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「良介くーん、今日のご飯やでぇ」
「……お好み焼きが食いたい」
「あんな味濃いのん、僕嫌いやわあ」
「お前が食うわけじゃねーだろ」

  それから、また二日程経った。窓もなく、テレビもなくなってしまったので、正確な時間とかはわからないけど、多分二日。飯を運んでくる灯だけが時間の推移の基準だ。それと俺の体内時計。狂ってないかどうかが微妙な所だけど。
 相変わらず、俺は部屋に閉じこめられているし、灯は飯を運んでくる。そろそろ気が変になりそうだ。俺は与えられた餌をただ食べ続けるだけの家畜か何かか。
 家畜の末路を想像すると、少しだけ背筋が寒くなる。これでここに閉じこめられてから四日、いや、五日? くらい経つのか。本当に俺はここから出られるんだろうか。

「なあ、いつになったらここから出られるんだよ」
「えー? そない釣れん事言わんでも、もうずっとここにおったらええやん?」
「ふざけんな」

  洒落にならない言葉に、俺は目尻をつり上げた。灯はおどけた様子で笑っている。こっちは全然笑い事じゃないってのに。万年床な布団の上に座りながら、 テーブルの上に飯を並べている灯を観察する。こいつは、一体なんなんだ? わかっている情報が少なすぎる。そもそも、話される言葉全てが本当だという保証もない。
 渦見の知り合いで、渦見が嫌いと公言はしたが、そもそも、それだって嘘かもしれないじゃないか。俺をここに閉じこめて何のメリットがあるのかわからない。じゃあむしろ、逆に考えてみよう、あんなに気にするってことは、こいつ渦見のことが好きなんじゃないのか。
 嫌いの反対は好きって言うし。

「今日のご飯はうどんやで〜」
「……なあ灯」
「んー?」
「お前、本当は渦見の事が好きなのか」
「……ハア?」

 俺の言葉に、灯は嫌悪感丸だしの顔で振り返った。この表情まで嘘だったとしたら、本当に大した嘘つきだと思う。どうやら、俺の勘は外れたようだ。

「良介くん、何言うてはるん? 閉じこめすぎて頭おかしなったん?」
「だってお前、本当のこと言わねーじゃん」
「良介くんは疑り深いなあ、僕は本当のことしか言わへんで?」
「それが嘘だろ。そもそもお前、腹違いの兄弟とか言ってたけど、本当かよ」
「ほんまほんま、僕と終夜は虫酸が走るけど兄弟やって」
「…………」

 胡散臭すぎる。そもそも、こいつがにこにこしている時は大体嘘ついているように見えてくる。ある意味最強のポーカーフェイスだ。

「信じられへん、って顔しとるね」
「お前、笑ってる時は嘘ついてる様にしか見えないっつーか、もうその笑顔がなんか胡散臭い。お前の存在自体が偽物に見える」
「……エラい言われ様やなあ、傷つくわあ」
「嘘つけ」
「いや、ほんまほんま、傷ついとるよ」

  言いながら、灯が寝転がってる俺の上にのし掛かってきた。普段はなんやかんや言いながら、飯を置いて写真を撮ったら出ていくのに、その行動に少しだけ驚い た。忘れかけていたけど、こいつ、初日に俺の首絞めるような頭おかしいことしたからな。なんか武術的なもんでもやっていたのかもしれない。少なくとも、俺よりは強そうだ。
 でも、こっちが何もしなければ、何もしないって言ってたのに。

「……なんだよ、どけよ」
「僕の顔って、そんな胡散臭い? 皆に気に入ってもらえるよう、にこにこしてんねんで。腹ん中でブチ殺したい思っとっても、表には出さんねん、せやのに、なんでやろなあ? ほんま、傷つくわ」
「…………」

 灯は、俺が胡散臭いと表した笑顔でぶつぶつと呟いてくる。
 そんなこと考えてるから胡散臭いと思われるんじゃないだろうか。言ったらまた面倒になりそうだし、言わないけど。俺は灯の下から這い出ようと体をずらしたが、肩を押さえられて、叶わずに終わった。

「っ、おい、離せ」
「嫌や」
「俺が何もしなければ、何もしないって言ったのそっちだろ」
「僕を嘘つき言わはったんは、良介くんやん」
「っそれは」

 言葉を詰まらせると、灯が冷めた目で俺を見下してきた。俺は、何か言ってはいけない言葉を言ってしまったのかもしれない。なんだ? 胡散臭いって、そんなに駄目だったか?

「なんやろね、君、お人好しって訳でもないのに、騙されやすい。つまり馬鹿なんやろな」
「……うるせえよ」
「それとも、そうまでして、終夜に会いたかったん? もう、なんや……、僕、ええ子やん? めっちゃええ子にしとったやん。せやのに、なんで終夜やの。いつもそうや、あいつばっかりあいつばっかり。……ほんっま腹立つわあ、あんな奴おらんかったらええねん。元々いてへんかったら、夕姉かてあんな目にあわずに済んだのに、旭兄もアホや、あんな奴野放しにしとくから」

 目の焦点が合ってないような表情で、灯がぐちぐちと溢すのを、俺は慌てて止めた。

「おい!」
「良介くんかてそう思うやろ? 君は、僕と同じ被害者やもんな。君は僕の味方やろ?」
「言ってる意味がわかんねーよ。何なんだお前!」

 そう、わからない。何を言ってるんだこいつは? 旭さんはわかるけど、夕姉ちゃんて誰だ。こいつの兄弟か? わからない。けど、なんとなく灯がやばいって事はわかる。いや、最初から監禁してくるような、やばい奴だったけど。
  渦見とよく似た目が、俺を真正面から見つめてきた。ぐるぐると渦巻く闇のような目。口元だけは笑顔なのに、その目は暗く、俺なんて見てないように思えた。 俺は力を込めて、腕を持ち上げ灯を押し退けるが、どこをどう押さえれば抵抗できないのか知っているかのように、その抵抗はあまり功を成さなかった。

「っ……おい、離せよ……」
「良介くんも、終夜がええの? あんな奴のどこがええねん。あんな、人殺しのどこがええんや」
「……言ってる意味が、わかんねえって」

  言いながら、俺は灯を睨みつける。
 正直、この状況もやばいし、そもそも、ここに来た時点で怖かったけど、心が折れたら、そこで終わりな気がして、俺は精一 杯の虚勢を張った。何も持ってないんだから、せいぜいそれくらいしかできない。けれど、その虚勢が、灯は気に食わなかったらしい。

「……会った時から思っとったんやけど、良介くんのその目、僕嫌いやわー、なんなん? その、負けへんぞ的な目。君、今監禁されてはるんよ、下手したら殺されてまうのに、反抗は毒にしかならへんで」
「…………」
「泣いて謝って出して下さいって縋ってくれたら、おもろいんやけど。君、泣きもしーひんし、つまらん」
「…………」
「何とか言いや」
「……俺を殺すなら、最初の時点で殺してるだろ。殺してないって事は、なんか理由があんじゃないのか」

 言葉を返すと、灯は意外そうに目を丸めた。

「あらら、そこまで馬鹿やなかったんやね、まー確かに、君のことは殺さへんよ。というより、殺せへんし、殺したない。思ったより馬鹿やなくて安心したわ」
「渦見といい、お前らは俺を馬鹿にすんのが好きだな」
「あいつと一緒にせんで」
「い、ぎっ……!」

 押さえられていた肩に、思い切り爪を食い込ませられて、俺の顔はひきつった。刺すような痛みが両肩に広がる。くそいってえ、絶対血出た。
 
「僕、あいつのこと嫌いや言うとるやん。正直、君に終夜と似とる言われる度、腸煮えくり返りそうやったわ」
「うっ……」
「あー、でも、その歪んだ顔はええね。普段強がってるだけに、そそるモンがあるわ。ほな、こんなんどう?」
「ひぃっ、ぐ……! っ〜〜〜……! ……このっ……クソ野郎……!」
「……なんや、興奮してきたわ」

 はぁ、と灯の息が俺の顔に吹きかけられた。こいつ、一度離した肩に、再び爪を食い込ませ、しかも捻って来やがった。一度傷つけたところにまた傷付けるって、鬼の所行だ。傷口に塩を塗られた気分。けど、こいつの前で泣き叫ぶのも嫌なので、俺は必死で歯を食いしばった。
 歯を食いしばって、睨みつけた。今の俺にできることは、せいぜい虚勢をはることくらいだ。しかし、何故か灯は嬉しそうに俺を見下ろしてくる。

「そう言う顔、終夜の前で見せたことあるん?」
「…………っ……?」
「ああー……めっちゃええな〜、その顔。良介くん、別に終夜と体の関係なかったんやっけ」
「当たり前だろ!」
「よかった、ほな、僕が初めてやね」
「は?」

 灯の顔が、俺の間近に迫ってきて、気がつけば唇が塞がれていた。

「っ!? う、んん!? ふっ……ぐ」

 何!? 何が起こってんの!?
 混乱する俺を余所に、口の中になま暖かくて、弾力のある何かが入り込んできた。ぐちゅりという音と共に、意志を持った生き物のごとく俺の咥内を這いずり回る。それが気持ち悪くて、押し返そうとするけれど、逆に絡みあう様に重なって、どうしようもなくなった。

「ん、むぐ……、はぁ、い、い加減に……しろよっ!」
「いっ……!」

 混ざりあう唾液とか、吹きかかってくる熱い息が気持ち悪くて、最終的には噛みついた。灯の唇からは血が流れ、気分が悪くなるような鉄の味が、口の中に広がった。口を押さえた灯が、押さえていた手をはずした事により、ようやく俺は灯の下から抜け出せた。
 といっても、この部屋に逃げる場所はないので、単純に隅っこによっただけだけど。それでも真正面からやり合えば、まだなんとかなるかもしれない。

「……痛いやん……」
「黙れこの変態ホモ野郎」

 灯が、俺に噛まれた口を押さえて、こっちを睨みつけてきたので、俺も負けじと睨み返す。

「元気に抵抗すんの、やめてくれへん? どーせ逃げられへんし、面倒なんやけど」
「お前、頭沸いてんの? 嫌だから抵抗してんだけど」

 逃げられなくても、抵抗しなきゃそこで終わりだ。そもそも、何のつもりなんだ。当たり前のように渦見と体の関係がとか言い出すあたり、こいつはホモなのかもしれない。
 ていうか、ホモじゃなかったらなんなんだ、嫌がらせか。間合いをつめられても抵抗できるように構えていると、灯が嘲笑するような笑みを浮かべた。

「大人しくしてくれはったら、酷いことはせえへんよ?」
「やること事態が酷いんだよ」
「……もうええわ、体力勝負って、嫌いやねん。めんどいし」

 その言葉に、俺は胸をなで下ろした。
 お得意の嘘かとも思ったが、言葉通り、俺の方に向かってくる様子はなく、そのまま部屋を出ていく。外にいた白装束に、何かを耳打ちしているけれど、とりあえずもう側に寄ってくるような雰囲気はない。……た、助かった?
 しかし、出ていく寸前で、灯は笑顔で俺を振り返った。

「ほな、体力がなくなった頃に、また来るわ」

 最後にカメラのシャッターを切られ、パタン、と戸が閉められた。
 ……なにそれ、どういう意味? 置いてあったうどんは、すっかり冷めてしまっていた。なんだかもう食べる気にならず、俺はそれを放置した。

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