渦見家@


「良介くーん、準備出来た?」
「おー」

 灯に実家に来て欲しいという依頼を受けてから、丁度一週間後のこと。当初の予定通り、灯は準備が出来たと言って、迎えにきた。準備って何の準備なんだろう。聞いてみたところ、本家に入るには分家の人間は許可が必要らしい。その準備に手間取ったということだった。
  おいおい、そんな検閲厳しい空港みたいなとこにこれから俺行かなくちゃいけないのかよ。正門とかでつまみ出されそう。そう言うと、灯はからからと笑った。 そんな心配はない、と。じゃあなんでそんな手間取ってんだよ。
 俺は詰め込んだ荷物鞄を持ちながら、玄関を出る。荷物と言っても、必要最低限の物しか持ってないので、そう多くはない。
 外では、すでに灯が車を待機させて待っていた。

「良介くん、バイトの方は大丈夫やった?」
「ああ、店長にも許可貰ったから」
「はー、なんや申し訳ないなあ」
「いいよ、別に」

 だって、灯の話を断ることだって出来たんだ。引き受けたのは俺の意志なのだし、急な休みは迷惑かもしれないが、きちんと許可だって貰っている。だから、それを灯が申し訳ないと思うことはない。俺は車に荷物を詰むと、後部座席の方へと座った。

「お邪魔しまーす」
「はいはーい、狭い車でかんにんな」
「お前、それ、嫌味か」
「え? 何が?」

  乗った車は、どう控えめに見ても、狭かったり小さくは見えない。どちらかというと、でかい。高級車みたいだ。俺の感覚がおかしいのか、灯の感覚がおかしい のか、いや、どう考えても灯がおかしい。そういえばこいつも一応お坊っちゃんなんだな。灯はわかってないような顔で隣に乗り込むと、運転席の人間に車を出すよう指示を出した。
 運転席には、いつぞやの、旭さんが従えていたような人が座っていた。剃髪した強面。以前と違うのは、服が前みたいな白装束ではなく、ごく普通の洋服だったところだ。すごく似合ってないけど。灯曰く、あの格好は目立つから、らしい。
 まあ、それは確かにな。あんな格好の人が町中歩いてたら何事かと思って見ちゃうもんな。ただこの格好はこの格好で違和感あるけどな。俺は一応、彼に小さく頭を下げた。

「あの、よろしくお願いします」
「…………」

 無視だよ。この人、なんか見覚えがあるような気もするんだけど、いまいち思い出せない。
 灯は慣れているのか、笑いながら手を合わせた。

「愛想なくてかんにんな、人と話すのが苦手なシャイな人なんや」
「はあ……」

  めっちゃ強面だし、シャイって言葉はその容姿には似つかわしくないけど、別にそこまで返事が欲しかったわけじゃない。俺は運転してくれるらしいその人から視線を外すと、目的地について考える。これからいく目的地は、果たして車で何時間くらいかかるんだろう。灯は、何が楽しいのかはしゃぎながら話しかけてき た。

「なんや、遠足みたいやなー。ワクワクするわあ」
「そうかあ?」
「せっかく来てくれはるんやから、京都着いたら美味しいもん奢ったるよ」
「遠足みたいでワクワクするな!」
「君って単純やね。そういうとこ好きやで」

 そう、京都。俺達の目的地は、京都なのだ。
  俺はてっきり、渦見がいるところは、前のでかい屋敷なのかと思っていたが、あそこはあくまで分家の敷地らしく、本家は京都にあるらしい。確かに、思い出してみれば渦見も実家は京都にある、とかなんとか言っていたような気もする。というわけで、俺は人生初の京都旅行に行く。旅行なんて、滅多に行かないので、 それなりに楽しみにしていた。
 おやつとか買っちゃったりして。

「まー、車で行くし、結構時間かかるんやけど、途中で昼飯とか買うから、心配せんで。あ、良介くん、食べたいのとかある?」
「特に。食えればいい。高カロリーだとなおいい」
「もっと欲持ってええよ君……」

 呆れ気味に灯が笑うのと同時に、車は出発した。

***

「良介くん、これ美味そうやで!」
「灯お前、甘いもの食べ過ぎ」

  車を走らせて数時間。たまにパークエリアで止まると、灯は決まって甘いものを食べる。
 ご当地アイスクリームから、スナック菓子や駄菓子まで。どうや ら、こいつは相当な甘党らしい。俺も、甘いものというか、主に高カロリーなものは嫌いではないので、一緒に食べていたが、流石に食べ過ぎた。
 おやつだっ て、もう食べたくない。昼飯も食べて、腹いっぱいのはずなのに、灯は知らん顔で、パークエリアのお土産コーナーのお菓子を漁っている。
 もう見てるだけで胸焼けしそう。

「ええやんか、僕普段あんまりジャンクフードとか食べられへんの」
「にしたってお前……、よくそれで太んないな」
「欠食児童みたいな良介くんに言われたない」
「失礼すぎんだろ」

 そう言うと、灯はケラケラと笑った。
  それから、話していて、というか最初から思っていたけど、灯はよく笑う。本当に些細なことで笑う。その点は渦見と似ているかもしれない。顔はそこまで似て ないけど、こうやって改めて見ていると、共通点も多い気がする。ただ、灯の笑顔は、いつも思うけど、なんだか妙な違和感がある。俺の気のせいかもしれない し、すぐに忘れてしまうから、別にいいんだけど。一瞬あれ、と思うことがあるのだ。
 パーキングエリアを抜けて車に戻ると、運転席の坊主頭がいなくなっていた。

「あれ? あの人は?」
「煙草でも買いに行ったんやない?」
「そっか」

  そりゃあ確かに、あの長距離を運転するのは疲れそうだ。一服でもしないとやってられないだろう。あとでお礼でも言っておこう。俺は車に乗り込むと、灯に本家の事を聞くことにした。大体、目的地が謎すぎるんだ。そんな厳しい父親に会ったりしたら、俺だって怖いし。灯はさっきの売店で買った駄菓子を頬張っていて、少し呆れた。

「お前、まだ食べるのかよ」
「良介くんもどーぞ」
「いらねえ」
「ええからええから」

 言いながら、口につっこんできた。ラムネのようなタブレットを口に入れられたので、俺はおとなしくそれを食す。確かに腹いっぱいだが、一度口に入れたものを吐き出すなんてこと、俺には出来ない。

「もう一個いる?」
「いらないっての、俺は腹いっぱいなんだよ! 腹破裂する!」
「はいはい」
「つーかさ灯……本家ってどんなところなんだ?」
「ん? なんや、一応気にしてはるの?」
「そりゃ、これから行くんだから、気にはなるだろ」
「せやねえ」

 もぐもぐと、食べながら灯は答えた。

「一言で言うなら、閉鎖的、やな」
「閉鎖的?」
「せやなあ、いろんな意味で、閉じた所やって思うわ」
「ふーん……」
「まあ、これから行くし、行けばわかるで」
「渦見にはすぐ会えんの?」
「どうやろな、一応、色々手続き踏まなあかんやろし」
「役所みたいな所だな」
「ははっ、まあそうとってもらってええよ」

 雑談をしている間に、運転主の男が戻ってきた。一応、すみません、ありがとうございます、よろしくお願いします。とか声をかけてみたけど、やっぱり無視。俺嫌われてんのかな。
 灯が「ほな、行こか」と笑いかけてきた。頷いたはいいものの、俺には現状、渦見の実家がどんなところか、まるで想像できない。閉鎖的で、役所っぽい。どんな所だよ。疑問を残して、車は進む。


  それから、一時間程経った。最初は浮かれていたテンションも、数時間経てば落ち着いてくる。こんなに遠いなら、いっそ新幹線とかを使って現地で落ち合う方 が早かったんじゃないだろうか? 俺は電車代が浮いて助かったけど。欠伸を噛み締めつつ、隣で景色を眺める灯に声をかける。

「なあ灯、到着まであとどのくらい? そろそろ日が沈みそうだけど」
「まだもう少しかかるでー、なんや、疲れた?」
「いや、そうじゃないけど、なんか眠くて……」

 言ってる最中に、欠伸が漏れた。腹一杯になって、この暖かい車の中でじっと座っていると、そりゃあ眠たくもなる。けど、俺一人で寝ちゃうのはどうなんだろうと、今まで我慢していた。
 灯はそんな俺をみると、笑顔で頭を撫でてきた。

「せやったら寝ててええよ、着いたら起こしたる」
「いや、でも」
「ええって、良介くん、めっちゃ眠そうやで? こっちが我がまま言って来てもらったんやから、気にせんといて」

 がしがしと、髪を乱された。確かに、灯の言うとおり、俺は眠かった。正直、なんでこんな眠いの? ってくらい、眠かった。そして、許可を貰ったと同時に、どんどん体が重くなっていく。

「悪い、じゃあ、ちょっと寝る……」
「はいはーい」

 瞼を閉じると、一気に睡魔が襲ってきた。あっという間に、俺の意識は沈んでいく。

「オヤスミ、良介くん」

 いつものように、笑いを含んだ灯の声だけが、最後に耳に残った。


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