A


 そこは、真っ暗だった。
 辺りを見回しても、何もない。誰もいない。なんだここ?
 俺は自分の手を見つめてみる。暗闇の中だというのに、自分の姿だけは認識できた。変なの。つーか、此処は一体どこなんだ?
 暗くて、狭くて、なんだかとても黴臭い。俺は再び辺りを見回してみた。すると、さっきまでいなかった筈の子供の姿がある。後ろ姿だけだけど、その子供は泣いているように見えた。

「おい、君……」

 しかし、話しかけた子供は、これでもかというくらいに、笑っていた。
 俺の方なんて全く見ずに、宙を見つめて、ゲラゲラと笑っていた。瞬間、子供が、俺の方を向いた。


「……っ!」

 目を開けると、身体が汗で濡れている。なんだか、嫌な夢を見ていたような気がするけど、どんな夢だったかは覚えてない。右手をついて、起きあがると、自分が全く見知らぬ場所にいることに気づいた。

「……は?」

 どこだ、此処? かけられた布団をはいで、きょろきょろと見回す。
 灯と一緒に車の中にいたところまでは覚えている。その後、眠たくなって眠ってしまったのも。もしかして、ここが「本家」なのだろうか。俺、起こされてもぜんぜん起きなかったとか? やべえ、恥ずかしいし迷惑もいい所だ。
 早く出ないと。布団から出ると、白い袖が目に入った。

「あれ?」

 そこで改めて自分の体を見てみると、服が見知らぬ服に変わっていることに今更ながら気づく。おかしいな、眠る前までは、確かに自分の服を着ていたはずだ。
 特におしゃれってわけでもない安い服だけど、着心地だけはよかった。しかし、今は浴衣っていうか、襦袢っていうのか、よくわからないけど、真っ白の着物に変わっている。寒くはないが、ひたすらに謎だ。眠っているから、寝やすいように着替えさせたのか?
 いや、普通寝てるからって勝手にそんなことしない。一応下着はつけているけど、一度裸にされたってことだろ。下手すりゃ犯罪だぞ。

「えーと……携帯は……」

 ない。
 ポケットに入れてたはずだけど、着替える時に抜かれたのか。なら、とりあえず、俺の荷物には私服も入っているし、着替えよう。もしかしたら、荷物と一緒になっているのかも。そんな期待を持って辺りを見回したが、俺の荷物らしきものが見あたらない。

「……なんで?」

 疑問符ばかりが頭に浮かぶ。そもそも、ここはどこだ。
  もう一度部屋をぐるりと見渡してみた。畳の上に布団があって、その上に俺。和室で、家具は箪笥とテレビと、テーブルのみ。俺が座っている後ろだけが壁で、 残り三つの壁はすべて和風の引き戸になっている。窓はないけど、三方も扉があるなんて、珍しい。というか、変な部屋。試しに一つの扉を開けてみようとした が、鍵がかかっているのか開かなかった。同様に、もう二つも、開かない。
 ……閉じこめられた? そう感じた瞬間、焦ったように汗がでてきた。 え? なんで俺閉じこめられてんの? いや、これはあれだ。灯が言うところによると、本家って色々厳しいとこみたいだし、起きてから色々出歩かない様にってことだろ、うん。荷物がないのもそのせいだ。多分もうすぐ迎えが来て、渦見に会って帰れるだろう。
 と、無理矢理自分を納得させようとしたけど、不信感は拭えない。
 やはり、俺は此処を一度出るべきだ。大体、俺が寝づらいコスプレ衣装とか着てたならともかく、特に不便のない服を勝手に着替えさせてる時点でかなりおかしい。

「くそ、開かねえし!」

 がたがたと、引き戸を揺らしてみるが、見かけによらず頑丈らしく、開く気配がない。

「おーい! 誰かいないのか!」

 戸を叩いて、大きく叫ぶ。すると、別の方向の扉が開いた。

「あー、良介くん、起きたんやね。おはよ」

  現れたのは灯だった。いや、灯だけじゃなくて、後ろには坊主頭を三人ほど従えている。例に漏れず強面だが、先刻と違ったのは服装が洋服ではなく、いつか見た白装束だった。白い着物に、金の袈裟。袖と裾には赤い渦模様。渦見家流行のコスチュームか何かなのだろうか。そして、灯もさっきまでの洋服ではなく、 赤っぽい和服に着替えている。
 ここでは和服で過ごさなくちゃいけないのか?

「灯……」

 しかし、見知った顔が現れたことに、俺は幾ばくかの安堵を覚えた。よかった、このまま閉じこめられたらどうしようかと。灯はにこにこしながら、俺に近づいてきた。

「良介くん、寝癖ついてはるで。気持ちよさそうに寝とったしなー」

 手を伸ばして、俺の髪に触れる。その笑顔には、やはり違和感があったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。俺は灯の手をやんわりと外すと、改めて問いかけた。

「なあ、此処どこ?」
「ん? 本家」

 やっぱり、此処が本家だったのか。じゃあ、これから渦見のとこにいくのかな。

「俺、なんか寝入っちゃったみたいで、悪い。でさ、俺の服は? 持ってきた荷物とか、携帯もないんだけど」
「ああー、それか。かんにんなあ、説明するの忘れとった」
「いや、返してもらえれば……」
「あれ、しばらくこっちで預かるから」
「は?」

 何言ってんだこいつは。俺の当然の疑問に、灯は信じられないことを言い出した。

「って言うかなあ、良介くんには、しばらく此処にいてもらわなあかんねん」
「お前が何言ってんのかよくわかんねえんだけど」
「わからんでええよ。君はただ、ここに居てくれればええの」
「馬鹿言ってんじゃねえ。帰る。俺の荷物さっさと返せ」

 灯を押し退けて、開いている扉の方に向かうが、すぐ目の前に坊主頭の白装束が立ちはだかった。全員ガタイも良く、力付くで何とかするのは無理そうだった。もしかして、この為に連れてきたのか?

「……どけよ」

 一応睨みつけてみるが、相手は一言もしゃべらないし、動かない。横をすり抜けようと試みたが、案の定止められた。

「っ、なんなんだよ! あんたらは!」
「まあまあ良介くん、そない興奮せんといて」
「うるせーな! つーかなんでこんなとこにいなくちゃいけないんだよ! 渦見に会えっつったのお前だろ!?」
「ああ、それ嘘」
「はあ!?」

 さらりと、笑顔で灯は返す。嘘? なんでそんな嘘つくんだ。だったら、俺をここに連れてきた目的ってなんだ。

「そう言ったら、良介くん、来てくれるかなー思って。かんにんなあ」
「…………」
「嫌やわあ、怖い顔。心配せんでも、別に殴ったり、傷つけたりはせえへんよ? 良介くんが大人しくしててくれはったらの話やけど」
「お前……何が目的だよ」

 こんな風に、俺を監禁しようとする目的はなんだ? これって犯罪だよな。
 しかし、灯はその問いには答えず、ポケットからデジカメを取り出すと、俺が何か言う前にシャッターを切った。フラッシュがたかれていたのか、一瞬目の前が真っ白になる。

「っな、んだよ!」
「んー、まあ、これでええか。ほな、僕もう行くから。また後でな。良介くん」
「おい! 待てっつーの!」

 何もわからないまま再び監禁されてたまるかと言わんばかりに、俺は灯の襟元をつかんだ。灯が面倒そうに、俺を振り返る。

「なんや、まだ何かあるん?」
「あるに決まってんだろ! むしろわかることが何一つねーよ!」
「良介くんはお馬鹿やねー」
「お前等の頭のがおかしいだろが!」
「ああ、ちゃうちゃう、そういう意味やなくて」
「は……?」

 そこで灯は俺の手を掴んだ。瞬間、俺の視界がぐるりと反転する。

「いっ……!」

 気づいたときには、畳に背中を打ちつけられていた。背中を打った痛みにせき込んでいると、真上から灯が見下ろしてきた。

「君を騙して監禁するような奴やで? 素直に教えてあげる訳ないやん」
「…………うっ……げほっ……」
「もー、良介くんが大人しくしてくれはったら、僕もこんなことせんでええんやで? 仕方ないなあ」

 上から、灯の手が伸びてきて、俺の首に触る。そのまま絞められたら死んでしまうような急所に手が伸びてきて、一瞬ひやりとしたが、殺す気なら、最初から監禁なんてしないだろう。
 じっと、灯を見つめると、灯はうれしそうに笑った。その瞬間、俺は気づく。こいつの笑顔、いつもどこか違和感があると思ってたけど、今わかった。笑っている時でも、目がぜんぜん笑ってない。多分、全く、面白いなんて思ってない。
 
「生意気な目やねえ、僕良介くんのそういうとこ嫌いやわあ、素直な方がかわええよ?」
「お、前……こんなことして、犯罪だぞ」
「良介くんは渦見って家を甘く見てはるなあ、別に、どうとでもなるんやで、人一人くらい」
「はあ……?」
「なーんて、僕も良介くんを傷つけたいわけやない。大人しくしてくれはったら、何もせんよ。ただ、逃げ出そうとしたら……」
「ぐっ、う……!」

 首に、力が込められた。急に息が出来なくなる。やばい、こいつ、頭おかしい。

「あ、っ……は、な……!」
「逃げられんよう、足の一つや二つは潰さなあかんくなるから、気ぃつけてなあ」
「はぁっ……はぁっ……ゲホッ……」

  首から手が離れると、ようやく酸素が脳に送り込まれる。思い切り息を吸い込み咽ると、灯がケラケラと笑った。狂ってる。
 距離を取ろうと離れようとした が、再び灯に襟元を掴まれた。目の前で、灯がにやにやと笑っている。笑っているけど、目はやはり笑っていない。俺は目の前の男にぞっとした。

「…………っ」
「そない怖がらんでも、今のは良介くんが悪いんやで? いう事聞いてくれへんから」
「お前……」
「まあ、この中なら自由に動き回ってええし、飯だってリクエストくれたら好きなもの用意するで。約束通り、京都の美味しいもん、ご馳走したる。一週間くらいしたら家にも帰すし、欲しいものあれば持ってくるよって。どや、不自由やけど、悪い条件やないやろ?」
「本気で言ってんの……?」
「どっちみち、君に選択権はないんやから、少しは楽しむことを覚えた方がええやんか」

 無茶苦茶だ。しかし、この一連の流れで、これが冗談ではなく本気ということがわかってしまった。灯はドン引きしている俺に笑いかけると、今度こそ部屋から出ていこうとする。

「ほな、また、今度は京懐石でも持ってきたるわ。あ、一応外に人つけてておくけど、逃げたらあかんで」
「おい!」
「ん? まだ何か?」
「お前……渦見の事、心配じゃないのか」

 そもそも、此処に来た理由は渦見が監禁されていると聞いたからだ。それで、灯も心配して、父親を説得させるために来たって。しかし、そう言うと灯は嫌悪を滲ませたような、心底あきれ返ったような顔で俺を見た。

「せやからそれ、嘘やって。まだ信じてはったん? アホやなあ。大体僕、あいつのこと大嫌いやし」
「っ……!」
「まあ、時間は沢山あるから、後で話たるよ。あいつの最低な所」

 嫌悪感丸出しで嗤うと、今度こそ戸は閉められた。勿論、戸は開かない。
 ……なんだよこれ、マジで。頭を抱えて、俺はその場に座り込んだ。

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