もう一人




「ふぁ……」
 
 麗らかな午後の昼下がり、俺は近所の公園で微睡んでいた。久々に大学も休みだし、暖かな太陽の日差しを浴びながら、隠居した爺さんみたいな顔で公園のベンチに佇んでいた。
 気分は植物。暖かいし、大学も休みだし、おまけにしょっちゅう奇抜な行動に出る渦見もいない。久々に自由だ。渦見のことは別に嫌いじゃないけど、いつもべたべたくっつかれて、休めないからな。たまにはこんな日があってもいいだろう。
 もそもそと廃棄になった弁当を食っていたら、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。

「おーい、笠原君!」

 誰だ、渦見か?
  そう思って顔を上げると見覚えがあるようなないような顔が、遠くから笑顔で俺に手を振っていた。俺は眉を寄せてその男の顔を凝視する。黒く跳ねた髪に黒ブ チの眼鏡、見たことがあるような気もする、でもないような気もする。要約すると誰だかわからない。覚えていない。頭の上にクエスチョンを浮かべている間に も、男はフレンドリーに俺に近付いてきた。

「こんなところでお昼?」
「え? ああ、うん……」
「そう。僕もちょうど弁当買ってきたところなんだけど、隣いい?」
「……あ、うん。いいよ」

 頷いてしまった。
 当然ながら男は俺の隣に座ってくる。一瞬の沈黙が俺たちを包んだ。

「今日はいい天気だねえ、こんな所で笠原君に会うなんて思わなかったよ」
「そ、そうかな……?」

 しどろもどろになりながら答えると、相手の男はにこにこと笑っている。しかし俺としては気まずい。覚えてないんだから。だ、誰だっけこいつ……?
 男は買ってきたという弁当を広げ、箸に手を伸ばしていた。イクラの上に海苔と鮭が乗った豪勢な弁当だった。廃棄処分されそうなところを颯爽と攫ってこられた俺の弁当と大違いだ。

「いただきます」
「…………」

 しかしこいつ誰だったかな、「あんた誰?」とか聞けないけど、やっぱり聞いておいたほうがいいよな。このまま会話するのも不自然だし。ていうか、俺が辛いし。

「あ、あのさあ……」
「そういえば僕、ツイッターやめたんだよね」
「え?」
「渦見くんに蹴られてからさ、なんか目が覚めたっていうか……一応君にもお礼言っておこうと思って」
「………………。………………ああ!」
「え、何?」
「いや、なんでも!」

  今、こいつが呟いた単語で思い出した。ツイッターだかシュレッダーだか知らないが、前に携帯片手に、いつもぶつぶつ呟いている男がいたっけ。あれは食堂で の出来事だっただろうか。パソコンを持ってない俺には関係のない話だと思っていたけど、呟いている姿が異常すぎたんで声かけたんだ……ったか?
 その後渦見が蹴飛ばしたインパクトが強すぎて本人自体の印象に薄いけど、名前は確か……

「うつのみや、だ」
「何?」
「んんん、なんでもない」

  よし、どうやらあっていたみたいだ。俺の記憶力もまだまだ捨てたもんじゃないな。そのままなんでもない、と笑顔で首を振ると、俺は半分まで食べていた弁当 に再び視線を移す。賞味期限切れの鮭のフライを頬張った、味は抜けてて身もパサパサだけど、腹が膨れれば基本的に味なんてどうでもいい。
 謎も解けてすっきりしたところで、俺は改めて話題を振る。

「宇都宮、ツイッターやめたんだ」
「まぁね、栄養失調になってて、医者からもやめるように言われたし」
「ふーん……」
「あの頃は、絶対にやらないといけないと思ってたんだけど、不思議だよね、一度やめると憑き物が落ちたみたいにすっきりしてさ」
「俺にはよくわからないけど」
「うーん、ネットの世界を知らない人にしかわからないだろうな、この感覚。電源ボタンを押しちゃえば開放されるのに、そのボタンが押せないんだ。押したら僕の存在価値まで消えちゃう気がしてさ。依存って怖いよね」

 よくわからない。しかしドクターストップになるまではまるなんて、今思えばどれほど必死だったんだと思うけど、やめたというなら問題ないだろう。そもそも、俺には元からあまり関係のない話だ。
 もぐもぐと無言で弁当を頬張っていると、宇都宮が俺のことをじっと見つめていることに気づいて、弁当へ伸ばす箸を止めた。

「…………何?」
「あ、いや、笠原君って渦見君と仲いいじゃない?」
「普通だよ」
「嘘ばっかり」

 なんでだよ。咎めるような言い方に俺が眉を顰めると、慌てたように宇都宮はフォローに入った。

「あ、ごめん、別に責めているわけじゃないんだ。ただちょっと羨ましくてさ」
「羨ましい? って何が」
「渦見くんって、あまり特定の人と仲良くならないじゃない」
「ふーん、俺もあんまり仲良くないからそこまで知らねえよ、渦見の友達事情なんて」

 実際、俺は渦見のことなんて殆ど知らない。普段何をしているのかとか、どんな奴と話しているのかとか、何も知らない。解っているのは、いつもニヤニヤ笑いながら虫捕り網振り回す、幽霊が見える変人という事実くらいだ。まあ、確かに友達は少なそうではあるけれど。
 ただ、宇都宮にはそうは感じられなかったらしい。

「なんていうか、孤高の人っていうかさ、タイプが違うっていうか、僕らとは違う位置にいるんだよねぇ……かっこいいよなあ」
「……宇都宮、大丈夫かお前」

 渦見のことを語る宇都宮の目はキラキラしていて、若干引いた。まるで恋する乙女のようだ。むしろそんな表現している俺が気色が悪い。というか、何故そんな目で語る? そんなかっこいいか? 笑い方とか変だぞ。
 俺が少し距離を取ると、宇都宮は聴いてもいないのに、再び語りだした。

「凡人とは出来が違うって言うかさ、僕を救ってくれたのも渦見くんだし、顔もすごく格好いいし、神はニ物以上の物を与えるんだよね。彼はやっぱり違うよ、すごいよ」
「……なあ宇都宮」
「僕最近オカルトサークルに入ったんだ。いや、渦見くんが見える人って噂聞いたからってわけじゃないんだけど、彼のあの神がかり的なすごさに近付きたくてさ。神秘的な力を身に着ければ少しは気づいてもらえるかなって」
「おい、話を聞け。つか聞いてな」
「でね、出来れば渦見くんにもサークルに入ってもらいたいんだけど、あまり話す機会がなくて、よかったら笠原君から頼んでもらえないかな? 駄目?」
「おま……自分で頼」
「まぁ断られても後で自分で行ってみるけどそれからさぁ」
「…………」

 全く人の話聞かねぇなこいつ。聞く気がないのかもしれない。というかとうとう神とか言い出したし。やべえ。
 俺は宗教的なものとオカルト的なものには近付きたくないんだ。碌なことにならないし。
 食べかけの弁当を抱えてそっと立ち上がった。気づかれないように遠ざかる。せっかくの日向ぼっこ日和だったというのに台無しだ。

「彼はすごいよ、もう神みたいなものだよね。本当凄いなあ渦見くんって」
「…………」

 過大評価にも程があるだろ。大体あいつお前のこと蹴り飛ばしてたのに、救ったって解釈しちゃうのかよ、なんだそのポジティブ思考。
 距離を取ると、未だ熱弁を揮っている宇都宮に向かってそっと声をかけた。多分気づかれないだろう。

「じゃあ宇都宮、俺帰るね」
「待った!」

 しかし予想に反して気づかれた。しかもこっちまで走ってくる。なんてこった、やっぱり声かけなければよかった。いや、もっと距離を取っておくべきだった。
 息を切らし、頬を紅潮させて迫ってくる男の図は、この平穏な公園には似つかわしくない。

「な、何?」
「メアド教えて」
「えー……」
「笠原君のと、出来れば渦見君の! 渦見くんの教えてくれたら笠原くんのはいいから!」
「お前……」

 渦見のは別にどうでもいいけど、俺のはなんとなく嫌だなあと思ったが、そのことを素直に口に出すのは憚られた。
 けど、それ以前に宇都宮にとって俺はどうでもいい存在のようだ。

「いや、俺今携帯持ってないんで……あと人のメアドとか勝手に教えられないし」
「そこをなんとか!」
「勘弁してください……」

 どうして俺が渦見絡みでこんな目に合わなければいけないんだ、と思ったけれど、大抵俺が怖い目にあったり大変な目に合うのには渦見が絡んでいるので、日常だと思えば日常なのかもしれない。腑に落ちないけど。

「無理だって」
「お願い! 今度何か奢るから!」

 問答の末、結局俺は、宇都宮の熱意に負けて、自分のメアドを教えてしまった。別に奢るという言葉に惹かれたわけじゃない。ただその、熱意に負けただけだ。食費が浮くのはいいことだけど。
 嘘のアドレスを教えるという手もあったが、どうせ大学で会ったらバレてしまうのだ。
 渦見のメールアドレスは自分で聞いてくれと言って、その場はなんとか収め家に帰った。まったく、散々な一日だ。





「という訳で俺はお前のせいで迷惑した。侘びとしてなんか奢れ」
「あひゃっ、やーだよー」

 翌日、大学帰りの渦見を捕まえ、事の顛末を話した。どうせこの後家に来るのだからと、渦見の車の中で夕飯の提案を持ちかけたが、軽く拒否された。

「言っておくけど、うちに来たって何もないぞ」
「いいよぉ、俺自分のパン買って来たから。やきそばパン!」
「俺の分のやきそばパンも買ってこいよ」
「笠原たかりはダメダメよぉ」
「チッ」

 いつも家に入り浸って「ご飯ー」とか言ってる奴には、心底言われたくない台詞だった。
 俺が宇都宮のことに関して話しても、「ふぅん、そうなんだー、ところで宇都宮って誰?」とか言う始末だし。そういえばこいつ事件直後の段階ですでに忘れてたな。どれだけ印象薄いんだあいつ。
 隣で童謡を口ずさんでいる渦見を見ながら、今日の夕飯のことを考えていると、携帯が震えた。画面を見ると宇都宮の文字が表示されている。

「……うわ、早速」
「笠原? 誰ー」
「今話してた宇都宮だよ」
「誰?」
「宇都宮だっつの、今言っただろ。はいはい、今出るって」

 ブルブルとしつこく震える携帯の通話ボタンを押して、耳に押し当てた。

「もしもし」
『もしもし、笠原君? 僕、宇都宮だけど』
「ああ、何かあったの?」
『さっきの話だけど、やっぱり僕には出来ないよ』
「は?」

 さっきの話ってなんの話だ。俺は昨日お前から渦見の電話番号とメールアドレスを教えろとせがまれて以降会ってないぞ。少なくとも一日は会ってないんだから、さっきという表現はおかしい。
 だが、それ以前に宇都宮の声もどこかおかしかった、妙に震えていて、風の音が所々混じっている。
 何処にいるんだこいつ。

「さっきって、何の話だよ」
『え? だってさっき会って言ったじゃない』
「は?」
『さっき会った時、言ったでしょ、やってくれって、僕がざああああああああああああああしたら渦見くんのあああああああああああああああああああああああ あ教えてあざああああああああああああああああああああああああくれざああああああああああああああああああああああああざああああああああああああああ ああだから僕いまざああああああああああああああああああああああああああああ……』
「おい……おいっ!?」

 何の音かはわからないが、雑音にかき消され、宇都宮の声がよく聞こえない。断片的に聞き取れた言葉から推察するに、宇都宮は俺に頼まれた何かというのを実行しようとしているらしいけど、それはありえない話だ。
 俺はあれ以降宇都宮に会ってないのだから。
 じゃあ宇都宮は誰に会った? 何を頼まれたんだ?

「おい、うつのみっ……!」
「笠原ぁ」

 渦見が手を伸ばし、俺の携帯をもぎ取った。そしてそのまま電源ボタンを押す。

「ちょっ……」
「運転中なんだから静かにしてよー」
「お前、今なんか宇都宮が変で!」
「だーいじょうぶだいじょうぶ、あひゃひゃっどうでもいーし」

 俺が何を言っても渦見は取り合わない。けらけら笑いながらハンドルを操作している。詰め寄りたかったが、運転中に何かがあっても怖い。
 俺は再び携帯に電話をかけたが、発信音が鳴るばかりで、繋がらなかった。……おいおい、勘弁してくれ。何があったって言うんだよ。しかも俺に頼まれたって何だそりゃ。

「……渦見……お前さ」
「んー?」
「…………いや、なんでもない」
「ひひっ……。心配性だな笠原は、だからひかれるんだよ。そんなん無視しとけばいいんだって」
「…………」

 言いかけた言葉を飲み込んで、携帯の画面を見つめた。すでに携帯は省エネモードに入っていて、真っ黒になった画面には俺の顔が映っている。その顔が存外暗い顔をしていたので、俺はそのまま携帯を閉じた。
 明日、何が何でも宇都宮に会わなければ。



 翌日のことだ。
 俺は大学内で宇都宮を見かけ、安堵して彼に近寄った。

「宇都宮!」
「あ、笠原くん、お早う」
「お前、昨日は……!」
「昨日?」
「俺に電話してきただろ!なんか雑音で聞こえなかったけど……あれ、一体何してたんだよ!」

 そういうと、宇都宮が訝しげな顔をして俺を見た。

「電話って……僕、君に電話なんてしてないけど?」
「は?」
「だから、昨日は笠原君に会ったあと、電話なんてしてないよ」
「いや、ちょっと待て、俺はお前に会ってない!」
「え?」

 昨日はあの電話を受けたあと、なんとなく居心地が悪かったが、ずっと家にいた。宇都宮に会ったのは一昨日だ。
二人で顔を見合わせて、首を傾げる。
 じゃあ、あの電話はなんだったんだよ、俺はお前になんて会ってない。そういいたいけど、言っても変な奴扱いされるだけじゃないのか。
 そう思うと、何もいえなかった。
 黙ってしまった俺に対して、宇都宮は懐から一枚の広告を取り出し、俺の胸に押し付けた。

「笠原君、これあげる」
「……なんだよこれ?」
「僕が入ってるサークルのチラシ。今度渦見くんと一緒に来てよ。結構楽しいよ、メンバーとスカイプとかやったりしてさ」
「すかいぷ?」
「まあ、詳しくは今度話すよ。じゃあね、渦見くん絶対連れてきてね」

 俺が何か言う前に、宇都宮は去っていく。後に残された俺には、違和感だけが残った。俺の他に、もう一人の俺が、宇都宮の他に、もう一人の宇都宮が、いたみたいな、そんな出来事に、思考がうまく働かない。
 結局、どこまでが本当の宇都宮だったんだ?
 渦見は無視しろと言っていたけど、あれが本物の宇都宮からの電話ではないことを知っていたのだろうか。

「……オカルトサークル」

 渡されたチラシを、くしゃりと握り締めた。

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