秘密@


  
「お、お久しぶりです」
「ええ、お久しゅうございます。笠原様は……お元気ないようですが」

 俺の 言葉に、キヌさんは笑顔で返し、近くに座った。前と変わらない、普通の着物、この人は、あの白装束じゃないんだな。目尻に深いしわを刻んで、笑んでくる。 俺は何ともいえない表情で口を噤んだ。……この人は、知ってるんだろうか、俺が今まで監禁されていて、どんな目にあってたのか、どんなことをされていたの か。ただの勘だけど、何故か知っているような気がした。その目が、どこか見透かしたような目に見えたから。

「……はあ、まあ、元気はないです。正直、家に帰りたいです」
「ええ、お帰しいたしますよ、灯坊ちゃんに見つからない内に」
「っ!」

  ともす、って言ったな。ってことは、やっぱり、俺が灯に捕まっていたってことは知られているんだろう。そもそも、どのくらいの人間が、俺があそこに捕まっ ていたことを知ってるんだ? まさか、本家の人間全員とかじゃないよな。犯罪家系にもほどがある。そもそも、キヌさんが本家の人間かもわかんねえし。どう して、助けてくれたんだろう。俺が堅い表情をしていると、キヌさんは、緊張をほぐすような、柔らかい笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ、笠原様、もう、酷いことはされません。キヌが、必ずや逃がしてみせます。終夜坊ちゃんの頼みごとですから。ただ、その前に、お話を聞いていただけないでしょうか?」
「……話?」

  いや、待て、今終夜っつった? あいつが逃がす様、指示をしたってことか? しかし、それを聞く前に、キヌさんは話し始めてしまったので、なんとなくタイ ミングを逃してしまった。静かな部屋だからか、あまり大きな声でもないのに、話す声がよく響く。上についている盆提灯の照明が、ちらちらと揺れ、壁には俺 たちの影が伸びている。

「笠原様、私。キヌは、終夜坊ちゃんの乳母として、終夜坊ちゃんが産まれた時からお側におりました」
「はあ」
「終夜坊ちゃんが妾の子として、本家の人間にいじめられないか、心配で心配で、出来る限りは、お側にいたおつもりです」
「はあ……そうなんですか。……ん?」

  妾の子、って言ったか? 確か、灯も妾の子とか言ってた様な。つまり、どっちも愛人の息子ってこと? 随分複雑な家庭環境だな。つーか父親女作りすぎだ ろ。俺は正直な話、他人の家庭事情にさしたる興味はなかったけど、話が終わらないとここから出られなさそうだ。適当な相づちを打ちながら話を伺う。

「じゃあ、灯と同じなんですね」
「は……?」
「いや、灯も、妾の子って自分で言ってましたよ。確か、カツラギ……」
「……灯坊ちゃんがそう仰ったのですか」
「え、はい」

  その言葉に、キヌさんは少しだけ眉をひそめた。俺は、何か間違ったことを言っただろうか。閉じこめられてから、少し頭がおかしくなってるとは思うけど、た ぶん、記憶自体は間違えてないはずだ。初めて会ったときに、あいつはそう名乗った。ただ、その名字が嫌いとも言ってたっけ。すると、横から海白さんが口を 挟んできた。

「笠原様、灯坊ちゃんは、妾の子供ではありません」
「え?」
「正真正銘、渦見の家の、龍様と鴇様のご子息です」
「……はあ」

 また嘘かよ、あの男。よくわかんねえ嘘吐きやがって、あの嘘つき野郎。なんとなく、騙されやすい馬鹿な奴だと思われてる気がして、俺は顔を伏せた。小さく嘆息して、キヌさんが続ける。

「……終夜坊ちゃんのお母上は、アヤメ様と申します」
「そ、そうですか」
「葛木、アヤメ様です」
「そうで……カツラギ?」
「ええ、灯坊ちゃんが名乗ったのは、終夜様のお母上の姓でございますね」
「なんで、そんな紛らわしいこと……」
「灯坊ちゃんは、ニセモノと、呼ばれておりましたので、皮肉のつもりだったのかもしれません」
「ニセモノ? それってどういう……」

 その言葉に、今度は、俺が眉を潜めた。あいつが嘘をつくのは今更の話だ、けど、偽物だとか、本物だとか、いったい何の話だ? しかし、俺が聞く前に、キヌさんが答える。

「その前に、まず、終夜坊ちゃんのお話をさせて下さいまし」
「……どうぞ」

 俺が手でジェスチャーをすると、キヌさんは俺の目を真正面から捉えた。あまりにもまっすぐ見られるので、何かまずいことでも言われるのかと勘ぐってしまう。

「笠原様は、終夜様のお力は、ご存じですか?」
「えーと……、霊祓ったり、寄りつかなくする、あれ?」
「もちろん、それも、終夜坊ちゃんの特別なお力でございます。長い渦見の中でも、終夜坊ちゃんは希有な存在でございますので」
「はあ……」

  なんだか、アニメとか、漫画みたいな世界だ。そもそも、日常的に生活していれば、そんな幽霊とか、祓うとかなんて単語に遭遇することなんて、滅多にないだ ろう。あるとすれば、元々そういうのが好きな奴らか、俺みたいな不運な奴のどちらかだ。俺は日常に馴染みすぎていてたまに忘れかけるけど、幽霊なんて、本 来見えないのが当たり前なんだ。なのに、それが見える渦見は異常だし、祓えるのだって普通じゃない。そもそも、俺だって昔はそんなもん見えなかったはずな のに。

「ただ、終夜坊ちゃんのお力は、それだけではございませんし、些か誤解がございます」
「はあ」

 まだあんのかよ。どんな超能力者だ?

「これは、お力というよりも、呪いと仰った方が正しいのですが……」
「はあ」
「これは終夜坊ちゃんの望む力ではなかったのです。けれど、大きなお力には、それなりの代償もございます」
「はあ」
「もう一つは、お側に居る方に、ご自身の呪いを移していく事です」
「は」
「……笠原様は、元々憑かれやすい方のようですが、そもそも、狙われるのは、終夜坊ちゃんがお側にいらっしゃるからです」
「……意味が、よく」
「終 夜坊ちゃんがいると、霊が寄りつかなくなるのではありません。終夜坊ちゃんについた霊が、笠原様の所に行くだけでございます。終夜坊ちゃんがお近くに居 らっしゃる時は、終夜坊ちゃんが祓っているのでしょう、だから。笠原様は終夜坊ちゃんといらっしゃる時は、遭遇しにくいと錯覚されているのです」

 キヌさんは、抑揚なく言葉を続けるけど、なにげにすごい爆弾発言をされた気がする。つまり、怖い事が起こるのは渦見のせいで、俺がそこまでやばいことにならないのは、渦見のおかげってことか? なんなんだよ、どういうことだ? そもそも、俺は前提から間違えていたのか?
 つーか、なんで今までそんなこと、一言も聞いてない。そこで、俺はふと、灯の言葉が頭の中で蘇った。
『長く居すぎると、当てられてまうよ』
 じゃあ、あれ、嘘じゃなかったのか。あいつの言うことの中で、何が正しくて、何が嘘なのか、もうよくわからない。
 じわりと額に浮かぶ汗を拭うように頭を押さえると、悲痛な声でキヌさんが続ける。もしかしたら、本当は話したくなんて、ないのかもしれない。

「終夜坊ちゃんは、霊感が極めて鋭い子でしたが、同時に、本来とても憑かれやすい方です。子供の頃から、とても」
「…………あいつが」
「この世の物ではないそれらにとって、終夜坊ちゃんは、とても……そう、"美味しそう"に見えるのでしょうね」
「…………」
「ですが、長い間、側に誰かがいらっしゃると、なんと申せばよろしいのでしょうか、その、狙われる対象が、その方に移行するのです。まるで、彼らにとって、そのお方が"美味しそう"見える様に。段々と、憑かれやすくなってしまうのです」
「…………それ、って」
「はい」
「渦見は、知ってんです、よね」

  キヌさんは、少し逡巡したあと、小さく頷いた。そりゃそうだ、自分のことなんだから、知らないはずがない。でも、それじゃあ、何だ、俺は、今まで渦見が近 くにいたから、あんな怪奇現象にあってた訳? あんな、死にそうな目に、あってたのかよ。あいつは、俺を殺す気だったのか。
 知らない内に、体が 震える。どうして、震えてるんだろう、怒ってんのかな、悲しいのかな、どっちだろ。よくわかんねえけど、ショックではあった。一応、……友達でいる気で は、あったから。けど、あいつにとって、俺はただの都合のいい奴でしかなかったのかもしれない。だって。そんなこと、一言も話してくれたことはなかった。 いつもただなんとなく側にいて、へらへら笑って、やばそうになると、助けてくれて。そんな行動も、全部あいつにとっては俺に霊を移すためだったのか?
 再び、灯の言葉が蘇ってきた。
 『信頼してたら、裏切られるで』
 ……あいつも、たぶん知ってたんだろうな。知らなかったのは、俺だけなんだ。

「笠原様のお怒りはごもっともです。けれど、これは昔から続いておりました」
「……昔から?」

 ぎゅ、と拳を握る。爪が、手のひらに食い込んで、痛い。痛いのは、それだけのせいじゃないかもしれないけど。乾いた視線をキヌさんになげかけると、キヌさんは淡々と続けた。

「ええ、終夜坊ちゃんは、今でこそ、ご自身で祓えるようになりましたが、昔は出来ませんでした。けれど、祓わなければ、終夜坊ちゃん自身が取り殺されてしまいます。そこで、幼い頃、終夜坊ちゃんのお側にいらっしゃったのが、お姉さまの夕お嬢様です」
「ゆう……?」

 なんとなく、聞き覚えがある。いつか灯が、そんなことを言っていた様な気もする。

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