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「……ん〜、言い方が悪かったなあ。僕口下手やから、うまく説明できひんかったわ。かんにんかんにん」
「…………? っ!」

 それから、にっこり笑うと、灯は手に持っていた粥の入った蓮華を、俺の口に突っ込んできた。

「んぐっ!?」
「食う食わんは君が決めることやないねん。僕が食え言うてんねやから、食え」
「う……、ぐぅ、うっ!」
「何や勘違いしてはるみたいやけど、最初から、君に選択肢はないんよ」
「あ、ぅあ、む」
「そうそう、じょーずに食べてなあ、良介くん。ほらほら、口の端から零れとんで。あんまり抵抗すると、蓮華やなくて別のもん咥えさすで。それともそっちの方がええ?」

  ぐいぐいと押し込まれる蓮華に入ったお粥を必死で嚥下する。そうじゃないと、本当に別の物を突っ込まれそうな雰囲気を感じたから。しかし、奥まで突っ込ま れたせいで、歯と蓮華に阻まれ、舌でうまく粥を掬うことが出来なかった。口の端から、唾液と共に粥が少し垂れてしまう。その姿を見て、灯が嬉しそうに笑っ た。

「あらら、またこぼして。良介くんは食べるの下手やなあ」
「ゲホッ……」

 言いながら、再びおしぼりで俺の口元を拭った。誰のせいだと思っているんだ。俺は蓮華を奪い取ると、自分でお粥を掬い、口元まで持っていく。こいつに食べさせられるくらいなら、自分で食べた方がまだマシだ。

「ん? 自分で食べることにしたんや?」
「…………変な薬、入れてないだろうな」
「さあ? 僕が何言ったかて、君信じへんやん。どっちみち食べるしかないんやから、聞くだけ無駄やろ」
「…………」

 その言葉に、俺は蓮華を持っていた手を握りしめる。もし、また何か入っていたら、そう考えると、いくら腹が減っていても、何かを口に入れるのは嫌だった。しかし、しばらく俺がその状態でお粥を睨みつけていると、明かに面倒臭そうなため息が聞こえてきた。

「……はぁー、ええから食えや。変なもんなんて入れてへんから」
「本当に?」
「あーうるさ。それ以上聞いたら無理矢理犯すで」
「…………」

  がしがしと頭をかいて、少しイライラした目で俺を見てきた。正直信用なんて出来ないし、薬が入ってないという保証もない。
 けど、ここで食わなかったところ で悲惨なことになるのは目に見えている。人の心なんて持ってなさそうな奴だけど、さすがに今のこの状態に更に薬を盛るなんて外道な真似は……しそうだ。す ごくしそう。けど、此処で迷っていても仕方ない。俺は意を決して、粥を口に入れた。味自体は、何の変哲もない、普通の粥だ。
 弱っているであろう俺の胃の中へと落ちていく。

「おいし?」
「…………」
「なんとか言いや」
「……あのさ、お前、俺がここに来たとき、一週間くらいしたら、出られるとか言ってたよな」

  うろ覚えだけど、そんなことを言っていたような気がする。近くにお粥を置くと、俺は気になっていたことを灯に確認する。俺がここに閉じこめられて、何日く らい経ったかわからないが、そろそろそのくらい経つんじゃないだろうか。結局何が目的でここに入れられたのかわからないが、今はもう、とにかくここから出 たかった。バイトだってあるし、友達や親とも連絡が取れてない。それに、夏休みはまだあるけど、大学だって始まる。早くここから出なくちゃいけないんだ。
 なのに、灯は軽い口調で答えた。

「ああ、それ? やっぱりやめたわ」
「はぁ!?」
「最初は、そのつもりやったんやけどなあ。僕、良介くんのことだーい好きやから、やめた」
「な、なんだよそれ、お前、何言ってんの」

 自分の声が震えているのがわかる。
 当然だ。後少しで出られるかもしれないという唯一の希望を打ち砕かれた。こいつは信用できないから、もしかしたら嘘かもしれないという考えもあった。でも、それでも信じてみたかったんだ。この部屋から出られるかもしれない、唯一の希望に賭けてみたかった。
 なのに、それは今目の前で粉砕された。固まっている俺を見て、灯が笑顔を見せた。

「やって君、言うたやん。僕のものになってくれはるて」
「い、言ってない」
「いや、言ったよ。ずっと僕と一緒にいてくれはる、言うとった」
「言ってねえよ!」
「信用出来ひんのやったら、動画もあるけど見る? 突っ込まれて喘いどる良介くんの映像やけどな」
「っ……!」
「終夜なんかより僕のんがええー言うて喜んではったやん?」

 ゲラゲラと笑う灯に目眩を覚えた。口を噤み、睨みつける。このクソ野郎。死ね、死んじまえ。そんな、薬盛られて自分でも何言ってんだかよく覚えてない様な時のこと、無効だ。でも、そんな言葉は、こいつには通用しないし、何より、その映像を見せられるのが嫌だった。
 足下のシーツを握りしめ、うつむき加減に呟く。

「……お前、頭おかしいよ、ほんと……!」
「何を今更、監禁する時点でおかしいに決まっとるやん、君、ほんまアホやね」
「っだ、だいたい、俺をここに閉じこめて、何がしたいんだよ!? これ、犯罪だからな!? ずっといなかったら周りの奴らだって気づくだろうし、警察に捜索願とか出されて……」
「で?」
「でって……」
「別に、そんなん、どうとでもなるわ」

 嘲笑しながら、灯は俺の頭を撫でてきた。それから、手がゆっくり下に降りて行き、白い指先が、俺の首の裏を引っかくと、ちくりとした痛みが走った。その痛みに眉を寄せると、灯は嬉しそうに口の端をつり上げた。

「僕がつけた傷、痛む? かんにんなあ、でもこれで、君、痛む度に僕のこと思い出すやろ」
「……っ……!」
「それに、渦見の家って、結構いろんな所と繋がっとるんよ。何か事件があれば簡単にもみ消すし、君一人消えた所でどうってことないねん」
「んなこと……」
「でもせやな、周りの奴らが気にしはるんも鬱陶しいな、いっそ死んだことにでもしよか」
「なっ……!?」
「ああ、怖がらんでええよ。僕が君のこと殺すはずないやないの。毎日変死体や行方不明者が出るご時世やで。君の死体くらい、簡単に作れる」
「なに、いって」
「別に、何でもええわ。旅行中水難事故に遭ったでも、崖から落ちたでも、要は、遺体と死亡診断書があれば、君は死んだことになるんやから。だぁいじょうぶやて。人間って薄情やから、いなくなった人間のことなんてすぐ忘れてまう。そしたら良介くん、君を知ってるのは僕だけやな?」

 灯の手が、俺の首もとまでゆっくりと移動してきた。昨日つけられた傷をなぞるように、肩へと落ちていく。
 俺は、昨日自分の頭がおかしくなったと思った。あんなこと言う俺は正気じゃないし、まともじゃない。でも、今のこいつは、もっとまともじゃない。そもそも最初から狂ってるんだ。何もかもが歪んでいる。病的な色を孕んだ瞳が、俺を射抜いた。

「なあ、良介くん」
「…………っ、あ」
「僕と、ずっと一緒におってな?」
「―――っ」

 狂気に満ちているその笑みに対し、反射的に肩に置かれた手を振り払った。言葉を無くして、灯を見ると、振り払われた手を見つめている。じっと見つめていたかと思えば、唐突に俺を押し倒してきた。布団の上とは言え、軋んだ体を押しつけられて、悲鳴にも似た息が漏れた。

「い゛っ……!」
「……その、振り払うん、やめてくれはる? 嫌いやねん」
「あ、ぐ」
「僕が触るん、嫌なん? 酷いなあ」
「っ……い、てえって」
「なんや顔青くしはって。怖い? 大丈夫やで。僕がおるから、任せといたらええねん。なんも、怖いことなんてないで。だーいじょーぶ」

  こいつは、何を言ってるんだろう、今俺が怖いものは、他でもないこいつ自身だ。何を考えているかわからない。どうしてこんなことするかもわからない。渦見 と同じで、理解不能な生き物だ。灯はまるで幼子とでも相対しているかのような、優しい仕草で俺の頭を撫でてくる。愛おしむ様に、ゆっくりと、丁寧に。

「君の味方は、僕だけなんやから」
「お前が何言ってるのか、全然わかんねえよ、頼むから、ここから出してくれ……」
「だーめ」

 にっこり笑うと、灯は俺の口に唇を重ねてきた。一瞬触れ合ったそれはすぐ離れて、また、灯自身も俺から離れた。

「ほな、僕は行くけど、ちゃんとご飯食べるんやで」
「…………」
「逃げようとか、考えたらあかんよ。逃げたら、そこで終わりやからな」

 それだけ言って、出て行ってしまった。後には、もう冷めてしまったお粥と俺だけが残された。


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