白装束


「笠原ー、これ、旭。俺のにーちゃんね、にーちゃん」
「…………どうも」
「こんにちは、終夜がいつもお世話になってます」
「はぁ……」

  渦見に指で頬を突き刺されながらも、全く意に介さず『渦見旭』と紹介された男は、頭を下げながら笑いかけてきた。眼鏡をかけた30代くらいの男は、渦見の 兄らしい。常識はずれな弟と違って、まともそうな、柔和な顔立ちをしている。当たり前の話なんだけど、こいつにも兄弟とか家族とかいたんだな。しどろもど ろになりながら会釈した。しかしその頬に突き刺さった指は取っ払って怒ってもいいと思う。俺だったら速攻振り払うけどなあ。

「旭、これ笠原、りょーすけね」
「どうも」
「君が笠原くんだね、終夜から話は聞いてるよ」
「はあ、あの、話って?」
「終夜、もう準備できてるよ」
「うん、んじゃー行くか笠原」

 無視された。キヌさんの時もそうだったけど、俺は一体渦見家においてどんな存在で通っているんだ。大体にして、こいつは謎が多すぎるんだよ。

「笠原君、昨晩はよく眠れた?」
「えーと……」
「俺と笠原一緒に寝たよ、怖いって言うからさあー」
「寝てねえよ。あ、寝てないです」
「はは、仲いいね」

 寝てないっつってんだろ。生暖かい目で見るな。普通にどん引きしてんじゃねえか。

 昨晩の話だ。
  昨日は渦見宅に泊まらせて貰ったわけだが、結局なんだか寝苦しくて眠れなかった。渦見がうざいとか、枕が替わると眠れないとかいう繊細な理由じゃない。ど うしてか体が重く、身動きが出来なかった。金縛りってやつだろう、まぁそれは割と常日ごろからある話なので、無視すればいいんだけど。昨晩はいつもより重 く感じた。しかし、今それよりも問題なのは、この状況だ。

 寝苦しい夜を終えて、紹介された男は、渦見の兄だ。つまり彼も渦見なわけだから、旭さんと呼ぶ。
 家族に友人を紹介する渦見の行動は、渦見にしては珍しく常識の範疇内だ。
 しかしその兄が連れている人たちは、あまりにも常識から外れていた。

「笠原くん家に帰るんだろ? 車で送っていくね」
「俺運転する?」
「終夜の運転は怖いからいいよ」
「笠原はフツーに乗ってたけどな」
「へぇ、すごいね笠原くん」
「…………」

 何普通に会話してんだお前ら。この中にいると逆に俺の考えがおかしいみたいに思われるかもしれないけど、後ろの方々を見てみろよ。なんだその方々。

「今車用意するから待っててね」
「…………あの」

 旭さん自身はいい。少し長めの黒髪は七三に分かれていて、真面目そうだし、物腰も柔らかいまともな人だ。服装も普通。ただ、後ろに連れている人たちはなんなんだ?
  五人程いるが、全員が全員剃髪していて、少々替わった服を着ている。何かの祭でもあるんだろうか。白い着物を主体としており、肩からは金色の袈裟をかけて いる。白装束だが裾には赤い渦の模様。そして渦見が持っている物によく似た虫捕り網。その風体も怖いが皆何も言わず車の用意をしているところが一番怖い。 なんか言えよ……。何これ、なんか危ない宗教か?

「どうかした?」
「いや、後ろの方々は、なんなんですか」
「にーちゃんの友達だよぉ、あっひゃ、笠原もしかしてびびってる?」
「…………」

 正味な話めっちゃびびってるけど、そんなの友達って言われた手前びびってるって言い難いじゃねーか馬鹿。
 つうか、こんな人たち目の前に現れたら普通にどうかしちゃうと思うんだけど、のほほんと「どうかした?」なんて聞いてくる旭さんも実はちょっとおかしいのかもしれない。
 しかし、そんな俺の心の叫びを聞き取ってくれたのか、旭さんは穏やかに笑った。

「大丈夫、ちょっと変わってるけど、いい人たちだから」
「そうですか……」

 例えいい人でも関わりたくはないけど。男たちは数人で車に乗り込んだ。

「それじゃ、車用意できたみたいだから乗って、あの一番背が高い人が運転する車ね」

 あの人たちが運転する車に乗るのかよ。というかあの人たち俺の家まで来るのか? 何しに? ていうかそもそもその恰好なんなんだよ。渦見家では普通のことでも、俺からしたら異常なことなんだよ、もうどこから突っ込めばいいのかわからない。
 言っちゃ悪いけど、妙な宗教みたいな服着たあの方々と一緒にいるところを見られたら、ご近所での俺の評判はどうなるんだろう。まあ……、元々ご近所付き 合いはなんてないから心配いらないか。心配なのは今後の俺の人付き合いだな。今の時点であまりまともな知り合いがいない。

「笠原ー、早く乗って」
「あ、うん」
「……………………」
「……………………あ、よ、よろしくお願いします」
「………………」

 背の高いオッサンが無言で車の扉を開けた。
 それにしても、この人たちは本当なんなんだ。友達って言われても、なんでここにいるのかを説明してもらわなきゃ不信感は拭えねえよ。まぁ何のためにいるのか説明してもらっても不信感は消えないと思うけど。
 何か一言ぐらい喋ってくれたっていいのに。

「あひゃひゃ、笠原びびってるー怖い、怖い?」
「…………別に」
「怖い時の笠原は別にって言う」
「うるさいよもう」

  車に乗り込みながら、鬱陶しげに手を払うと、渦見は楽しそうに笑った。こいつはいつでも笑ってるな。その笑顔がたまに羨ましくなるよ。その時、玄関先から キヌさんが出てきて、皺くちゃの顔を崩して俺に笑いかけてきた。昨日のことがあるため、俺はなんだか近寄りがたく、車の中からそっと会釈する。

「笠原様、もうお帰りになられるのですか?」
「えと、はい。お世話になりました」
「いいえぇ、また来て下さいまし、終夜坊ちゃんも喜びますよって」
「……はい」

 正直、格差社会を見せ付けられるようで来たくはなかったけれど、あまりにも嬉しそうに言われたので、俺は小さく頷いた。隣で渦見が「また来るの? やったー」とか言ってたけど普通に無視。完全に俺の中で別世界だったでかい家を後にして、車は発進した。



 あんなに不安だった家までの道のりも、渦見の一人はしゃぎと、それに俺が適当に相槌打ってるうちに終了した。結局最後まで長身の男が喋ることはなかったが、逆に話しかけられても困るとか思い始めてたので、それでよかったのかもしれない。
 住んでいたアパートにつくと、俺の部屋は昼間だというのに明かりがついていて、別の意味でやばいと思った。電気代とかの話。
  二台の車がアパート近くの駐車場に停車すると、旭さん以外は何も言わずに俺の部屋の前まで歩きだした。えええー、何これ。俺無視して俺の部屋に行こうとし てるんですけど。ここまで説明ゼロだよ。しかもなんで俺の部屋知ってるんだよ。車から降りてきた渦見の肩を慌てて揺する。

「お、おいっ、渦見!」
「ん? どうしたの笠原、やっぱ今日も手繋ぐ?」
「繋がねーよ馬鹿! 日ごろから手繋いでるような言い方すんな! あと聞きづらかったけどあの人たちなんなんだよ!? 説明なさすぎるだろ!」
「あひゃっ、ちょっと無愛想なにーちゃんの部下」
「無愛想ってレベルか? ていうかお前さっき友達って言ってたじゃん」
「そうだっけ?」
「そう……ああもう、いいよ無愛想でも部下でもなんでも。それより俺の部屋入ったら危ないんじゃねーの? そもそもなんで俺の部屋行くの?」

  渦見曰く、なんだかよくないモノが取り憑いてしまってる部屋。以前は幽霊とかあんまり信じてなかった俺ですら今はあの部屋に入りたくないと思うのに、あの 白装束のおっさんたちは普通に入っていこうとしている。家主の許可を貰わず入ろうとしていることにもびっくりだけど、まるで物怖じせずに入ろうとしている 所にも驚きだ。
 しかし渦見は大丈夫大丈夫と笑うばかりで、取り合おうとしない。全く話にならない。

「……ちょっと止めてくる」
「やめた方がいいよ笠原あ」
「うるせーな行くよ、ていうか俺の部屋だし」

 しかし進もうとしたものの、渦見に腕をしっかり掴まれてしまっていて、振りほどけなかった。睨みつけると相変わらず表情は笑顔だが、込められた力だけは尋常じゃなく、掴まれている腕が痛い。

「行ったらだーめだって、あの人たち慣れてるから大丈夫だよ」
「…………離せよ」
「危ないからさぁ」
「今のお前の方がなんかあぶねーし」

 そうこうしているうちに、俺の部屋の扉が開けられている。そういえば、あの部屋を出るときに渦見が札のようなものを貼っていたはずなのに、綺麗になくなっていた。誰かが取ったんだろうか?
 いや、誰も取らないだろうし、自然に剥がれたのか? 強い風が吹いて、アパート全体が軋んでいる気がした。気のせいだ。いくらボロアパートって言っても、そこまで脆くない。そのはずだ。天気が悪いせいかな、いつもよりなんだか暗く見える。

「大丈夫ですよ、笠原くん」
「あの……」

 渦見と不毛な言い合いをしていると、後ろから旭さんが声をかけてきた。柔和な顔立ちは、渦見とは違ったタイプの笑顔だが、何故だろう、その笑顔がなんだか得体の知れない物に感じて、俺は少しだけ後ずさった。

「終夜から聞いてるでしょう? 君の部屋、今ちょっと良くないものが憑いてるので、祓うだけですよ」
「はらうって……」

  お祓い的なものなのだろうか。今さらそんなこと言われても、そもそもなんだなんだ、この人たちは霊媒師か何かなのか。それならば少しの奇行は見逃せる…… 訳もない。いくら霊媒師でも、もう少しくらい説明はあってもよかっただろう。相変わらず俺の腕を掴む渦見の手は外れない。

「でも、危ないですから」
「慣れてるんですよ。君は終夜とそこにいてください」

 何故か有無を言わせない迫力があり、思わず言葉を詰まらせると、瞬間俺の部屋からまたあの女の甲高い笑い声が聞こえてきた。耳の奥が劈かれるような、不快な笑い声。

「キャハハハハハハハキャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

「っ……」
「それじゃ、行ってくるから、終夜、笠原くん。そこでじっとしていてね。部屋に入ったらいけないよ」

 それだけ告げると、旭さんは階段を上って俺の部屋の前まで歩いていく。
 俺はその後姿をぼんやりと見送った。

「渦見」
「何?」
「俺の部屋、そんなにやばいの?」
「やばいよー、だから来てもらったんじゃん」
「あの人たちは霊媒師かなんか?」
「ちょっと違う。でも、だいじょーぶ」
「そう……か」

 まさかこんな非日常めいたことになるなんて思っていなかった。普通に家に帰れば元通りになると、心のどこかで思っていたけれど、結局それは俺の希望でしかなかったらしい。部屋の前に、扉を背にした白装束の男が一人だけ立っている。俺を車で送ってくれた長身の男だ。
 その顔は無表情で、扉の中に入っていった仲間達がでてこないように立っているようにも見えた。あいつは見張り役か何かなんだろうか。

「…………?」

 なんとなくどうすれば解らなくて見ていたけれど、よく見ると、長身の男の後ろに、手が見えた。一本、二本、三本、扉から何本か生えてきてる。
 手、手だ。間違いない、あの男は気づいてないのか? それとも何かの作戦か。だけど男は気づいてないように見える。そうこうしているうちに手はどんどん伸びていく。
 あのまま引っ張られたらどうなるんだ? どうなるって、よくないことになるんじゃないか。
 そう思った瞬間、俺の足は部屋の前まで駆け出していた。

「……笠原?」
「おいっ! あんた危ないぞ!」
「笠原! だめだ!」

 渦見の腕を振り払い、走る。後ろからはは、初めて聞く悲鳴にも似た俺を呼ぶ声。お前そんな声も出せるんだ。
 俺に気づいたらしい男は、目を見開き、同時に後ろの手にも気づくと、何か唱えながら懐から札のようなものを取り出して扉に貼り付けた。
 ほっと安堵の息を漏らしたが、扉は予想に反してすごい勢いで開かれた。

「うわっ……!」

 誰かが開けたわけではないのに、生ぬるい風が部屋の奥から立ち込めた。妙な威力を持っていて、体がぐらつく、そのぐらつきを長身の男は支えてくれたが、ドアが開いた瞬間見えてしまった。
 部屋の中にいる女。いつか見た、髪の長い女だ。首は妙な方向に曲がっていて、口から血が噴出している。歯も、少しかけているように見えた。指は反対方向に折れていて、足はない。
 女は俺を見ると、とても嬉しそうに

 にんまり、笑った。

「あ…………っ……!」

 その瞬間、俺は白装束男に放り投げられた。視界がぐるんと反転した。あっぶねえ!!

「いっ……!」

 二階だからそんなに高さはないし死ぬこともないけれど、それでも落ちたら痛い。痛いっていうか、やばい。幸い落ちたところは花壇の土の上だったが、なんだか頭がずきずきする。気持ちが悪い。酷い頭痛と悲鳴のような声が反響する中、俺は意識を手放した。





 目が覚めると、見覚えのある天井に、渦見の顔が浮かんでいた。
 違う違う、渦見が俺を覗き込んでいた。そっと周りを見回すと、慣れしたんだ俺の部屋。

「おはよう笠原」
「…………あれ……、ここ俺の部屋」
「おはようって言ったんだからおはようって言えよ」
「あ、お、おはよ……。……なんか怒ってる?」
「……俺、駄目だって言ったのに」

 渦見にしては妙に機嫌の悪そうな表情で、言うものだから、俺はなんだか申し訳なくなってしまい、小声で謝った。

「……ごめん」
「うん」
「旭さんたちは……?」
「帰った」
「この部屋、大丈夫になったのか?」
「今のところは」
「そうか……」

 答えたはいいけれど、未だに瞼が重い。けど、そうか。この部屋、大丈夫になったんだ。

「……眠い?」
「ちょっと……」

 安心すると、また眠気が襲ってきた。色々聞きたい事はあったはずなのに。なんだか眠くて仕方ない。渦見が俺の頭を撫でている。鬱陶しいと普段なら振り払う所だけど、今はなんだか妙に心地よくて、俺はそのまま目を閉じた。




「…………ごめんね、笠原」

 暗闇の中で、謝る声を聞いた気がする。

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