C
食事を終えると、外にいた白装束坊主共が、部屋においてある食器を下げにきた。
俺の方なんて見向きもしない。会話もない。話しかけても無視。こいつら本当に生身の人間かよ、普段どんな話してんだ。下ネタとか言ったらどんな反応するか逆に見てみてえよ。
速やかに回収し、誰もいなくなると、俺は再び壁の方へと向かった。ここにいると時間の感覚がなくなりそうだ。しかし、幸いテレビだけはあるので、時間はわかる。今は丁度昼時だ。
俺は壁の空洞音が鳴る部分を何度か叩いた。
コンコン、コンコン。
「…………誰かいませんか?」
なんて、聞いてみる。これで答えが返ってくれば、また何かわかるかも、と思ったんだけど、残念ながら返事はなかった。そんなうまく行くわけないか。
仕方なく、部屋のテレビをつけた。テレビの画面にはニュースが放映されている。それはとても平和なニュースで、どっかの動物園でパンダの赤ちゃんが産まれました、とか、そんなもん。他にやってる番組もバラエティとかドラマとか。
俺が監禁されてる事なんて、どうでもよくなりそうな平和具合だ。残念ながらというべきか、当然というべきか、ここには外部と連絡がとれるような物がない。俺の携帯ですら、取り上げられているんだから、置くわけがない。
つーか、俺の荷物、返して貰えるのか? 親父から連絡とかきてないかな、誰か、気づいてくれないかな。
淡い希望を夢見ても埒があかない。だいたい、皆俺がどこに旅行に行くかなんて知らないのだから。ぼんやりとニュースを見つめていると、一瞬テレビ画面が真っ暗になった。それから、画面が切り替わり、一面砂嵐だ。ザー、という耳障りな音だけが続いている。
「……あれ?」
電波状況の問題かと思ったが、その後も砂嵐が続いた、チャンネルを操作しても直らない。一度電源を抜いて見た方がいいか。
コンセントの方に近づいて、電源プラグを抜いた。
「……え?」
しかし、それでも画面は砂嵐のままだ。……どうなってんだこれ? 壊れた? いや、でもコンセントを抜いたのに、画面は映っているなんてこと、あるんだろうか。そっと画面に近づくと、再び画面が切り替わった。
「っ!?」
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああはははははっははははははっははははは』
しかし、映ったのは、さっきまで明るい表情で動物園のニュースを伝えていた女子アナではなく、気持ち悪く蠢く人間の顔だった。顔、といっても、顔自体はなく、ただ画面に目やら口やらが映っている状態だ。唇が、ゲラゲラと歯をむき出しにして笑っている。
映し出された目が、俺を見ている。
「ひっ……!」
俺は、一瞬以前見た気味の悪い蜘蛛を思い出したが、それよりもこの画面を消すことが先決だ。しかし、コンセントも抜いているのに、これ以上どうやって消せ ばいいんだ。どうすればわからなくなってしまった俺は、無様にリモコンの電源ボタンを押すが、画面の中の口も目も、俺を見てニヤニヤ笑っているだけだっ た。
それが気持ち悪くて、俺は躍起になって電源ボタンを押した。くそっ! 消えろよ! なんなんだよこれ!
「消えろ! 消えろよ!」
ブツン、ブツン、という音はするのに、消えない。壊れたような笑い声だけが部屋に響き、気持ち悪い光景に、目を覆いたくなる。瞬間、部屋の戸が開かれた。
「っ!?」
坊主たちが、厳めしい顔をして部屋に入って来た。俺がその場にうずくまっていると、そいつらは目配せして、何かを唱え、そのままテレビを部屋から持っていってしまった。
「お、おい! 今の何!?」
「…………」
案の定、答えてはくれなかった。そのまま彼らは部屋から出ていき、また、静寂が戻った。
しかし、一つわかったのは、あいつらが持っていくときには、すでにあの変な目やら口やらは消えていた。渦見がいなくなって、そういう現象にあうことは少なくなってきたと思っていたのに、未だにこんなことがあるとか、もう頭がどうにかなりそうだ。
「なんなんだよ……」
絞り出すように呟いた。何が嫌って、こんな空間に一人きりなのが、一番嫌だ。
***
「良介くーん、ご飯の時間やで」
それから、何時間か経って、灯が飯を運びにきた。唯一あった娯楽品、というか時間がわかるテレビがなくなってしまったので、何時になったのかわからないが、おそらく夕飯時なんだろう。こいつが来るのは飯時くらいだ。
「何でそんな隅っこに座ってはるん?」
「…………」
怖いからだよ。
この状況も、何もかも、全部が怖いんだよ馬鹿野郎。布団にくるまりながら、部屋の隅に座っていると、灯がいつものようにテーブルの上に飯を並べ始めた。今日は鍋らしい。一人鍋か。
けど、こんな奴でも、一人でいるよりはいくらかマシだ。誰かがいるという安心感は、悔しいけれど何よりも強い。
「まあええわ、ほな笑ってー、撮るで」
「おい、灯」
カメラを構えた灯を遮って、俺は声を上げた。
「ん? 何?」
「……お前さ、なんで飯運びに来るの」
「良介くんは餓死希望やったん」
「じゃなくて、飯運ばせるだけだったら、あいつらにだって出来るだろ」
あいつら、というのは、もちろん部屋の外にいる白装束の連中のことだ。よくわからないが、奴らは灯の言うことを聞いてここにいるように見える。なら、目的のわからない写真撮影も、食事の配膳だって、任せられるだろう。けれど、灯は自分でやる。その理由はなんだ?
「ああ、それ? そんなん簡単なことやでー」
「?」
カラカラと笑いながら、灯がシャッターを切った。まぶしいフラッシュに目を細めていると、灯が続ける。
「人間って、すーぐ裏切るやん。信頼したところで、相手が裏切へん根拠なんてどこにもない。せやから、肝心な所は自分でやらなあかんよ」
「…………」
「やないと、後悔すんで」
人を穿ったような目で笑いながら、灯は言った。目にはほの暗い色が宿っていて、少しだけ聞いてはいけないような事を聞いてしまった気がしたけど、どうせ、このままだとすぐにこいつは居なくなる。それなら、聞き出せるだけ情報は聞き出しておいた方がいい。
「……随分と、人間不信なんだな」
「良介くんみたいに簡単に騙されはるアホになりたないからなあ」
「…………」
「あら怖い顔や、睨まんといて。僕と君は、いわば被害者やで? 同じ穴の狢同士、仲良くしよ」
「は?」
にこにこと、人の良さそうな笑みを浮かべながら、灯が俺の隣に座った、それから、そっと頬に向かって手を伸ばしてきたので、反射的にその手を振り払う。
「っ、触んな」
「終夜は触ってはったんやないの? なんで僕は駄目なん?」
「お前、何言ってんの?」
言っている意味がわからない。渦見は確かにべたべたくっついてくる様な奴だったけど、それが今何か関係あるのか? そもそも、被害者って、どういう意味だ。
灯はニヤニヤ笑いながら、俺へと呟いた。
「可哀想になあ、君も」
「…………何が」
「なんも知らされてへん、ただ、怖い目見て、ほんま同情するわあ」
「何の話だよ、だから」
さっきから言っている意味が分からない。俺が若干苛ついていると、灯は飄々とした様子で続ける。
「テレビ、片づけてもうたやんか」
「……ああ」
「かんにんなあ、君、引き寄せやすいからなるべく置かん様にしたかったんや。暇で暇でしゃーない時は、外の奴らとしりとりでもしたらええよ」
「あいつら、喋んねえじゃん」
「ああ、せやったなあ、うっかりや」
「…………」
「でも、こんなことになっとるんも、全部終夜のせいなんやから、恨むならあいつを恨んでな。呪い殺したい程に恨んだって、いっそほんとに殺したって」
「なんで渦見のせいになんだよ」
そこで、俺は口を挟む。さっきから、こいつは何を言ってるんだ? 灯が渦見の事を嫌っているのは、なんとなく理解した。兄弟と言っても、他人には理解でき ない確執とか、そういうのがあるんだろう。その辺はどうでもいい。あまり深く突っ込んで聞いても、俺にはどうすることもできないし。
けど、それで、どうして俺まで渦見のことを恨まなくちゃいけないんだ? どちらかというと、あいつは俺の周りにいる奴を祓っている様に見えたのに。すると、灯はおかしくてたまらないという顔でケラケラと笑った。
「あれ、僕、前に言うたやんか。あいつと一緒にいたら当てられてまうて、君、長く居すぎやね。君があいつらに目ぇつけられてはるの、終夜のせいやで。可哀想になー。完全に生け贄や、同情するで」
「……それ、嘘だろ」
「あっひゃっひゃ! まあ、信じるか信じないかは君の判断に任せるわ、僕、嘘つきやからなあ」
手を叩いて笑うが、すぐに灯はその笑みを引っ込めた。
「でもなあ、良介くん、これだけは教えといたるよ」
「何だよ」
「誰かを信じたら、痛い目見るのは、自分やで」
「……お前、信じてる奴に裏切られでもしたの」
「まっさかあ、僕は品行方正な子やで? 裏切られる訳ないやん」
「嘘つき」
俺がそう言うと、灯は含み笑いをしながら、部屋を出ていった。
早く此処から出たい。
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