「なんで満身創痍なの?あんた」

 それから数日が過ぎた。結局俺の足は捻挫だったらしい。無理な方向に捻るからだ、と医師から怒られてしまった。腕ほど大げさなものにはならなかったものの、ここ数日は出かけることも出来ず、ずっと家でごろごろしていた。しかし、家の中でごろごろしていただけなのに、妙に怪我をすることが多く、正直、俺は疲れていた。物が突然落ちてきて頭にぶつかったり、閉まった筈の物が出ていて躓いたり、不注意と言えばそれまでだけど、妙な音や、夜中突然窓を叩かれて目が覚めることもあった。寝不足で、最近は目の周りの隈が目立つ。それでも、ずっと家に引きこもっているわけにはいかない。怪我や捻挫を包帯で固定して、漸く外を出歩けるようになったと思ったら、今度はこの男だ。俺は目を合わせないようにして、小さく呟いた。

「……疫病神に気に入られた、んです」
「ふぅん」

 男は、林流星は小さく笑うと、俺の前に腰掛けた。ここは食堂だが、前みたいに昼時ではないので、ほとんど人はいない。俺も別に飯を食っているわけではなく、ただの時間つぶしに座っていただけだ。

「前座るよ」

 座ってから言われても。
 林流星は、相変わらず変な格好をしていた。今日はドクロのついた赤い服に、下が緑と青で彩られたストライプ柄のズボンだった。耳についたチェーンを弄りながら、その辺の駄菓子屋で売られている水飴を舐めたり伸ばしたりしている。この男が何を目指しているの、かよくわからない。目線を合わせないでいると、林が話しかけてきた。

「厄病神にも気に入られてんの、大変だねあんた」
「にも、って」
 他には何に気に入られているのだ、という俺の疑問が伝わったのか、飴を咥えたまま、俺の後ろを指差した。
「だって、足にくっついてたやつ、今度は背中に張り付いてるじゃない、モテモテだね」
「……何もいません」
「いるよ、そこに。あ、樹くん駄菓子食べる?さっき近くで買ったの」

 と、白いビニール袋いっぱいの駄菓子を取り出した。食べている水飴はその中の一つだったらしい。俺としては、結構妙な会話をしているつもりなのだが、この男にとってはそうでもないのか。後ろに何かついているとか、まず日常会話では出ないものなのに、この軽さはなんだ。進められた駄菓子を丁重に断ると、林はつまらなそうに口を尖らせた。

「こんなに美味いのに、食わないなんてあんた人生の十割は損してるよ」
「あの」
「ん?」
「俺の後ろって、本当に何かついていたりするんですか?」
「だから、最初からそう言ってるだろ、馬鹿だな」
 水飴は舐め終えたのか、袋からマーブルチョコを取り出し、がりがりと噛み始めた。最初から、そう、この男は最初から妙なことを言っている。
 しかし、俺はその発言はただの妄想というか、あまり取り合わない方がいい類のものと思って流していた。だってなんか怖いし。しかし、今その発言を流してしまう勇気が沸いてこない。疲れているせいもあるが、以前偶然にも、この男の「足に気をつけろ」という発言は当たってしまった。
 思えばあれが最初だった気もする。偶々だろう、と割り切ってしまえばそれまでだけど、俺はそこまで気が強くない、むしろ、何か不安な要素があると、とことん悩むタイプだ。足に何かついているといわれ、足を怪我して、妙な出来事に見舞われ他も怪我して、今度は背中についていると言われてしまった。ならば今度は背中を怪我するのか? これ以上怪我をするのはごめんだった。勘違いであってほしい。
 小さくため息を吐くと、林はにやりと笑いながら俺に内緒話でもするように、耳元へ口元を寄せた。

「なあ」
「はい?」
「後ろの、取ってやろうか?」

 怪しい宗教の誘いにはまる人間の心理っていうのは、こういうものなのだろうか。不安を打ち消す為なら、多少の危険も受け止めようとさえしてしまう。俺は普段なら絶対に近寄りたくないタイプの人間の言葉に、誘われるように耳を傾けた。

「取るって、どうやって? ていうか、それを取ったら俺怪我しなくなりますか」
「どうだろうね、単にあんたがドジなだけかもしれないし」
 失礼な。
「でも、原因を見つければ、怪我は減るかもよ」
「原因……」
「あんた、本当は自分でもわかってるんじゃないの?原因をさ」

 ほの暗い表情で笑う林に、肩が震えた。原因、小さな男の子。頭の中に思い浮かぶのはあの廃ビルだ。暗く黴臭く、そして妙な空気が漂っていたあの廃ビル。正直行きたくなかったけれど、このまま放置して、今度は張り付いていると言われた背中を怪我したら? いや、怪我だけならまだいい、命を落としたりなんかしたらどうするんだ。被害妄想かもしれない。俺は呪いなんて信じていないけれど、全部が全部嘘だと思うには、あのビルでの出来事は衝撃的過ぎた。

「行けば、どうにかなるんですか」
「さあ?」
「さあって……」
「決めるのはあんただよ」
「…………」

 少しの逡巡の末、小さく頷くと、林はまるで俺が頷くことがわかっていたかのように笑う。

「じゃあ今日の夜に廃ビルに集合ね」
「え、なんでわざわざ夜に……」
 怖がりに行くようなものだ。と思ったら、至極当然な顔で、林は言った。
「昼間は大学があるだろ」

 変な格好しているくせに、どうしてそんなところだけ常識的なんだろう。もっと常識を持つべきところが他にあるだろうに、と呆れていると、後ろから聞き覚えのある声が投げかけられた。

「樹」

 振り向くと、森が立っていた。いつの間にか講義終了の鐘が鳴っていたらしい。今まで気づかなかったが、ざわめきと共に、他の人達もちらほら食堂に見え始めた。森は少し不機嫌そうな顔をしており、座っている俺の隣に腰掛けてくる。

「何話してたの?」
「さーて、なんでしょう?」

 機嫌が悪そうな森に対し、俺が答える前に、林が笑顔で答える。俺はこの二人がどういう関係かは知らないが、とりあえず仲良しこよしという訳ではなさそうだ。二人の間には、どこかピリピリとした空気が漂っていて、間に挟まれている俺はどうにも居た堪れない雰囲気だった。森は顔が広いので色々な人間と関わりがあるけれど、全員と親しい間柄ではないらしい。
 その返答が気に触ったのか、俺の手を引いて立ち上がる。

「樹、行こう。こういう奴と話してたら、お前も変な奴に見られちゃうぞ」

 手を引っ張られるが、それを阻むように林が発言した。

「ひっどいな、疫病神くん」
「なんだよ厄病神って、樹と何か話したのか」

 言いながら森が俺を見てきた。どうして林が俺の厄病神という言葉を、森のことだと解釈したかは知らないが、面倒なことになりそうなので、聞かなかったことにして間に割って入った。仲介とか、得意じゃないのに。いや、やったことないけど。

「……今日、林とあの廃ビルに行くって話していただけだよ。森には関係ないから、気にしないで」

 林と森はなんだか仲が悪そうだったので、関わらないように、と空気を読んで言ったのに、森は不機嫌そうな顔立ちを更に顰めて、俺に食って掛かってきた。俺の配慮台無し。もしかすると森は、関係ないとか、仲間はずれにされるような発言をされるのが嫌いという、子供っぽい面があるのかもしれない。この間もそれで面倒なことになった覚えがある。俺はひょっとして、禁句を言ってしまったのか。失敗した。内心頭を抱えていると、森の顔が近付いてくる。

「は?」
「あ、いや関係ないっていうか」

 案の定、気に入らないとでも言うように、睨んできた。こえーよ、というか、なんでお前が怒るんだ。意味わかんない。その姿を見て、今度は林が間に入ってくる。

「まあまあ、落ち着きなよ。駄菓子食べる?」
「いらねえ」
「はー、あんたらって本当馬鹿な。こんなに美味しいのに」
「それより樹、なんでこいつと肝試し行くの?行くなら俺と行けばいいだろ」

 なんて、意味不明なことを言ってくる森。なんでお前と行かなければいけないんだ。別に俺は肝試しがしたくて行く訳じゃないし、お前と行ってもどうせまた置き去りにされるだろ。しつこいと言われようが、何度でも言うぞ。

「樹」

 それに、行く理由を言っても理解されないだろうし、ということで、なんとなく言葉を濁していると、沈黙を破るように、森が「わかった」と呟いた。

「森?わかったって、何が」
「俺も行く」
「えっ」
「別にいいだろ? それとも、俺がいたら何かまずいことでもあるの?」
「いや、ないけど……えーと、林、くんが」
「俺はいいよー、樹くんがよければね」

 ニヤニヤ笑いながら、林は頷いた。そう言われてしまうと、じゃあいいよ、としか言えない。正直、俺自身林とあのビルに何しに行くかよくわかっていないのに、森を連れて行ってどうするのだと言う気もしたけれど、これ以上森が引く様子も見せないので、渋々頷いた。なんだろうこの謎のパーティ、どうしてこうなった。

「でも森、お前また俺を置いて逃げる気じゃないのか」
「樹って本当粘着質だな、逃げない逃げない」
 苦し紛れに、聞いてみるが、譲る様子は無さそうだった。
「本当かよ」
「本当、俺は樹クンの傍にずっといますよー」

 この上なく胡散臭かったが、こうまで言われてしまっては、仕方が無い。隣で笑っている林の視線が非常に痛かったが、集合時間を決めて、俺たちはその場から解散した。



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