帰省


『笠原ー、俺今空港なんだけどさあ、荷物多いから迎えにきてよー』
「え、やだよ……俺車持ってないし」
『大丈夫、俺は車持ってるから』
「お前が持ってるなら俺行く必要ないじゃん」
『ええ? だって迎えに来てもらったらそのまま笠原んち行くし、なら一緒に家まで行った方がよくない? あひゃっ』
「…………もういいよ、わかったよ。迎えに行くから改札抜けたところにある案内板の前で待ってろ」
『わかった。すぐ来てねダーリン!』
「家から駅まで30分はかかるよハニー」

 それだけ言うと、俺は携帯の電源を切った。しばらくいなかった渦見が、帰ってくるらしい。

  渦見が出かけてから一週間ほど経過しているが、俺は自分の部屋が今どんな状況になっているのか知らない。しばらく友人の家を渡り歩いていた為だ。家の鍵は かけてあるし、盗みに入っても取られるものなんて何もないとは思うが、買い置きしてある野菜は腐っているかもしれない。むしろ液状化している可能性すらあ る。家に帰るのが違う意味でも怖かった。

「あれ? 笠原帰るの?」

 携帯で話すのを見ていたらしい、飯倉が話しかけてきた。

「なんか渦見が迎えに来いって」
「徒歩で?」
「車は渦見が持ってるから」
「……お前らの関係ってなんなの? 実は出来てるの?」
「ねーよ」

  今日は飯倉の家に厄介になっていた、というよりも、渦見がいない間の大半は飯倉の家で世話になっていた。飯倉家族は良い人達ばかりで、食事も美味いし、話 好きで明るい人たちばかりだった。部屋に帰らない理由を、「一人暮らしで寂しいのでしばらく友達と一緒にいたい」とかいう冷静に考えれば気持ち悪い理由で も、何一つ文句を言わず受け入れてくれた。あとできちんとお礼をしなければなと思う。飯倉の、俺と渦見に対する酷い誤解はきちんと解いてから、数少ない荷 物をまとめた。

「じゃあ帰るわ。悪い、世話になった。ありがとな。借りてる服とか後で洗濯して返すよ」
「別にいつでもいいし、また来いよ。俺の家族お前のこと気にいったみたいだし」
「マジで、かなり嬉しいわそれ」
「俺も、お前のこと待ってるよ」
「飯倉、悪いけど俺お前の気持ちには応えられない。……ちゃんと彼女作れよ」
「そっちじゃねーよバーカ! てかお前に言われたくねぇー!」

 ゲラゲラ笑う飯倉に俺も笑いながら手を振って、飯倉の家を後にした。
 しかしその足取りは重い。今、俺の家の中に何かがいるのはなんとなく解っていて、そしてそれは生きてるものじゃないことも察しがついている。つきたくなかったけど、渦見と付き合っていると嫌でも察しがついてしまうのだ。こんな微妙な能力いらなかった。

 一度飯倉に付き添ってもらって家まで必要なものを取りに行った時、出しっぱなしの布団が妙に膨らんでいたことを思い出す。
……あの中には何が潜んでいたんだろう。

 自分の部屋なのに異質に思えたあの空間を忘れるよう頭を振ると、俺は渦見の待つ空港へと向かった。






「あー、笠原おひさー」
 
  空港につくと、沢山の人でごった返してはいたが、渦見は案外簡単に見つかった。それというのもあの人目を引く容姿と奇抜な行動が原因だ。俺は案内板の前で 待ってろと言ってた筈なのに、どうしてお前は今サイン会やってるんだ? 何お前、芸能人? そのおばさま達やお姉ちゃん達はなんなんだよ。確かに案内板の 前で待ってはいろとは言ったが、若い女の子からおばちゃんにまで囲まれてろとは言ってないぞ。

 渦見が俺を呼ぶと、沢山のおばちゃんやお姉ちゃんの目が俺を貫く。……怖い。幽霊とかよりよっぽど怖い。もう帰りたい。いや、他人のふりして帰ろう。さらば渦見!そう思って踵を返した瞬間、渦見はへらへらと笑いながら近付いてきた。

「友達来たから帰る。ばいばーい」
「えー、しゅうちゃん帰っちゃうのー?」
「今度メールするからねー!」
「いつでもうち来て!」
「あひゃひゃ、ありがとー」
「………………」

 状況がまったくわからないけど、渦見は取り囲んでいた女の子たちから離れて俺の前までやってきた。モテスキルを見せ付けているのか、お前。喧嘩売ってんじゃねえぞコラ。

「……モテモテですね」
「え? うん」

  まさかの肯定だよ。否定されても腹が立つけど、肯定は肯定でむかつくなおい! 理不尽ないちゃもんでもつけてやろうと思ったが、妙な違和感を感じて口を閉 じた。なんだ? 渦見なんだけど、なんか変な感じがするな…。しかしその原因を突き止める前に、奴は徐に俺に抱きついてきた。空港で、人の目のあるところ で一体なんのつもりだ。

「ふぇー、たっだいまー、笠原、俺がいなくて寂しかった?」
「とりあえず離れろ」

  即座に引き剥がすと、俺は確かに大量の荷物を持っている渦見のスーツケースを一つ持ち、逃げるようにしてその場から遠ざかった。さっきまで女に囲まれてい たイケメンが、突然違う男に抱き着いてるなんて、妙な光景、視線を集めるんだよ。俺が歩き出すと、渦見は特になんの文句も言わず、後をついてくる。渦見に しては、珍しく素直だ。

「久しぶりなのに冷たいよ笠原あ」
「俺は久しぶりなのにお前が相変わらず過ぎて驚いたよ。つーか、あれなんでサインしてたの?」
「なんか芸能人に間違われたー、あっひゃ、なんか面白くてノリでサインしちゃったー」
「あっそ。ばーか」

 多分何人かは、間違えたんじゃなくて、単純に聞きたかっただけなんだろう。顔を逸らすと、渦見は不満げに頬を膨らませた。

「笠原に会いたくて早く帰ってきたのに酷い酷い」
「俺も会いたかったよ、渦見くんダイスキー」
「あひゃひゃっ、嬉しいね! あ、お土産あるよ。さーたーあんだぎー」
「……へえ、お前の実家って沖縄なの?」
「え、違うよ? スーパーで美味しそうだったから買ったの。何言ってるのさ笠原ー」
「お前が何言ってんだ」

 まぎらわしいことすんなよ。
 やたら目立つ渦見を見る周囲の目線から逃げるよう車に到着すると、荷物をトランクに詰め込んだ。随分いい車持ってるなこいつ。実は金持ちのボンボンか?

「つーか、お前の実家って何処だよ」
「京都だよぉー、笠原も一度はおいでやす」
「じゃあ土産は八橋買って来いや。ていうかお前出身京都の割に訛ってねえのな」
「俺は分家の人間だからあ、出身京都でも結構色々なところ転々としてんの」
「ふーん……」

 ブンケ、ね。やっぱりそれなりの家の出なのかもしれない。よくわからないけど、どうせ俺には関係のないことなのでそれ以上聞くのを止めた。

「そういえば、お前虫捕り網は?」

 そして車に乗り込み、シートベルトを締めた所で初めて気づく。いつも振り回している夏休みの少年のような虫捕り網を持っていない。さっき感じた違和感の正体はこれだったのか。
 いつもそこにあるものが突然なくなると、違和感はどうしたって沸いてくるからな。
 すると渦見は俺の問いになんでもないことのように答える。

「壊した」
「ふーん、なんで?」
「壊れちゃったから」
「いや、だから……」

  その理由を聞いてるんだけど、……言いたくないなら別にいいか。そこまであいつの虫取り網に興味もないしな。俺は気を取り直して運転中の渦見を見る。相変 わらずへらへらと笑っていて表情は逆にポーカーフェイスで読み取りにくいが、出かける前よりも少し明るくなった気がする。気のせいか?
 交差点で車が停止すると、俺が見ていることに気づいていたらしい渦見が、自分のポケットからストラップを取り出し、目の前で振って見せた。舞妓さん姿のキティちゃんに、無病息災の御守りがついている。

「そういえば笠原、お土産他にもあるよー、ご当地キティストラップ。これあげるね」
「……このキティちゃんを俺につけろと?」
「あと俺携帯買ったんだ、後で笠原も登録してね」
「ああ、うん、そういえばお前今時携帯持ってなかったもんな。あれポリシーじゃなかったのか」
「違うよぉ、家庭の事情事情〜あっひゃっひゃ」

 どんな事情だ。さっきから聞いても解らないことだらけで、段々疲れてきた。
 俺は小さくため息をついた。車内にはBGMの代わりに、渦見の鼻歌だけが響いている。

「そういえば笠原〜」
「ん?」
「お前の部屋、どうなってんの?」
「…………どう、って」
「もう住める所には、なってないんじゃない?」
「おま」

 どういう意味だ、とは聞かなかったし、どうしてそれを、とも言わなかった。言い当てられたのは癪だし、認めるのも怖かったからだ。黙り込んでいると、渦見が笑いながら言った。

「もう笠原俺んち住んじゃえばー?」
「なんで」
「別に俺笠原なら住んでもいーよ。面白いから」
「お前の言ってる言葉はいつも六割くらいわからねえんだけど」
「あひゃひゃ! 実は俺も! 何言ってんのかよくわかんね!」

 駄目だこいつは。







 家につくと、久々のためか懐かしさが込みあげてきた。
 ああ、俺ペットとか飼ってなくて本当に良かった。もし飼ってたら、きっとこんな風に放置とか出来なかったしな。まあ養える経済的余裕もないから、その心配は杞憂なんだけど。
 後ろにいる渦見を確認して、俺は部屋の扉の鍵を開ける。

「…………渦見」
「なに? 怖いなら手でも繋いでやろっか? なーんちゃって! あひゃっ」
「うるせえ、別に怖くなんて……」

 ガタン!

「っ!」

 家の中から、何かが動く音が響いた。続いて、ガラスを引っかいたような、耳に残る不快な声。間違いなく俺の部屋の中から聞こえた。部屋には誰もいないはずなのに。俺はそのまま体を硬直させ、渦見を前に押し出す。

「笠原ぁ……怖くなんて、何?」
「さ、先に行って下さい渦見さん」
「……ひひっ、手繋ぐー?」
「う、う」

 イエスともノーとも言う前に、強引に渦見は俺の手に自らの手を絡ませると、そのまま部屋の中へと進んで行った。
 部屋の中はカーテンが閉められていて、俺が出て行った時とまったく変わっていない。けれど、ただ一つ変わっているところがあった。
 それは、万年床になっていた俺の布団が膨らんでいるということと、誰かの手がその布団からはみ出ていることだ。出そうになった悲鳴を必死に押し殺す。

「っ……!」

 ストーカーか。そんな考えも浮かんだけれど、俺達が入ってきたというのにその手は微動だにしない。手の細さから言って女のものだろうけど、病的なまでに白い。

「う、渦見」
「…………」

 逃げた方がいいんじゃないだろうか。ぞっとして、渦見を見ると、いつも笑っているはずの渦見が、何も言わずに、ただじっと布団を凝視していた。それが俺には何よりも怖かった。
 どうしよう、布団をはがすか? そもそもこれ、生きている人間か? 死んでいるのか、幽霊なのか、その判断すらつかない。困惑して震える俺の手を、渦見が引いた。


「笠原」
「え、な、何」
「やっぱ俺んち行こうよ、とりあえず、今のところはさ」
「何、おい渦見」

 こんなふうに話しているにも関わらず、やはり布団は動かなかった。
 狼狽える俺の意見を無視して、そのまま部屋の外まで引っ張り歩いていくと、渦見は俺の部屋の前にお札を貼った。何て書いてあるのかはわからない。

「おい、あれ、なんだったの。つーかそれ、何」
「俺こういうのあんま得意じゃないんだけど。気休め、かな」

 筆で何やら文字が書かれたそれを扉に貼ると。小さく何かを呟いている。
 何て言ってるのかは聞こえなかったが、それを聞き取ろうという気にもなれなかった。だって、体が震える。なんだったんだよあれ。不法侵入、警察、そんな単語も出てくるけど、あれ以上あそこにいたくなかった。
 普段なら、なんだかんだで笑いながら渦見は俺の部屋にいるのに、今は出て行こうとするんだから。

 そんなにか、そんなにやばいのか。俺の部屋には今、一体何がいるんだよ。
そう思ったとき、再び、部屋の中から女の笑い声が聞こえてきた。

 もうやだ。

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