B



「単刀直入に聞くけど、良介くん、家来いひん?」
「は?」

 部屋に入って、貰ったお茶をコップに入れる。扇風機はかつて渦見が分解したのでもう部屋にはない。というわけで、俺の部屋はめちゃくちゃ暑く、居心地も悪いけど、そのことについて灯は特になにも言わなかった。入った瞬間俺の部屋の悪口を言ったけど、流石にそこまでこき下ろす程常識がない訳ではないらしい。
  お菓子を皿に空け、小さなテーブルの上に置く。俺はバイト先から多めに貰った賄いを食べる準備をした。飲食店のバイトは、こういう時とてもいい。灯はしば らく俺の部屋の中をじろじろと見ていたが、やがて満足したのか、俺の方に向き直ると、唐突にそう言った。俺は目をぱちくりさせながら、聞き返す。
 家って、こいつの家?

「家って、お前の?」
「せやね」
「なんでお前の家に行かなきゃいけないんだよ」
「ああ、その疑問はもっともやから、順を追って話すわ。食いながらでええから聞いてくれはる?」
「ん」

 言われなくても。こちとらバイト上がりで腹が減ってんだ。頷きながら、飯を口に運んだ。今日も夕飯は惣菜弁当。栄養的には偏ってそうだ、たまには手作りとか食いたいな。特に灯の方を見ることもなく、箸を進めた。
 温めたけれど、全体的に味が濃い。でも俺が作るよりは美味い。ポテトサラダを口に運びながら、無難な感想を頭に浮かべる。

「まずなあ、えーっと、良介くんって終夜のこと、どのくらいまで知ってはるのん?」
「どんくらいって?」
「家のこととか、色々や」
「なんにも。あいつそう言うの話さねえし、俺も聞いたことないから」
「あー、せやろねえ」

 うんうんと、何故か納得した様子で頷く灯。咀嚼しながら答えると、俺の方を見て、にこりと笑い、端正な顔をこちらへ顔を寄せてきた。近いな、おい。

「ちなみに、終夜とつき合っとったとか、そういう事もないんやね?」
「はぁ!?」

 思わず咽るところだった。な、何言ってんのこいつ。胡散臭いというか、恐怖も交じった視線を送ると、灯は自分の言ったことにまるで疑問を感じてないように口を開いた。

「ん? なに?」
「……俺もあいつも男ですけど……、何すかその疑問」

 思わず敬語だよ。何言いだしてんだこいつ?

「やって、あいつ、友達なんて、ほんまおらんし。いや、むしろ友達になる奴のがおかしいんよ。せやから、君と終夜が実はそういう特別な関係やった方が、僕的には納得いくねんけど」
「お前、渦見と仲悪いの?」
「いや? 仲ええよ。兄弟やし」
「ああそう、つーか、ねえよ。あいつはただの友達」

 何が悲しくて渦見とつき合わなきゃいけないんだ。
 彼女はいないけど、彼氏を作るほど女に飢えてない。あいつとだけはない。そう言うと、灯はふうんと、鼻を鳴らした。

「ほんまに?」
「当たり前だろ」
「終夜のことやし、キスの一つでもしてはるかと」
「…………。してる訳ないだろ」
「ふーーん……」
「…………」
「ちなみに良介くん、僕がさっきからなんで終夜に友達なんていてへん言うとると思う?」
「あいつが嫌いだから?」
「だからちゃうて! こう見えて仲は結構ええ方なんやで」

  へらへら笑いながら言っているけど、別にこいつらの兄弟仲の良さは聞いてないし、興味もない。俺が知りたいのは、なんでこいつが家に来たのかと、俺が家に行かなくちゃいけないのか、それだけだ。
 灯は、出されたお茶を一口飲んで、言葉を続けた。少しだけ、さっきまでの明るさが翳ったような気もする。その理由は、次の言葉でわかった。

「あいつなあ、昔から、親父に友達作ったらあかん言われてはる」
「はあ?」
「僕らの父親、厳しいんや。まー僕は母親ちゃうし、そうでもないねんけどな」
「や、意味がわかんねえんだけど、なんで友達作ったらダメなんだよ」

  友達を沢山作りなさい、ならわかる。俺だって親父に言われたことがある。友達は生涯の宝になる、だから、沢山作っておけと。けど、作ったらダメってなん だ? あれか、父親がエリート思考で、同レベルの友達じゃなくちゃ作ったらいけないとか? あるいは、皆ライバルだと思えとか、そういう話?
 でも渦見って、別にエリートじゃなさそうだし、大学だってレベルとしては普通、そもそもあいつ就職とか、なんも考えてなさそうに見えたけどな。そんなことを思っていると、灯が補足するように続けた。

「んーとなあ、渦見家って、実は結構な名家なんよ」
「ああ、それはなんとなく思った。分家とか、本家とか言ってたし……」
「ああ、そこは知ってはったん? でな、終夜は分家の人間なんやけど、本家の跡取り予定なんよ」
「へー、それってすごいの?」
「そらもう、元々本家の跡取りは、本家の人間にしかなれへんもん。異例中の異例、分家の出世頭やね」
「ふうん……」

  飯を口に運びながら、少し意外に思った。跡取りね。だから、渦見は就職のこととか、気にする必要がなかったのかもしれない。家を継ぐなら、就職する必要も ないもんな。何も考えてないように見えたけど、もしかしたら、俺の知らない所で、跡取りのプレッシャーとか、色々感じていたのかも……。
 けど、その考えは 途中で打ち消した。やっぱりあいつが、そんな大層なこと考えてるようには思えない。単純に、どうでもいいと思っていた方が、渦見らしい。複雑な表情をしているであろう俺に対して、灯は続ける。

「で、なんで友達作ったらあかんかっちゅうとな、良介くん、ウチの稼業知ってはる?」
「あー、拝み屋、みたいな?」
「まあ、当たらずとも遠からず、って感じやな。終夜は、渦見の家の中でも、特に霊感強うて、あんまり一緒におると当てられてまうから、あかんねん」
「当てられる?」
「良介くんも、心当たりあるやろ。変なこととか、起こったことあったやろ? せやから、周りも近づいてこーへん」

 そこで、灯はにんまりと笑った。その笑みは、やはり少し渦見に似ている。

「…………まあ」
「理由はそれだけやないねんけど、とにかく終夜は友達作ったらあかんし、本人もあんな感じや、家の奴らも出来る事ない思ってはったんやろな。あいつ、頭おかしくて近寄り辛いやん」
「確かに」
「逆に、何で君らが友達になったかの方が、僕は不思議や」
「あっちから声かけてきたんだよ」

 いきなり虫取り網で頭捕まえられたのは、今でも覚えてる。すると灯は、少し驚いたような、それでいて、意地悪い笑みを浮かべていた。

「なんだよ」
「なーんも、ほんでな、あいつ、君と友達になったやろ。その事が親父にバレてん。せやから、あいつ今本家に監禁中」
「ゴフッ」

 食べていた飯を喉に詰まらせ、咳き込んだ。
  今、さらっとすごいというか、やばいこと言わなかったか? 近くにあったお茶を飲み干して、灯を見た。相変わらず、なんでもないような顔で大丈夫? なん て言ってる。いや、全然大丈夫じゃない。お前の発言が大丈夫じゃなさ過ぎてやばいよ。背中から出る冷や汗を感じながら、発言に間違いがなかったか確認するべく問いかけた。

「……か、監禁?」
「せやね」
「いや、……おかしいだろ。友達作ったくらいで、そんな、つーか身内といえど犯罪だし」
「おかしいやろ、でも、渦見ってそういう家なんよ」
「………………エート、冗談?」
「やったらええのになー」
 
 そう言って笑う灯の顔は、笑ってはいたけど、声色だけは本気だった。あり得ない。監禁って、親が? いや、本家って言ってたし、渦見の親がとは限らないけど、それでもおかしいことには変わりない。

「大学やめたのって」
「勝手にやめさせられたみたいやね。僕もその時その場におらんかったし、詳しくは知らんねん」
「…………」

 ってことは待てよ。渦見が大学やめたのって、もしかして俺のせい? 俺があいつと友達になったから、とか? いやいや、俺があいつと知り合ったのって、結構前だぞ。なんで今更そんな、そもそも、キヌさんとか、仲よくしてねって言ってたじゃん。旭さんだって知ってるわけだろ? おかしい。すると、灯はそんな俺の疑問に答えるように口を開いた。

「今まで、隠しとったのがバレたんや。まー、終夜も、いつかはばれるとは思とったやろ」
「…………俺が悪い?」
「ん? 良介くんは悪ないで、悪いのは決まり破った終夜の方」
「…………でもさー」

  あいつが、俺に話しかけたのは、俺が憑かれてるからってのが、始まりだった。あいつと一緒にいると、怪奇現象とか、緩和されてた。簡単に言うと、あいつは 俺を助けてくれたし、今までも何度か助けられている。それを、決まりを破ったからという理由で、見捨てるのは、なんというか、非常に心苦しい。
 ていうか、俺って酷いやつ?

「なんや、責任感じてはるなあ」
「やー、だって、それ聞くとなんか、俺のせいじゃん……」
「せやから良介くんは悪ないって。でも、もし少しでも責任感じてはるなら、僕と一緒に、本家の方に来てほしいんよ」

 そこで、話が元に戻った。

「……なんで?」
「終夜が監禁されとるんは、決まりを破ったからや。つまり、君が終夜と友達やないって言うてくれはったら、終夜は解放されんねん。決まり、破ってないしな」
「俺が……」
「さっきも言ったけど、僕、終夜とは結構兄弟仲ええ方なんや。せやから、今のあいつ見てられへん……、可哀想や。人助けやと思って協力してほしいんよ」

  そう言って、灯は俺の手を握る。正直、こいつの話が本当かどうかはわからない。友達を作ったからという理由で渦見が監禁されているなんて、一般常識では考 えられない。本当は全くのでたらめという可能性だってある。けど、今は音信不通だし、あいつの現状はわからない。確かめる術なんてない。
 仮に、本当だったとして、そのまま見捨てるのは、どうだろう。実は、あいつに言いたいことだってある。灯へ、再び視線を戻した。真意はわからないけど、表情自体は真剣だ。少し考えてから、俺は答えた。

「……わかった」
「ほんまに!?」
「あいつに、言いたい事とか、聞きたいこと、あるし。一応、助けてもらった恩とかも……あるし。一度会っておきたいっつーか」
「理由はなんでもええんよ、良介くん、おおきに!」

 ぶんぶんと、握られた腕を上下に振られた。

「お、おう。でも、いつ行くんだ? まさか今からとか言わないよな」
「まさか、こっちもいろいろ準備あるから、まあー、来週中、くらいやな」
「わかった。バイト先にも言っておく」
「よろしゅうー」

 なんだか成り行きで決まってしまったが、まあ、仕方ない。あいつがいなくなって怪奇現象はさっぱりなくなった。そのことも、少し気になっていたんだ。そういえば、こいつは、そういうのが見える人なんだろうか?
 じっと見つめると、灯は何かに気付いたように、俺の下の方を凝視した。

「あ、蜘蛛」
「え?」

 その言葉に、視線を移し、固まった。

「うわっ!?」

 蜘蛛は、確かにいた。でも、蜘蛛の体には、人の眼や口が貼りついていた。濁った眼球を蠢かせ、口は金魚みたいにぱくぱくと開いている。その蜘蛛が、八つの足をかさかさと動かし、俺の手の上を上ってきた。

「ぎゃあああああ!!」

 思い切り手を振って、蜘蛛を壁に叩きつける。後ろから、呆れたような灯の声が聞こえた。

「うわー、良介くん、夜蜘蛛は縁起悪いんやで、殺すことないやんか」
「だ、だ、だって! 目! 口!」
「は?」

 灯は、きょとんとした顔で首を傾げた。俺が、恐る恐る蜘蛛の方へと視線を戻すと、そこには何の変哲もない蜘蛛が、壁に叩きつけられて死んでいた。  

「……あれ?」
「蜘蛛苦手やったん?」
「……いや、そうじゃなくて……あれ?」

 幻覚? いや、そんなまさか。だって、確かに見た。それと同時に思い出す。今まで起きた、奇妙な現象。渦見が持って行ったみたいに、なくなったと思ってたのに。……ていうか、怪奇現象、なくなった、んだよな?
 つぶれた蜘蛛の眼が、俺の方を見ている気がした。

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