暗闇を抜けて@



 部屋を出て、薄暗い廊下を進んでいく。俺は、ただ黙って海白さんの後ろをついていった。海白さんの手には小さめの盆提灯が握られていて、その明かりが足下を照らしてくれる。途中で立ち止まり、壁を動かすと、再び別の通路が現れた。
 …… この屋敷、改造されすぎだろ、っていうか、何ここ? わからない事が多すぎて、感覚が麻痺しそうだ。海白さんは謎の通路に入り込むと、そのまま下へと降り ていったので、俺も慌てて後を追う。そこは両壁がコンクリートらしきものに囲まれていて、黴臭い。ここもまた、ずっと使われていない通路なのだろうか。

「……あの」
「何でしょう」
「渦見って、どこにいるんですか。本家ですか」
「……そうですね、本家、の一室です」

 ちらりと振り返る海白さんは、少し辛そうな顔をしていた。そのまま進んでいくのかと思いきや、足を止めて、俺の方へ視線を投げかけてくる。

「っ笠原様」
「はい?」
「笠原様は、どうされたいですか」
「どう、って」
「私は、笠原様に命を救っていただきましたので、笠原様のことを優先させていただきたいと、思っております。終夜様のことは、私も気になっておりますし、キヌ様の言い分もわかります、ですが、それで笠原様がまた傷つくようなことがあれば……」
「…………逃がしてくれるん、すか」
「はい、元々そのつもりでしたので」

  じっと、目を見る。長身故に、見下ろされるが、海白さんはあくまで低姿勢だ。命を救ったというのは、大げさに思えるけど、俺は渦見の人間ではないので、そ れが本当かどうかはわからない。けど、嘘は、ついてないように思えた。散々騙されている俺がそんなことを思ったところで信憑性に欠けるが、なんとなく、そ う感じた。

「……一応、聞くんですけど」
「はい」
「俺を逃がして、海白さんは、どうなるんですか。その……」
「処分は、されるでしょうね。けど、それはもう覚悟の内ですから」
「その処分っていうのは……」

 どういうものなんだ? 灯が言っていたけれど、単純に降格とか、出入り禁止とか、そういう処分なら、まだいい。いや、よくないんだけど、俺が言い淀んでいると、何かを察したように海白さんが口を開いた。

「……笠原様が、今まで閉じこめられておりました部屋ですが、一カ所だけ、壁がございましたね」
「……あ、ああ。そうですね、中に空間があったっぽかったんで、あそこから逃げられるかと思ったんですけど」

  唐突に言われて思い出す。そうだ、あの部屋、三辺全てに戸がついているのにも関わらず、一辺だけ壁で、おまけに中は空白がある様な音がしていた。どうやら この屋敷はからくり屋敷みたいだし、あそこから逃げられるんじゃないかと思ったりもしたんだけど、しかしそれに海白さんはあっさりと首を振った。

「それは無理です、そもそも、一人であそこから逃げ出すのは不可能です。協力者がいて、鍵が開けられれば別ですが」
「そうなんですか……」

 じゃあ、灯の言っていた、抜け出す方法がないというのは、あながち嘘じゃなかったのかもしれない。でも、それならどうしてあそこだけ壁だったんだ。

「じゃあ、あの空間は?」
「あそこは、処分された者の安置所です」
「…………は?」

 アンチジョ。安置所? 安置所って言ったのか? それって、何、死体置き場ってこと? 
  生きている人間を置いておくなんてことはないだろうし、処分されて安置ってのはおかしい。それに、俺は一度あの壁に向かって話しかけたことがある。けれ ど、返事なんて聞こえなかった。つまり、俺は壁一枚隔てて数日、死体と過ごしてたってことか? いや、それよりも、俺を逃がしたらこの人は殺される? 訳 がわからない。背筋から這い上がってくる様なおぞけを感じて、俺は自分の体を抱きしめた。だめだ、ここは。本当に、おかしい。だって、変だろ! そんな簡 単に殺人がまかり通るわけない。通っちゃ駄目だろ。日本は法治国家じゃないのかよ。
 でも、もういい加減俺は学ぶべきなんだ、ここで常識は通じないって事。ここにきてから、イヤってほど学んだじゃないか。
 恐る恐る、海白さんへと視線を戻すと、海白さんは、いつもの厳めしい顔をして立っていた。

「……あの、安置所って、死体、ですか。なんでそんな」
「笠原様は、此処を出る方ですので、これ以上は」
「…………」

 これ以上ってなんだよ。まだあんのかよ。あの時も、あの時も、側に死体があったのかと思うと、なんだか吐き気が込み上げてきて、口元を押さえた。けど、吐いてなんていられない。俺は、ここから出なくちゃいけないんだから。

「笠原様」
「っ、お、俺が」
「はい」
「いなくなったら、海白さんは、し、処分されるってことですか、それって、殺されるってことなんじゃ」
「……それは、笠原様が気にすることではありません」

  いや、するだろ! 俺を助けたせいで殺されるとか気にしない奴はいないだろ! それ以前に、なんでそんな落ち着いてんの!? だって、大げさだとは思った けど、俺に命を救ってもらったってことは、生きたいってことだろ。ここで助けて殺されるなんて、あっていいはずないのに。

「なんで……、助けてくれるんですか」
「私は、死に方は選びたいのです」
「……?」
「ここに仕えている者は皆、死ぬときはその死に様だけは、決めておきたいと思ってますので、助けて死ぬのなら本望です」

 何処か遠くを見るような目に、俺は拳を握った。

「……いきますよ」
「……笠原様?」
「どっちみち、渦見には言いたいこととかも、あるし。あいつが危険っていうのも、俺にはまだよくわかんないんで……」
「笠原様、ですが」
「会ってから、帰ります。そんで、もう此処には戻ってきません」
「……わかりました」

 海白さんは、何か言いたげだったが、それ以上は言っても無駄だと悟ったのか、もう何も言ってこなかった。


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