はきょとんとした顔で俺を見た。言いたいことは、そりゃもう沢山ある。山ほどある。けど、まずはこれを言っておこうと思った。異常な事態だからこそ、日常的なことを言っておきたかった。

「扇風機?」
「そうだよ」

 案の定、ぽかんとしている渦見に頷くと、吹き出して爆笑された。

「……っあひゃ、あひゃひゃっ、言いたいことってそれ!? ばっかでー! そんなもんどうでもいいじゃん!? エアコン買えばあ!?」
「よくねーし、あれ俺んちの唯一の冷房器具なんだよ。高かったんだよ、エアコンなんて買えるか馬鹿、電気代が嵩むわ!」
「あひゃひゃひゃひゃっ、くそどうでもいー! 馬鹿すぎ! あひゃひゃひゃひゃっ」

 腹を抱えて笑っているけど、こっちにとっては死活問題だ。俺は口を尖らせて続ける。

「……あと、なんで言わなかったんだよ、お前のその呪い? みたいなの」

 セレブ発言に横やりを指すと、渦見はぴたりと笑いを収めた。ぐりん、と大きめな瞳が俺を見る。俺は渦見がさっきまで座っていた回転椅子に腰をかけて、渦見を見つめる。しかし、渦見の方は俺を見ようとしなかった。

「ええ? だって、言ったら、笠原俺と一緒にいなくなるじゃん」
「お前、俺にどっか行ってほしくなかったの?」
「…………」

 う、と口を噤んで、視線を逸らす。都合が悪くなると黙り込むなんて、ガキかこいつは。渦見の頬を引っ張ると、不満そうに頬を膨らませて、掴めなくなった。それから、俺のことを睨んでくる。子供みたいに、不貞腐れて。

「……笠原、俺のこと何も知らないし、興味もなさそーだったから、別にいーじゃん」
「まあ、興味はなかったけど。でも俺に害が及ぶんならそれは言っとけよ、あぶねーだろ」
「やだ」
「なんで」
「言ったら笠原どっか行っちゃうから」
「だから、行く行かないは俺が判断すんだよ」
「でも笠原は絶対どっか行く。逃げる! 逃げそう!」
「それは俺が決めるっての! まず先に言えばよかっただろ!? 友達なんだから相談くらいしとけ!」
「っ、か、笠原は俺のこと友達とか思ってないでしょ!?」
「はあ!?」
「俺は、嘘ついててもいいから、笠原と一緒にいたかったの!」

 叫んでから、一瞬泣きそうな顔をして、渦見は口を閉ざした。……一緒にいたかった、って言ったか。えっ、何こいつ、そんな恥ずかしいこと思ってたの?
 俺はなんて言えばいいのか解らなくなって、一瞬だけ間があいた。しかしすぐに、渦見がぽつぽつと話し出す。いつも明るい声の渦見からは、あまり考えられない、小さな声だった。

「……最初は、馬鹿な奴見つけたって思ったんだよ、お前、取り憑かれやすいのに全然気づいてないし、こいつと一緒なら、まあバレないかなーって、外で自由に遊べて、本家の奴らには近くに身代わりがいるからって言っておけば、邪魔されないし」
「…………」
「けど、笠原、怖い目にあっても、死にそうになっても、俺の事疑わないから。お前がああいうのに遭うようになったのって、どう考えても俺と付き合いだしてからなのに。だんだん……あー、あれで……、俺がいるから大丈夫って思ってるしぃ、実際俺は祓ってたけど、それは俺のせいで、ぐちゃぐちゃーってなって」
「…………」
「一 緒にいると楽しかったけど、でも、一緒にいたら笠原、俺の代わりに死ぬし、最初はそれでよかったのに、一緒にいる内に死なせたく、なくなって。だから、逃がしたのに、また捕まって……そんで、……あーもー笠原の馬ー鹿! 何で俺のこころづかいを無駄にすんの!? 意味ねー!」
「馬鹿はお前だよ」
「あうっ」

  髪をぐしゃぐしゃとかき乱し、愚痴を言い募る渦見の頭にチョップを決めて、睨みつけた。面倒くさい奴だなこいつ。お前の取り柄は何でもかんでもあっけらか んとズバズバ言う所だろうが。適当な男だろうに、何を言い淀んでんだよ。渦見は頭を押さえて、上目遣いに俺を見てきた。
 男の上目遣いなんてかわいくもなん ともない。俺は見下ろして口を開いた。渦見の目は、不安そうに揺れている。

「なら、最初からそう言えばいいだろ。っていうか、言ってくれれば、こんなことになんなかったかもしれねえのに」
「…………だって、俺、よくわかんない」
「何が」
「友達とかー、いなかったから、作ろうとしても、逃げちゃうし、皆、死んじゃうから。友達ってのもよくわかんない」
「…………」
「笠原が何考えてるか、全然わかんない……。笠原が俺の事知らないのと同じで、俺も笠原のこと、全然知らない。逃げられちゃうの、やだったし、いなくなってほしくなかった」

 しょんぼりと俯く渦見を見て、俺は深いため息を吐いた。馬鹿じゃないのか、こいつ。俺のことを馬鹿とか言ってくるけど、こいつの方がよっぽど馬鹿だと思う。頭をかいて、椅子から降りると目線をあわせた。俯く顔を両手で挟んで、無理矢理前を向かせる。
 きょとんとした目が、俺を見ていた。

「渦見お前、パン好きだよな」
「ん?」
「俺の家くるとき、いつもパン持ってきてたじゃん、俺には一回もわけてくんなかったけど」
「あー、……だって笠原一口って言って全部食べるもん」
「いいだろ別に」
「あひゃ、よくねえし。パンは食べやすくて好きー」
「あと、車とか、運転できるよな、渦見のくせに」
「運転できた方が便利だよ、つーか、くせにって何」
「それとお前、たまに笑い方変わるよな」
「う?」
「ひひって、ひきつった様な笑い方になる。いつもはあひゃあひゃ言ってるくせに。あれ、怖い時?」
「……そだっけ」
「そうだよ。あと、機械関係も詳しい」
「笠原が知らなすぎなだけじゃ」
「……なあ、今の、全部お前から直接聞いた情報じゃないけど、結構一緒にいたし、これくらいは解るぞ」
「…………」
「お前は?」

 渦見は一瞬動揺したみたいに、瞳を泳がせた。きゅっと唇を結んで、視線をさまよわせるが、俺が一度名前を呼ぶと、閉じていた口を開く。

「……笠原はー、貧乏で」
「よけいなお世話だよ」
「機械オンチで、貧乏で、テレビ好きで」
「二回言うな」
「憑かれやすくて、結構不運で、バイトとか沢山してて、口悪くて」
「お前ね……」
「馬鹿で、騙されやすい」
「…………」
「でも、一緒にいて、楽しくて、恐がりのくせに、強がりで、だから、俺、一緒にいたくて」
「…………それで?」
「…………。トモダチに、なってほしかった、です」

 それだけ言って、黙ってしまった。薄暗い部屋の中、畳の上で渦見は膝を抱えて座っている。小さい子供みたいに。その時、俺はここに捕まってから見ていた夢を、ぼんやりと思い出していた。朧気だけど、小さな子供が、暗闇の中で佇んでいる、そんな夢だったような気がする。
 この闇の中では、妙に明るく見える、渦見の髪をくしゃりと撫でた。
 
「……俺、親って、父親しかいねえんだけど、子供の頃から、あんま、友達連れて家とかで遊んだことないの。だからいつも友達いんのかって聞かれんだけど」
「……?」
「親父も忙しいし、遊び道具とかないから、家で遊ばなかっただけなんだよな」
「笠原何言ってんの?」
「この間、俺が入院したとき、友達いたんだなって親父が言ってて」
「……え」
「たまには遊びにこいって。お前が行きたければ、連れてってやってもいいけど」
「!」
「こっから逃げてからの、話だけど」

 ぽかんとした顔で、渦見は目を見開いた。それから、少しだけ泣きそうな顔をした。久しぶりに見るからかもしれないけど、こいつのこういう顔って、本当珍しい。だいたい笑っているか、寝てるか、食べてるかのどれかだった気がするし。

「俺と一緒にいたら、笠原死ぬよ」
「今生きてるじゃん」
「それは……でも、もう網ないし、壊れちゃった。笠原前みたいに守ってやれない、死んじゃうかも」

  網? ああ、あの虫取り網か。そういえば、前に壊したとか言っていたような気もする。あれは、霊を祓う為に作られた何かだったのか? つーか、ほかの白装 束の奴らも持ってたけど、あれとは別のものなんだろうか。以前ヒナタくんが描いてくれた絵の事を、うっすらと思い出した。
 良くわからないけど、あの虫取り網で、こいつは俺の周り、というか、渦見に集まる霊を取ってたって事だろうか。……昆虫採集じゃねえんだから。

「……網って、また作れないのか?」
「わかんない、あれ、昔から使ってた奴だし」
「フーン、作ってみればいいのに」

 そう言うと、渦見は畳に置いていた拳をぎゅっと握った。

「笠原、俺、笠原が何考えてんのか、全然わかんない」
「奇遇だな、俺もお前が何考えてんのか、全然わかんねえよ。つーか他人の考えてる事がそう簡単にわかってたまるか」

 俺が言うと、渦見はやっぱり、という顔をした。けど、俺が言いたいのは、そういう事じゃない。

「わかんないなら、言えばいいだろ。お前、いつも言いたい放題言ってんだから」
「…………」
「わかんなくても、知ることはできるしな、さっきみたいに」

  渦見は、俺を見た。大きな瞳が、俺を射抜く。俺には、こいつが何を考えてるかなんて、わからないし、そもそもわかっていればこんな事態になんてなってな かっただろう。だから、言って欲しかった。たとえそれが酷い話でも、言われないよりかはずっとマシだ。どうするかなんて、聞いた後で判断する。それは、今 の状況からくる結果論かもしれないけど、それでも、俺は話して欲しかった。こいつ的に言えば、俺が馬鹿だからかもしれないな。お前が何考えてるかなんて、 解るか馬鹿。しばし静寂が訪れて、俺が黙っていると、渦見が、意を決した様に口を開いた。

「笠原、俺のこと嫌いでしょ」
「あ?」
「だって、騙してたし、俺だって、こんな呪われた体、欲しくなかった。祓う力があっても、いつもくっついてくる。それに、俺と一緒にいた奴も、いなくなる。……俺が笠原だったら、俺の事、大嫌いって思う」
「お前は俺じゃないだろ」
「…………」

  まあ、正直、一緒にはいたくないな、とは思う。だって、一緒にいたら死にますよ、なんて奴と一緒にいたいと思う奴はいない。いたとしたら、そいつはちょっ と頭がおかしい。けど、それが言えなかったのは、たぶん、一緒にいる時間が長かったからと、こいつが、渦見が泣くのを我慢している子供に見えたから。
『終夜坊ちゃんは、泣かないんです』
 キヌさんの言葉が、頭の中で蘇る。こいつは、どんな気分だったんだろう。近づけば相手が自分の力のせいで身代わりに殺されて、友達も作れず、暗いところに閉じこめられて、泣くこともせず、ただ、黙って耐えていたんだろうか。
 ぽん、と頭を叩いた。たぶん、俺は頭がおかしいんだろうな。

「……?」
「お前って、本当馬鹿」
「何……」
「俺は、お前が嫌いじゃないよ、渦見」
「う……嘘だあー」
「俺はあいつと違って、嘘つきじゃねえし」

 そういうと、渦見は目を何回か瞬かせると、動揺したように顔を隠した。なんで、こんなこと言ってんだろ。さっさと逃げればいいのに。どうしてか見捨てることができなかった。宇都宮には友達じゃないとか言って置いて、アホだな、俺も。
 渦見がぶんぶんと首を横に振って、俺の言葉を否定する。

「……っ、うーそーだーー、笠原は嘘つきだ。あひゃひゃ、騙そうったって俺は騙せない、うーそーつーきーー! 俺のこと知ってそれでも嫌わないなんて、思うはずないもんね! 旭や夕が変なだけで、笠原普通に」
「うるせえ」
「あびゅっ」

 頭にチョップを決めると、立ち上がる。長々と話してしまったけど、時間がある訳じゃないんだ。とりあえず、言いたいことだけは言った。

「笠原、いたい……」
「痛くしたんだ」
「…………うー痛い」
「おい渦見、俺はもう逃げるぞ」
「えっ?」

 そのまま、出口の方に向かって歩きだした。渦見は、呆けた顔のまま、まだそこに座り込んでいる。

「お前の家、やばすぎ。正直言ってもう二度と関わりたくないし、二度と来たくない。だから、逃げる。逃げられる内に逃げとく」
「…………だよねえ」
「お前は、どうすんの」
「……?」
「俺は行くけど、お前は?」

 手を伸ばした。
 後悔するかもしれない、というか、今すでにちょっとしてる。だって、あいつが俺の手を掴んだら、俺は死んでしまうかもしれないんだから。しかし、と俺は部屋の奥を見る。
  札の間から、何個もの人の目が俺を睨んでいた。渦見の足下には手が延びている。ざわざわと蠢く無数の手は、渦見の足を引っ張ってつれていこうとしている様 に見えた。女が笑っている。渦見の背後で、髪の長い女がにやにやと笑っている。いつかの、女性だろうか。愛おしそうに腰に手を回して、くっついている。
 怖い、なんてもんじゃない。けど、このまま、置いていくことが、俺にはできなかった。小さい子供をたった一人置き去りにするような、罪悪感。いや、違うか、俺が怖かった時、例え原因が自分だったとしても、手を伸ばしてくれたから。あれは、安心できるから。

「ずっと、ここにいんの?」

 渦見が、立ち上がった。ふらふらと、俺の方まで歩いてくる。
 震える手を、俺の手に伸ばしてくる。しかし、掴む直前で、その手を止めた。

「……笠原さ、後悔するよ」
「そうだな」
「俺と一緒にいたら、死んじゃうよ」
「お前が前みたいに全部蹴散らせばいいだろ」
「…………っ、普段はビビリのくせにー」
「もうわけわかんねーことありすぎて、多少のことじゃビビんねーし」
「あひゃ、うそくさ!」
「で、どうすんの?」
「…………」

 恐る恐る、渦見が俺の手を握った。相変わらず冷たい手。ぎゅっと、力を込めて握り返すと、ぽたりと、滴が俺の手の上に落ちてきた。一滴、二滴、三滴。俯いていた渦見が、少しだけ震えた声で答える。

「………………く」
「ん?」
「っ行く! 俺も、笠原と一緒に、ここでる!」
「……んじゃ、行こうぜ」

 泣いている渦見の手を握って、歩き出した。泣いている渦見の顔は、やはり小さい子供のそれに見えた。俺たちはようやくこの闇を抜け出そうとしている。

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