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  脱出しなくちゃいけない。手段はなんでもいい、一刻も早く、ここから逃げなくちゃ。俺の頭が完全にイカレる前に、ここから出ないと。けど、どうやって逃げ ればいい? 一人で逃げるのは、多分無理だ。この屋敷の構造もよくわからないし、そもそも全部の部屋に鍵がかかっているから、ここから逃げられたとしても 次の部屋から逃げられない。だとしたらどうする?

「…………」

 俺は、戸の奥をじっと見つめた。一番いい手段は、多分、 協力者を見つけることだ。けど、それも多分不可能だろう。あいつらは喋らないし、俺に協力する必要はない。上司に逆らって俺を助けるメリットもない。それ に、灯に告げ口されたら俺にまで危険が及ぶ可能性がある。でも、今更それがなんだ。危険だって言うなら、今の状況だって十分なくらい危険だ。監禁されて、 犯されて、これ以上ないってくらい、最悪なことになっている。やれる事があるなら、やってみるべきだ。ぐ、と拳を握り、俺は震える声で、戸の奥の奴に声を かけた。

「……あの、すみません。トイレ行きたいんですけど」

 間もなくして音もなく戸が引かれ、外にいた白装束が現れた、それから、トイレがある方へ向かって歩き出す。後ろをついてこいという意味だろう。しかし、俺はそれにはついて行かず、袖部分を掴んで引き留めた。

「……?」
「あ、すんません、此処、閉じこめられてからなんか体鈍っちゃって、ちょっと手貸してもらえますか?」
「…………」

 相変わらず何も喋らない。しかし一応殺してはいけない奴という認識なのか、あるいは世話対象なのかわからないが、白装束は黙って手を伸ばしてきた。俺は掴まれたその手を握り返すと、思い切り自分の側に引き寄せた。

「!」

  俺よりガタイはいいし、正直不安だったけど、力を振り絞れば以外と何とかなるもんだ。倒れ込んできた白装束の首に手を回し、持っていたフォークを首元に突 きつけた。パスタについてたフォークだ。しょぼいし、殺せるまではいかないだろうけど、思い切り突き立てれば痛いでは済まされないだろう。
 ぎゅっと、首を握りしめ、押し殺した声で囁いた。まだ、誰かに入って来られては困るんだ。

「動くなよ、これ冗談とかじゃないからな」

 言いながら、フォークの刃先を肉に食い込ませた。

「…………」
「なあ、俺、ここから出たいんだ。ここにいたらおかしくなる。逃げるのに協力してくれるなら、何もしない」
「…………」
「……何とか言えよ。刺すぞ」

 答えない白装束にイラつきながら、フォークを持つ手の力を強めた。顔は見えないけど、わずかに白装束が身じろぎしたような気がして、俺は耳元に口を寄せた。

「なあ、別にあんたに危害加えようってわけじゃない。俺は此処から出られればそれでいいんだよ。ここ、どうやったら出られる? 鍵は持ってんのか、何部屋あるんだ? 見張りって、何人いるんだ」
「…………」
「おい、あんた、口がきけないのか」
「…………」

 答えない。まるで人形のように、ウンともスンとも言わない、こいつは、本当に意思がある人間なんだろうか。最新式のロボット、ってわけじゃないよな。首に手を回しているせいで表情は見えないけど、元々力尽くでどうにか出来るとは思ってない。俺はため息をはいて、続けた。

「……なあ、ここで俺がお前に襲われたって言ったら、あいつ、信じると思う?」
「…………っ」

 僅かに、空気が揺れた。やっぱり、こいつらが動揺するのは、灯関連のことらしい。なぜかは知らないが、こいつらは灯の言うことを聞いている。上下関係は、明らかに灯の方が上のはずだ。俺は一応名目上「灯の物」らしいから、そこを突いてみる。

「この格好、やばいよな。押し倒してるみたいに見える。俺が声を上げれば、ほかの奴とか来るんじゃね? あいつ、俺の事が好きなんだって。他に手出す奴がいたら殺すとか言ってたし、見られたらやばいだろ」
「…………!」

  我ながら酷い嘘だ。内心冷や汗をかきながら、声が震えないように、俺は続けた。実際、灯は俺のことが好きだと妄言を吐いたこともあるが、いつだって冗談口 調で、到底本気とは思えない。嫌がらせと言った方がしっくりくる。前だってこいつら使って俺の体を洗わせていたし、実際に俺がこいつに襲われたとしても、 あいつはせせら笑ってネタにしそうだ。けど、この怯え方を見るに、こいつはその真実を知らない様に思える。
 それもそうだ、だって、あいつは人間 不信で、誰も信用していない。人間なんて全部裏切るとか、可哀想なことを言っていた。誰かに悩みを打ち明けるとかしなさそうだし、本心なんていつだって隠 している。あいつがどういう目的で俺を囲ってんのかは知らないけど、親しい仲じゃないのは願ったり叶ったりだ。俺を傷つけたり、何かしたら、こいつは本気 で灯に殺されると思っているのかもしれない。体が少しだけ、震えている。

「……そういえば、前に風呂場で世話になったよな。あんたら皆似た様な顔してっから誰が誰とか、覚えてねえけど」
「…………わ、私は何も」
「!」

 喋った後に、白装束は慌てて口元を押さえた。今、喋った、よな? 意思のない操り人形みたいな奴かと思ってたけど、どうやら、ちゃんと意思はあるらしい。俺は自分の気分が高揚していくのを感じた。ここで、色々聞き出さなくちゃ。俺にもう逃げる道は残されていない

「ああそう、でも、この屋敷の構造くらいはわかんだろ? どうやったら逃げられる?」
「…………」
「だんまりかよ。じゃあいい。……っだ―」
「む、無理だ! 逃げ出せない!」

 思い切り息を吸い込んで叫ぼうとした所で、再び白装束が答えた。叫ばれては困るのだろう。ってことは、やっぱりこいつらも灯のことはよく知らないんだな。監禁の理由は、聞いてもわからなそうだ。とりあえず、それはいい。とにかくどうやってここから出るかだ。

「どういう意味だよ、無理って」
「……元々閉じこめる為に作られた部屋だ、逃げる手段はない」
「鍵は?」
「私以外も、管理している」
「なんで、こんな部屋があるんだ?」
「それは……。っ!」
「うわっ!?」

 後ろから、思い切り手を掴まれ、引き離された。もう少し力があったら抵抗できたのかもしれないが、生憎、閉じこめられて何日も経つ。筋力が少し衰えている俺の腕は、あっけなく捉えられ、フォークが畳に転がった。
 布団の上に転がされると、冷たい目が俺を見下ろしていた。

「…………くそっ……」
「…………」

 いつの間に現れたんだろう。背後からやってきていた別の白装束に、俺は全く気づかなかった。俺に捕らえられていた白装束が、狼狽えたように口を開く。

「ち、違う! 私は何も……!」
「…………」
「っ……!」

  もう一人の白装束が、口元を指さした。喋るな、という意味だろうか。指摘された男が、慌てたように口を押さえる。ここでは、喋ってはいけない決まりがある らしい。けど、そんな決まり、俺にとってはどうでもいいし、むしろ腹が立つ。なんで喋らねーんだよ、情報の一つくらい、落としていけよ。白装束が、連れ だって部屋から出ていこうとするので、俺はそれを必死で止めた。

「おい! 待てよ! ここから出せ! なあ!」
「…………」

 しかし、当然のようにその要求は無視された。一度だけ、こちらを振り向いたが、すぐにまた視線を外された。伸ばした手は宙を掴み、無常にも戸は閉じられて、外側から鍵をかけられた音が室内に響いた。

「……出せよ……お願いだ……こっから出してくれ……」

 戸にいくら爪をたてても、開かれない。ぺたりとその場に座り込む。何度も何度も声をかけるが、返事が来ることはなかった、ぼそりと呟く俺の声が、室内に空しく響いた。


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