秘密A


「夕お嬢様は、灯坊ちゃんの実の姉にあたります」
「灯の」
「夕お嬢様は、分家の人間ながら、祓い屋としてはとても優秀で、終夜坊ちゃんのことも大層可愛がってらっしゃいました」
「…………」
「終夜坊ちゃんに憑くモノたちは、夕お嬢様が祓っていたのですが、……長く一緒に居すぎたので、もういらっしゃいません」
「どういう、意味ですか」
「亡くなられました。終夜坊ちゃんの代わりに」
「…………」

 はぁ、と俺は息を吐いた。手のひらで目を覆って、俯く。正直、もう、何がなんだか付いていけない。死んだ? 渦見と一緒にいたから? なんだよそれ、意味わかんねえし。
 他人の家族の生死とか、あんま興味ないけど、それってつまり、俺も、一緒にいたらそのまま死んでたってことか? 頭の中がぐるぐると回る。思考が、ぜんぜん追いつかない。だって、おかしいだろ、一緒にいるだけで死ぬって。どんなトリックだよ、あいつは優秀な犯人か。
  けど、本当は、自分の中で回答はでていた。別に、あいつが望まなくても、そうなってしまうんじゃないか、ってこと。だって、自分でも経験してしまってい る。あの雨の中、交差点で、引っ張られる腕、顔のない何か。ベッドの上で首を絞めてくる女。もし、渦見がいなくならず、一緒にいたら、あのまま、あいつら に殺されていたんだろうか? 灯は、渦見のことを人殺しと呼んでいた。
 それは、姉が死んでしまったからだろうか? もう、だめだ、なんかもう、無理。ぐしゃぐしゃと髪をかきあげ、青い顔をしていると、キヌさんが続ける。
 俺、結構混乱してんだけど、どうあって、話をやめる気はないようだ。

「夕お嬢様が亡くなられたのは、終夜坊ちゃんが中学生に上がられた頃でした。その頃には少しずつ、祓う技術も身につけられていたのですが、それでも、無理でした」
「…………」
「そして、次に終夜坊ちゃんのお側につけられたのは、灯坊ちゃんです」
「灯……?」

 頭の中で、あの人を食ったような顔の男が浮かんできた。そういえば、あいつらって兄弟なんだよな。少し違いはあるけれど、腹違いの兄弟ということに間違いはなかったのか。でも、姉ちゃんを殺された後に渦見につけるとか、酷い話ではあるな。

「あいつら、仲悪くないすか」
「そうですね……それに、長くは続きませんでした。終夜坊ちゃん程ではないにしろ、灯坊ちゃんもまた、他人によくない物を見せてしまうお力がございましたので」
「あいつも?」
「はい。ただ、残念なことに……終夜坊ちゃんと一緒にいることにより、さらにお力が増してしまった様です」
「…………」
「けれど、灯坊ちゃんのお力は、どうあっても、終夜坊ちゃんのものには及ばないのです。本家の人間の血を引きながら、終夜坊ちゃんに似たお力を持ちながら、妾の子にも劣る偽物と言われ、灯坊ちゃんにも思うところがあったのかと思います」
「ニセモノ……」
「実の母親からすらそう言われるお姿は、見ては居られませんでした」

 その言葉を聞いて、思い出す。あいつは、自分のことを本物だと言った。子供の頃から、偽物と言われ続けてきたんだろうか。それは、どんな気分だったんだろう。歪んだ性格を思い出して、頭を振った。いやいや、同情してどうする。
 だからって、あいつがした事は消えない。

「それからは、なんの力もない分家の人間を、あるいは、どこかから浚ってきた人間を、生け贄に捧げて参りました」
「い、生け贄って……」
「終夜坊ちゃんを生かす為の生け贄です。笠原様が閉じこめられておりましたお部屋ですが」
「?」
「あれは、元々終夜坊ちゃんと夕お嬢様のお部屋です」
「えっ……」
「終夜坊ちゃんは、子供の頃はそのお力を制御することも出来ない方でしたので、喋るだけでも呪われてしまうと、言われておりました。なので、あそこでは喋ることは禁止されているのです」

 俺、めちゃめちゃ話してたし、灯も喋ってたけど。……ああ、もう呪われてるから関係ないのか。そうだよな、俺、ずっと渦見と一緒にいたもんなあ。がり、と畳をひっかいた。

「もちろん、今では、少し話した位で呪われたり、お力が移ったりする事はございません。終夜坊ちゃんと長く、近づく程に、お力は強くはなってゆきますが」
「それ、消えることって、ないんですか」
「わかりません、逃げられた方がいらっしゃらなかったので」
「…………」

 じゃあ、俺ももう駄目じゃん。これから一生、あんな目にあうの? 絶望していると、キヌさんが、さらに絶望的な事をいう。

「夕お嬢様が亡くなられてからは、あのお部屋は生け贄の監禁場所になりました」
「……は?」
「元々、生け贄に選ばれるのは、希望される信者が多いので、暴れる事はないのですが、まれに、納得されない方や、外から連れてきた方もいらっしゃるので、その場合、あそこで精神を壊してしまうのです。そうして、終夜坊ちゃんのお側に置いておりました」
「いやいやいや、ちょっと待って下さい、なんかもう、全部おかしいんで!」

  信者って何? 希望するって? 死ぬのを希望すんの? 自殺じゃね? そもそも、納得しない奴がごく稀ってどういうことだよ。いや、外からつれてきたっ て、それはやっぱり犯罪だよな? そんな犯罪を知りながらも黙認しているこの人も、やっぱりおかしいし、どいつもこいつも狂ってるよ!
 なんなんだよ、この家!? なんで、誰も言わないんだ、お前ら頭おかしすぎって!

「笠原様は、おかしいと思われないのですか?」
「いや、だからおかしいっつってんじゃないすか! もうおかしい所しかないですよ!」
「そうではなく、どうして、そうまでして終夜様が生かされているのか、です」
「それっ……は、えっと」
「そんな、呪われた忌み子は、本来ならば殺してしまえばいいのです。そうすれば、生け贄なんて用意しなくてもいい、誰も傷つきません。けれど、分家はもとより、本家もそれをなさらない、何故だと思いますか?」
「……子供が、かわいい、とか」

  言って、自分が馬鹿なことを発言したと後悔した。人を生かすために他人を生け贄にするような奴が、我が子可愛さにそんなことをするはずない。ましてや、愛 人の子供だ。浮気された母親側からすれば、憎いくらいかもしれない。なら、どうしてだろう。疑問に答えるように、キヌさんが口を開いた。

「先ほども申し上げましたとおり、終夜ぼっちゃんの才能は、とても希有なものなのでございます。終夜坊ちゃんがご自身に近づく霊を祓う度に、そのお力はあがって行きます」
「はあ……」
「……昔のお話ですが、かつて渦見の家に、終夜坊ちゃんと同じお力を持った方がいらっしゃいました。その方は、大層渦見の家に貢献なされたそうです。渦見を、大きく発展させたと」
「…………」

 貢献って、なんだよ。なにをしたんだ。けれど、その問いには、キヌさんは答えてくれなかった。知らないのか、あるいは、知っていても答えたくないのか。

「終夜坊ちゃんは、渦見の家の、大切な駒です。本来であれば、大学へは行かず、渦見の家にずっといたはずなのですが、終夜坊ちゃんの最後の願いで、卒業までというお約束で、行くことが叶っておりました。……笠原様、これは、私事の、大変不躾なお願いなのでございますが」

 そこで、話を戻すかのように、キヌさんが頭を下げた。畳に手をつき、深々と頭を下げる。

「な、なんですか」
「どうか、終夜坊ちゃんに、会ってくださらないでしょうか」
「え」
「こんなお話を聞かされて、この様な場所に閉じこめられて、終夜坊ちゃんに会うのがお嫌だということは、重々承知しております。嫌いになられても仕方がないとは思います。ですが、笠原様、私は、子供の頃から、終夜坊ちゃんを見ておりました」

 ぽたり、とキヌさんの目から落ちた涙が、畳に染みを作る。嗚咽を堪えるような、震える声。袖口からのぞくしわしわの手が、畳に爪を立てて白くなっている。

「終夜坊ちゃんは、幼い頃から人と話すことを禁止され、慣れる為と言われ、独りぼっちで、暗い場所に閉じこめられおりました。それは、誰かと話したりせぬ為だったのだと思われますが」
「…………」
「けれど、閉じこめられても、望まぬ力のせいで、間接的に、人を殺めることになっても、あの子は泣かないのです」
「…………」
「いつも、笑っているのです。私は、終夜坊ちゃんが狂ってしまわれていると思っておりました。誰も近づかず、近づいてくるのは渦見の権力にあやろうとする者ばかり。友達なんて、いらっしゃる訳がありません、そもそも、作ることが許されておりませんでしたから」

 そこで、一度言葉を切った。キヌさんは立ち上がると、俺の手を握ってきた。顔を歪め、俺を見る。痛いくらいに握りしめられて、どうすればいいのかわからず狼狽えた。

「っ……あ」
「けれど! 笠原様と一緒にいらっしゃる終夜坊ちゃんは、とても楽しそうでした」
「あ、の」
「お友達なんて、いらっしゃらなかった、できるはずもなかった終夜坊ちゃんの初めてのお友達です。キヌと会うときは、いつも笠原様のお話をされておりました。それはもう、楽しそうに」
「でも、あいつは」
「ええ、笠原様はいわゆる"生け贄"です。けれど、そうでも言わなければ、おそらく終夜坊ちゃんは笠原様のおそばにいることを許されなかった」

 握られた手に、ぽたぽたと涙が落ちてくる。しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして、キヌさんは声を震わせた。

「終夜坊ちゃんが離れたのは、笠原様を危険に晒したくなかったのだと思います。もう手遅れかもしれませんが、それでも……、終夜坊ちゃんは、笠原様のことを考えておいででした」
「や、でも……」
「終夜坊ちゃんは、今、また一人でございます。一人ぼっちで、いらっしゃいます。お願いいたします。どうか、終夜坊ちゃんを助けてくださいまし」
「あ……」
「終夜坊ちゃんは、笠原様のことを話す時、とても楽しそうにしていらっしゃいました、キヌは、あんな顔の終夜坊ちゃんを見るのは初めてで、ですから……」
「……っわ、わかりました! わかりましたから」
「!」

 俺は掴まれた手をそっと外して、声を上げた。正直な話、もうここから逃げたいし、今すぐ家に帰りたい。あんな部屋でも、ここよりはずっと居心地がいい。一分一秒だって、こんな所には居たくない。けれど、その前にやるべきことはやらなくちゃいけないんだろう。
 渦見に会うのは、ぶっちゃけ怖いし、何も話されなかったというショックもある。もしかしたら俺は会いたくないのかもしれない。でも、こんな目にあったんだから、一発や二発は殴る権利はあるだろう。言いたいこともあるし、もともと、あいつに会う予定だったんだ。
 ぼろぼろと涙をこぼすキヌさんに対して、俺は無理矢理笑って見せた。引きつった笑みだったかもしれない。

「あいつに、言いたいこととか、いろいろあるし、終わったら、家に帰れるんでしょ?」
「……ええ、ええ! もちろんです! 笠原様の御身をは、必ずやお守りいたします」
「じゃあ、いいです、あんま時間とか、かからなければ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」

  再び土下座をされてしまった。今日だけで、何回土下座されてるんだろう、俺。手を握って立たせると、ずっと黙っていた海白さんが、俺の横へと並んだ。それ にしても、この人は、どうしてこんなに渦見の為に一生懸命になるんだろう。乳母とは言っていたけど、実の息子みたいに思っているんだろうか。

「では、私が終夜様の所まで、ご案内いたします」
「見つかんないか?」
「ええ、抜け道を使いますので。それより……よろしいのですか、笠原様」
「なにが?」
「お頼み申し上げておいて、こんなこと言える立場ではないのですが、終夜様は、とても危険です。一緒にいていいことは、ないでしょう。私は、笠原様に助けて頂いた身分です、もし笠原様が望まれるなら、私は……」
「海白」

 続ける言葉を遮るように、キヌさんが口を挟んだ。すると、海白さんはハッとした様子で、口を噤む。

「っ、いえ、出すぎたことを……。なんでもありません」
「はあ……」

 まあ、どっちみちこのまま逃げて平穏無事に過ごせますなんて思ってない。渦見の家がやばいっていうのは、もう十分体感しているし、なんらかの形で、決着をつけて、後腐れなく帰りたい。
 ……帰った後が、どうなるかはわかんないけど。

「あ、そういえばキヌさん」
「なんでございましょう?」

 俺は、案内して部屋から出る前に、佇んでいるキヌさんを振り返った。一つだけ、確認したいことがある。

「キヌさんは、ずっと渦見を見てきたって言ってましたけど」
「ええ」
「その、なんとも、ないんですか? だって、一緒にいると、その……」

 呪われる、とか死ぬと言っていた。なのに、キヌさんはこの年にしては元気そうだ。実は、その呪いとやらも妄言なんじゃないだろうか。そんな期待が胸を過るが、それはすぐ様裏切られた。

「まさか、無事なわけがございません」
「……なら、なんで」
「それは、私事でございます。私は、終夜坊ちゃんが幸せになれるなら、この様な老いぼれの身はどうなっても構いませんので」
「…………」
「笠原様、急がないと、見つかってしまうので、早めに」
「あ、ああ、はい」

  結局、引きずられるようにして、部屋を後にした。部屋を出る瞬間、キヌさんはしわくちゃな顔を歪めて、笑っていた。部屋の外には、誰もいない。薄暗い廊下 に、ぼんやりとした灯りだけが浮かんでいる。正直、聞いたことがおかしなことばかりで、何が本当かも、会いに行っていいのかもよくわからない状況だけど、 立ち止まっていたら、また元に戻ってしまう気がして、俺は足を前に進めた。
 ―――会いに行こう、渦見に。


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