脱出@


「……何のつもりだ」
「ええやん、減るもんでもないし」
「俺の神経がすり減ってくんだよ」

 太股の上に頭を乗せてきた灯を見下すと、灯は俺を見上げてへらりと笑った。こいつ、このまま俺が首を絞めて殺すとか考えないんだろうか。へらへらと笑う顔を無表情で見つめる。飯も持たずに突然部屋に入ってきたかと思えば、「正座して」と告げられた。
 説教でもしてくるのかと思えば、膝枕って。男の膝枕の何が楽しいんだ。どちらかといえば罰ゲームの部類だろ。女みたいに柔らかくもなければ、寝心地も悪い。堅いし、筋張ってるし、寝転がって気持ちいいもんじゃない。
 にも関わらず、灯は俺の上で猫みたいにごろごろしている。飯を持たずに入ってくるのは、そういえば初めてだな。こいつ、普段は何をしているんだろう。そんなことを考えてたら、灯が目を細めて俺の尻から太股にかけて撫でてきた。ぞわりと肌が粟立つ。

「はー、癒される」
「おい、気持ち悪いからやめろ」
「えー」

 こっちは全然癒されないし気持ち悪い。一緒にいるだけで精神が削られていく気分だ。しかし、ブーイングしながらも、俺の膝の上から退こうとはしない。

「……重いから降りろよ」
「ええやん別に」
「…………」

 それどころか話を聞く気もなさそうだ。そうだな、そもそもこいつが俺の言うことを聞いたことなんてないからな。いつだって自分勝手だ。その内、灯は俺の膝の上で目を瞑った。まさか、寝る気じゃないだろうな。

「おい」
「……はー……」

 なんなんだ。灯は目を瞑ったまま、ため息を吐く。少しだけ疲れている様にも見えたけど、そんなこと関係ないし、俺の話を無視していることには変わりない。

「おい、聞いてんのか」
「…………」
 
 はい無視。俺の言葉全部無視。
 もういい、こいつに構っていても仕方がない。俺は昨日の事に思案を巡らせることにした。ここにいると暇すぎて、考える時間だけが無駄にあるんだ。そっと後ろの枕へと視線を逸らす。
 昨日、あの白装束が俺に握らせた紙には、確かに逃がしてやると書いてあった。今日まで待てば、逃がすと。夢かとも思ったけど、あの紙は確かに存在する。見つからない様、枕カバーの下に潜り込ませた。今だって、俺の後ろの枕の中に入っているんだ。
 あれは、一体どういう意味なんだろう。 助けてくれるのか? ここから? 本当に? どうやって?
  そもそも、誰が書いたものなんだろう。あの白装束だろうか。どうして助けてくれるんだ? 考えても、考えがまとまらない。だって、俺を助けるメリットなん てないはずだ。バレたりしたら、どうなるかわからないのは、此処に閉じこめられてから何度も学んだ。こいつが、何をしでかすかわからない危ない奴だっての は、わかってる。
 灯に視線を移すと、目を閉じたままだ。こんなゆるそうな顔しておいて、やることは容赦がない。
 もしかしたら、あれはぬか喜びさせる為に灯が仕組んだ罠かもしれない。けど、もし本当に助けてくれるなら、俺はここから逃げられるのか?
 悶々と考え込んでいると、灯の顔が目につく。このまま、首絞めて……いや、バレたらなにされるかわかんないからな、やめとこ。
 しかし、本当に寝ているのかどうかはわからないけど、黙っていればまともなのに。

「…………」

 こうやってみると、やはり綺麗な顔立ちをしていた。俺からしたらもうどうやっても怖い奴としか思えないけど、客観的に見れば睫は長く、色白で、イケメンというよりは美青年という感じだ。

「……おい、寝てんのか」
「…………」

  答えはない。寝てるのかも。つか、こんな顔していれば女にも困らないだろうに、なんであんな事をするんだ。嫌がらせか? ああ、嫌がらせだな。そうでなけ れば、なんだ。男を強姦する理由なんて俺にはわからん。柔らかな髪が太股に当たってくすぐったかった。男のくせに、サラサラな髪してんなあ。何となく触っ てみたくて、俺は灯の頭に手を置いた。

「っ!?」
「うわ!」

 しかし、頭を撫でた瞬間、勢いよく灯が起き上がり、俺は後ろに倒れかけた。危ねえなおい、後少しで頭と頭が衝突するところだったぞ。しかし、文句を言おうとした先の灯は、どこか呆けた顔で、俺の方を見ている。

「おい、急に起きあがったら危ないだろ、起きてんなら返事くらいしろ」
「良介くん、今僕の頭撫ではった?」
「…………」

  まさか、そんなとこに突っ込まれるとは思ってなかった。撫でたというよりも、髪に触ったという方が正しい。しかし、こんな過剰反応するとは、もしかした ら、触られるのが嫌だったのかもしれない。散々俺のことを好きに触って置いて自分は嫌というのも自分勝手な話だけど、そもそもこいつは自分勝手だ。他人の 意見に耳を貸さない。

「…………」

 俺は、少し迷った。今日は、絶対に触って機嫌を損なう訳にはいかない。だって、もしかしたら助けが来てくれるかもしれないんだ。怒らせて何かされるなんて真っ平ごめんだ。体は、少しでもマシな方がいい。誤魔化すように、そっと目を伏せた。

「……エート、髪にゴミがついてて」
「もっかいやって」
「は?」
「ええから、もっかい」

 言いながら、灯が腰に抱きついてきた。上目遣いに期待したような面もちで俺を見つめてくる。なんだこいつ。どういうつもりだ。理解できないのは今更だけど、意味が分からなくて、少し冷や汗が出る。嫌じゃなかったのか。
 拒否することは簡単だが、断って機嫌を損なわせたくない。俺は恐る恐る灯の頭に手を置き、それから、おざなりに小さく撫でた。

「…………」
「……もういいか」
「……もーちょい」
「…………」

  結局、それから数十秒、俺は撫でさせられた。犬じゃあるまいし、こいつは、なにがしたいんだ。呆れ返っていると、灯が満足したように笑った。その顔が、一 瞬子供のように無邪気な顔に見えて、俺はしばし硬直した。しかし、見えたのは一瞬のことで、すぐにまた元の人を食ったような笑みに戻ってしまった。

「はー、ありがとー良介くん」
「…………」
「お礼に知りたいことがあったら、教えたるよ。何がええ?」
「本当に?」
「いらんのやったら、別にええけど」
「じゃあ、此処から出る方法」
「ナシ。ほな終わり」
「…………」

 結局答える気ねえんじゃねえのか。眉を寄せると、ようやく灯が俺の太股の上から頭を退け上体を起こした。

「そない、怖い顔せんでもええやん」
「うるせえな、つーかなんでこんなことさせんだよ」
「んん? んー……」

 俺の質問に少し思案するような顔をすると、灯は少しだけ口元を歪ませて答えた。皮肉めいた表情だった。

「僕、頭撫でてもらったことってないねん。せやから、新鮮やったんよ」

 言いながら、俺の頭を撫でてくる。俺は、別に撫でられたくなんてないのに。けれど、それは黙っておこう、今日は大人しくしないと。
 片方の手で撫でられていたかと思えば、もう片方の手も後頭部に延びてくる。何かを憂いているような笑みを浮かべていた。手が、首の方まで降りてきた。目線がかち合う。なんか、やけに顔が近いな、と思った時には、すでに唇が塞がれていた。

「ん」

 ……もういいよ、このくらいはどうでもいい。精神は減っても肉体は無事だ。逃げられるんなら大人しくしてる。

「……嫌がらへんの」
「嫌がったらお前喜ぶだろ、性格悪いから」
「ははは、口が減らんなあ」

 言いながら、そのまま灯が抱きしめてきた。抵抗しないで大人しくしていると、背中に回された手の力が強くなる。こいつが、何をしたいのか未だによくわからないけど、これで満足してくれるなら、それでいい。そう思って黙っていると、灯が消え入りそうな声で呟いた。

「……良介くん」
「なんだよ」
「僕のこと、呼んで」
「なんで」
「ええから」
「……灯」
「もっかい」
「…………」
「良介くん」
「灯、ともす。灯」
「…………」

 するりと、背中に回っていた腕が離れた。それから、立ち上がると、座っている俺に向かって微笑みかけてきた。

「うん、これで、僕は本物や」
「は?」
「ありがとな、良介くん、ほな、また」

 そう言って、灯は部屋の戸の方へと向かっていく。なんだったんだ、一体。けど、今日は犯されなくてよかった。安堵の息を吐いた所で、出ていく寸前、灯がこちらを振り返った。

「なあ、良介くん」
「……なんだよ」
「逃げへんよな?」
「…………」
「逃げたら、あかんで」

 俺の答えを聞く前に、灯は出て行ってしまった。けれど、最後にこっちを見た灯の顔は、なんだか泣きそうな顔をしていた様な気がする。俺は、考えないことにした。



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