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「着きました」

 そうして、ようやく辿り着いたのは、随分と古びたドアの前だった。鈍色の重い扉が、悠然と立ちふさがっている。海白さんはそこの鍵を開けると、俺を前へと促した。

「……どうぞ。中に終夜様がいらっしゃいます」
「え、俺一人、ですか」
「……私は、入ることはできないので。それからこれも、中の鍵です」

  そう言って、俺に銀色の鍵を託すと、海白さんは一歩後ろへと下がった。一人と聞いた途端、不安が襲ってくる。また、これも罠じゃないだろうか、入った途 端、殺されたり……いや、いやいや、もうこれ以上迷ってどうする。この人のことは信じようって、さっき決めたばっかりじゃないか。時間だって残り少ないだ ろうし、覚悟を決めなくちゃ。
 重い扉に手をかけて、俺は中へと足を踏み出した。

「お気をつけて」
「…………」



  部屋の中は、見慣れた和室だった。けど、そこが明らかに異常な空間だというのは、一目でわかった。襖は開いていて、部屋の壁から天井まで、一面にお札が張 られている。入ってすぐ、襖の前に鉄格子が立ちふさがっていた。鉄格子にも、お札はついていて、まるで封印されているみたいだ。簡素な家具の他には、特に なにもない。畳の上にはなぜか不釣り合いな回転椅子がある。その上に、渦見が座っていた。

「……ともすー? 何おまえ、もう来ないんじゃなかったの?」

 キィ、と回転椅子を回して、渦見がこっちを見た。立っている俺と、目が合う。

「…………」

 一瞬、渦見は呆気に取られた様な顔をしていた。なんで俺がここにいるのか、とでも言いたげな顔。けど、それは一瞬のことで、すぐににやついた笑みに変わった。

「……うず」
「……あひゃっ! 笠原じゃーん、ひっさしぶりー、元気だった?」

  ケラケラ笑いながら、回転椅子から立ち上がると、元気良く俺に近づいてきた。その姿が、あまりにいつも通りだったので、俺は少し戸惑う。なんで、そんなハ イテンションなんだよ。あまりにいつも通りで、俺は言葉を失った。今までの異常な非日常を覆すような、日常的すぎる渦見の態度に、一瞬呆気にとられてし まった。けど、それも渦見の次の発言によって終わった。

「あ……」
「まー、元気なわけないか! 笠原ってば灯にゴーカンされちゃってるしね!」
「っ」

 ひくりと喉をひきつらせた。渦見は、なんでもないことのように言葉を続ける。何でもないことのように、言われたくない、聞きたくなかった言葉を吐いた。重くて、暗い空気の部屋の中、渦見の声だけが明るい。じめじめとした空気に、軽い声が響いた。

「あいつさー、昔から俺に対抗意識燃やしてんの、ちょーウケルー。あひゃ、嬉しそうに動画とか写真とか見せてきてさあ」
「うず、み」
「でも笠原のあんな姿見るのは、ちょっと意外だったよー、男にハメられてん喘ぐとかやばくね? なー笠原ー」
「……っ」
「気持ちよかった?」

 気がつけば、思い切り鉄格子を殴りつけていた。無機質な音が響き、殴った手が痛い。今まで散々痛い思いをしてきたのに、なんでここでまた自分を痛みつけなくちゃいけないんだ、あほらしい。じんじんと痛む拳を握って、渦見を睨みつける。
 鉄格子越しに、目があった。薄笑いを浮かべたその面を、今すぐ殴ってやりたくなる。お前、他にもっと言うことあんだろうが。ぎゅっと鉄格子を握ると、絞るように声を上げた。

「お前っ……自分がなにいってんのかわかってんのか」
「ハァ? わかってるに決まってんじゃん。……つーかねー、笠原、お前何しに来たの?」
「何しにって」
「お前を連れてきた奴から聞かなかった? 俺のこと。お前が今まで怖い目にあってたのも、死にそうになったのも、ぜーんぶ俺のせいな訳。それを、何? またのこのこ会いにきちゃって。あひゃっ、笠原ってば、俺のこと好きなの?」
「…………」

 嘲笑するように、渦見は顔を歪めた。俺は口を結んで、鉄格子を観察する。よく見たら、鍵がついていた。たぶん、ここから出入りできるんだろう。俺は先刻海白さんから貰った鍵を取り出して、その鉄格子の鍵穴に鍵を差し込む。それを見た瞬間、渦見の顔色が変わった。

「っ、やめろ!」

 しかし、叫んだ時にはもうすでに鍵は開いて、鉄格子がキイキイと軋んだ音を立てて開いていた。渦見が叫ぶなんて、珍しい。しかし、なんとなくその理由はわかった。

「……!?」

 開いた瞬間、誰のものかはわからない、笑い声が部屋中に響いたからだ。子供から老人のようなものまで、多種多様に、つんざく様な笑い声が反響する。耳が割れそうなくらい、大きな声で。

「……っ!」

 渦見が、慌てて俺の耳を塞ぐ。その瞬間、声は聞こえなくなった。部屋の前で俺の耳を塞ぎながら、渦見はぽつりと呟いた。

「……笠原ってさ、馬鹿だよ。なんなの、ほんと……」

 ため息と共にそんな言葉を吐くので、俺はさっき鉄格子を殴った手とは、反対の手をぎゅっと握りしめ、力一杯渦見を殴った。

「い゛っ!」

  ゴッ、と鈍い音がして、渦見が倒れる。幸いなことに、耳から手を外されても、もう笑い声は聞こえなかった。俺は鉄格子で封鎖された部屋の中に入ると、襟を つかんで、もう一発渦見を殴る。筋力、落ちてるかと思ったけど、そうでもないな。俺の手も痛いけど、こいつも結構痛いだろ。

「いだっ! …………笠原ひどいー」

 口の中が切れたらしい。べ、と舌を出すと、赤い血が顔を出した。よく見ると鼻血も出ている。渦見はスン、と鼻を啜って、恨めしそうな視線を送ってくる。

「ひどくない」

  俺はその視線をかわして答える。そう、酷くない。酷いことをされたのは、どちらかと言えば俺だ。ていうか、こんな殴られる事に比べれば、どう考えても俺が されたことの方が酷いことだ。監禁されて、強姦されて、トラウマっつうか、頭おかしくなっても異常じゃないレベルのことはされてるし、あのままいたら確実 に頭はおかしくなってたと思う。けど、おかしくなったらそこで終わりな気がして、なんとか正気を保っている。逃げ出す前にここに来たのは、言いたいことが あったからだ。

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