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 結局、それ以降灯は部屋に来なかった。飯も、珍しく白装束が運んできたので、俺は驚いた。ここに連れて来られてから毎日、飯の時だけは灯が運んでいたのに、珍しいこともあるものだ。あるいは、何かあったんだろうか。俺は飯の準備をしている男に声をかけた。

「なあ、あいつは?」
「…………」
「なんかあったの?」

 相変わらず、白装束は何も答えない。けど、別に喋れない訳じゃないってのは、すでにわかっている。こいつらは、ただ喋らない様にしているだけだ。なぜなのかはわからないが、此処では喋ってはいけない決まりらしい。
 俺のことを無視すると、飯を置いてすぐに出ていってしまった。今日の飯はおにぎりと漬け物。今まで豪華だったのに、今日はずいぶん質素だな。腹が膨れれば文句はないけど。果たしてこれが朝飯なのか、昼飯なのか、夕飯なのかすら、もう判断が付かない。
 口に入れて咀嚼していると、再び部屋の戸が開いた。

「……?」

 今度は何だ、と思って顔を上げると、あの時の白装束が立っていた。厳めしい顔をした運転手だ。入ってきた瞬間、ばちりと視線がかち合った。

「あ」

 俺は持っていたおにぎりを置いて立ち上がる。しかし、その前に、白装束は俺の前に立ち、俺の口元に人差し指を当てた。そして、自分の唇にも逆の手で指を一本立てる。……喋るな、ってことだろうか? やっぱり、此処ではどうあっても喋ってはいけない様だ。
  俺が黙っていると、そいつは入ってきた部屋の戸を閉め、逆側の戸を開けた。って、あれ? 鍵が開いてる? いつの間に開いていたんだろう。俺が呆けている 間に、黙って手を引いてきた。しかし、俺が口を開こうとしたり何か聞こうとする度に、鋭い視線をとばしてくる。やはり、喋らない方がいいらしい。

「…………」

  白装束は、俺の手を引いてどんどん前へ進んでいく。なぜかかかっていたはずの部屋の鍵は開いていて、こいつ以外の白装束は見あたらなかった。俺は、うっか り喋ってしまわないように、自分の口に手を当てる。こんな、簡単に抜け出せていいんだろうか? やっぱり罠か? いや、でもここまで来たらついていくしか ない。いくつかの部屋を抜けたところで、白装束はおもむろに壁側に手を置いた。

「……?」

 すると、壁の一部分が反転して、壁の中へと通じるような道が現れた。まるで忍者屋敷だ。びっくりしている俺を無視して、白装束は当たり前のように中に入っていったので、慌てて後を追った。

  中の通路は細く薄暗い。この道は、どこに繋がっているんだろう、外だろうか? 希望が、頭を駆け巡る。しかし、この道、階段を下りたり上ったりして、距離 間がまるでつかめない。今、どのくらいの位置にいるんだ。そもそも、俺が捕まっていた場所が元々何階にあるところだったのか。
 前を歩く白装束 が、明かりをもって、どんどん先に進んでいく。通路は埃臭いというか、黴臭くて、何年も使われいないように思えた。蜘蛛の巣が頭に張り付くのをはがし、筋 力が落ちた足で付いていく。見失ったら終わりだ。裸足なので、若干気持ち悪いが、とにかく、抜け出せるならなんでもいい、もしかしたら、これすらも罠かも しれないが、あれよりも事態が悪くなることなんてないだろう。
 やがて、梯子のようなものがかけられたところにたどり着いた。白装束が先に上へ上がって、塞がっていた物を避けると、眩しい光が差してきたので、反射的に目を細める。

「……こちらへ」

 狭い視界の先には、逆光を背にした白装束が、俺に向かって手を伸ばしているのが見えた。俺はその手は取らず、自力で梯子を上る。
 ようやく外か、と思えば、そこは外ではなく、見知らぬ部屋の中だった。外に出られると思っただけに、残念な気持ちが胸を刺すが、あの部屋から出られただけでも、まだいい。

「……ここは」
「本邸からの、離れでございます」

 俺の呟きに、隣にいた白装束が言葉を返した。あれ、喋ってる? そういえば、さっきも喋ったよな。ここだと、もう喋っていいんだろうか?

「しゃ、喋ってもいいんすか」

 俺が訝しげな視線を送ると、白装束は頷き、真顔で俺に頭を下げてきた。

「先に礼を……笠原様、以前は、助けていただき、ありがとうございました」
「……は?」

  その行動に、俺は目を瞬かせた。だって、俺にはそんな風に頭を下げられる覚えも、助けた記憶もない。そもそも、こいつとは灯が運転主として連れてきたのが 最初だったはずだ。俺は、彼が此処に連れてきてしまった罪悪感で助けてくれたのかと思ったけど、どうやらそれは違うようだ。そもそも、そんな罪悪感を抱く ような奴が、あそこに居るとは考えづらい。
 頭を下げ続けている白装束に向かって、俺は控えめに声を上げる。

「えーと、助けてもらえて、すごいありがたいんですけど、人違いじゃ……」
「以前」
「え」
「以前、笠原様のお宅にお伺いした際、未熟な私を、身を挺して助けていただきましたね」
「………………。あー……もしかして、あの時の」

 その言葉で、なんとなく、薄ぼんやりとした記憶が蘇ってきた。
  いつだったか、渦見が帰省した際、俺の部屋が霊の集会所の様になってしまい、お祓いに来てもらったことがあったっけ。その時、変な手に襲われそうになった 奴を助けたこともあったような、いや、俺がまぬけだったような覚えもあるけど、とにかく、そんなことがあった気もする。
 灯に紹介された時、どこかで見た覚えがあるような気がしたのはそのせいか。あの時、一応会ってはいたんだな。こいつらみんな同じ格好してるし、顔も全員怖いし頭も丸めてるから見分けが付かなかった。

「あの、すみません、すぐ思い出せなくて」

 覚えていたなら、俺は協力を煽ることがもしかしたら出来ていたかもしれないのに。渦見や灯の言うとおり、これじゃ俺は本当に馬鹿だ。しかし、そんな俺に対して、白装束は表情を崩さず答えた。

「なぜ、笠原様が謝るのですか。謝らなくてはならないのは、私の方です。命を救っていただきながら、こんな苦痛を強いるような生活を」
「いやいや、命を救ったとかは言い過ぎじゃ……」
「いいえ」
「え?」
「笠原様は、何もご存じないのですね、渦見の家のことを」
「……はあ、まあ」
「本当に、申し訳ないことをしていると思っております」

  そう言って、白装束は再び深々と頭を下げた。確かに、思い出したくないような環境を強いられたけど、それはこの人がやったんじゃなくて、あくまで灯のやっ たことだ。上司のやることに口を挟むこともできないだろうし、挟んだら何をされるかわからない。助けてもらった手前、なんだか罰が悪い。

「あの、とりあえず頭あげてください。えーと……」
「海白とお呼び下さい」
「カイハク、さん、あの、ここはどこなんですか?」
「先ほども申し上げましたが、ここは離れです。本家の人間もごくわずかしか知らぬ隠し通路を通って参りましたので、少しは時間が稼げるかと……」

  言いながら、海白さんが俺に座るよう進めてきた。部屋の中は、あの監禁されていた部屋よりは、棚や物があるものの、やはりどこか寂しい印象を受ける部屋 だった。こんなのんびりするよりも、早く逃げたいんだけど。けど、ここの構造を知らずに逃げても、またすぐ捕まってしまうかもしれない。
 俺が座り、海白さんも正座すると、おもむろに土下座してきた。な、何回頭を下げるんだこの人は。俺が対応に困っていると、土下座した頭を上げ、すいと俺を見据えてくる。

「笠原様」
「は、はい」
「……ご無礼を承知でお願い申し上げます。笠原様にとっては、とてもご迷惑な頼みだとは存じておりますが、それでも、お願いしたいことがあるのです」
「な、なんすか」

 これ以上俺に何をしろって言うんだ。たじろいでいると、部屋の戸が引かれた。その音に、ぎくりと身を縮める。もしかして、逃げたことがバレたのか!? そう思ったが、海白さんに特に慌てた様子はなく、入ってきた人物も、一度見覚えがある人だった。

「その前に、私からお話させていただいてもよろしゅうございますか? 笠原様」
「……えーと……、キヌさん?」
「覚えていただいてたとは、キヌは光栄でございます」

 人の良さそうなしわくちゃな顔をにこりと歪め、キヌさんは笑った。



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