飯倉家


 俺の友人である飯倉始の家は裕福だ。

 飲み会をしようということで、飯倉の家にお呼ばれされた、というよりも俺の部屋が入れないような空気になってしまったので押しかけた。すると、その家の佇ま いには実に憧れるものがあった。裕福というよりも、一般的な中流家庭なのだろうけど、貧乏と呼ばれる類の学生な俺には十分贅沢に見える。
 何てったって実家暮らしだ、黙っていれば飯は出てくるし、洗濯籠に服を放り込んでおけば自動的に洗濯されていると呼ばれているあの実家暮らし。一人暮らしより自由さは少ないかもしれないが、圧 倒的に楽なことは間違いない。おまけに明るい食卓に優しい両親、可愛い妹に幽霊の出ない部屋ってか? やばいちょっと涙出てきた。
 今俺の部屋は渦見がいないことによって、幽霊は入りたい放題、人は入り難い空間になっているというのに、なんだこの差は。
 格差社会か。

「入れよ笠原ーってお前、何泣いてんの?」
「いや……飯倉痛い目に遭わないかなと思って……」
「なんで!? 俺なんかした!?」
「あえて言うなら家がある」
「お前もあるじゃん!」

 木で作られた重厚な扉を開けて中へ促す飯倉に、ぼそりと呟いた。
 焦る飯倉を尻目に家の中へお邪魔すると、飯倉の妹である美幸ちゃんが駆けて来た。

「あれー? お兄ちゃんなんで帰ってきたのー?」

 あどけない顔をしながらも、吐かれた言葉は毒々しい。美幸ちゃんに悪意はなくても、聞きようによっては邪魔物扱いされるお父さんみたいだ。飯倉は渋柿でも食ったような顔をして、ひらひらと手を振った。

「こいつが俺の家に来たいって言ったから、今日はやっぱうちに泊まるって。美幸、夕飯まだ残ってる?」
「もうないよ、お兄ちゃん泊まりに行くって言ってたから」
「だってさ笠原、お前飯食った?」
「食ってないけど、飲むなら腹は膨れるだろ」
「お前そんなことばっか言ってるから細いんだよ。待ってろ今なんか作るから」
「え? いいよ、悪いし」
「馬鹿、俺が作るんじゃねーよ、美幸が作るの」
「はい! 頑張ります!」
「飯倉お前、小学四年生に飯作らせて自分は酒飲むのか……」
「あれ!? なんか視線が冷たい!?」

 すると横からフォローするように、美幸ちゃんが元気に手を挙げた。

「大丈夫です! 美幸料理好きです!」
「手伝おうか?」
「あ、だ、大丈夫です! ありがとうございます!」
「笠原なんでそんな優しいの」
「俺兄弟いないからさあ」

 正直、申し訳ないという気持ちと、食事代が浮いた!という気持ちが綯交ぜになっている。せてものお詫びとして手伝おうとも思ったけど、それも断られてしまった。俺は深々とお礼を言うと、美幸ちゃんはかわいらしく笑った。いい子だ。

「よろしくお願いします」
「は、はい!」
「美幸の料理は不味くないけど、美味くもないんだ」
「お兄ちゃんの馬鹿! なんでそういうこと言うの!?」
「そうだぞ飯倉、酷い奴だ」
「冗談だよ! 笠原俺に対して風当り強くね!? 美幸、うそうそ、美味いよ」
「楽しみにしてるね、美幸ちゃん」
「っ、はい、笠原さんもゆっくりしてって下さい!」

 可愛い笑顔を振りまいて、美幸ちゃんは台所の方まで走って行った。いいなあ、俺は兄弟とかいなかったからわからないけど、やっぱり下がいると可愛いもんなんだなあ。
 にやけた顔でそんなことを考えていたら、飯倉がどん引きした表情で俺を見ていた。別にロリコンとか、そういうんじゃないんですけど。なんなんだよその顔。

「じゃー、俺ちょっとコップ持ってくるから、部屋で待っててくれ」
「俺も持つ?」
「いやいいよ、大丈夫先行ってて」

 そのまま美幸ちゃんを追いかけるように廊下を進み、階段の所で飯倉が立ち止まり言った。

「俺の部屋、二階に上がってすぐ右の所だから」
「おー」
「エロ本とか探さないでね」
「まずはベッドの下を調べる」
「ベタか!」

 笑う飯倉に軽く返すと、二階への階段を上る。

 しかしいいなあ飯倉。俺が父親と住んでいたところは平屋だっただけに、二階の存在って憧れる。まあ、そんな俺も今ではアパートの二階で暮らしていますけどね。ちょっと女の人が住み着いてる、不気味な部屋と化してますが。生ものとか、腐ってなければいいな。

「……ここか」

 飯倉に言われた通り、階段を上りきったすぐ右隣に扉があったので、迷うことなくその扉を開けた。

「わっ」

 しかし、扉を開けて中に入ろうとしたところで、反射的に声が出た。中に人がいたからだ。

 部屋の中央には上がガラスのテーブルがあり、後ろにはベッドが置いてある、そしてそのテーブルとベッドの間に、厳しい顔をした老人が座っていたのだ。だ、誰? 普通に考えると、飯倉の家族なんだろうけど。
 老人は俺に気が付くと、皺の多いその顔に更に皺を刻み、にまりと笑った。言っちゃ悪いが不気味な笑顔だ。

「あ、あの……」
「始の友達かい?」
「え、はい」
「そうかそうか、始のね」

 そこで老人は楽しそうに声をあげた。もしかしたらこの人は飯倉の祖父なのかもしれない。と言うよりも、その選択肢しかないだろう。どうして孫の部屋にいるの かという疑問が残るけれど、一先ず不審者ではなかったことと、部屋を間違っていなかったことが解ったので、ほっと安堵して息を吐いた。
 すると老人は立ち上がりのそりとこちらへ近付いてくる。何故か俺は近付いてくるのが怖くてそっと後ずさりした。

「…………ええと、飯倉の部屋で何をなさってたんですか?」
「始も沢山友達を連れて来るなあ」

 質問に答えてくれない。まあ年寄りってあんまり人の話とか聞かないからな。

「飯倉友達多いですからね……あの」

 飯倉のお爺さんですか? と聞こうとしたところで、階段を上がってくる音が聞こえて、俺は振り返る。
 恐らく飲み物を用意した飯倉が戻ってきたのだろう。何故か胸を撫で下ろし、廊下の方へと目を向けた。すると案の定、茶色く染めた飯倉の髪が見える。

「おまたせー」
「あ、ああ飯倉、遅いぜ」
「えっ、結構早く来たよ!?」
「それより、飯倉。お前のじいちゃんが……」

 と、そこでもう一度飯倉の部屋に目を戻すと、そこにさっきまでいた老人の姿はなかった。

「……あれ?」
「どうしたんだよ? あ、これお前のコップ」
「ども、いや、今ここにお前の爺ちゃんがさ……」

 すると、飯倉が不思議そうな顔をして俺を見た。何言ってるのこいつ?とでも言いたげな表情だ。

「俺の爺ちゃん、父方も母方もどっちもかなり昔に亡くなってるぜ?」
「………………え」
「居間に仏壇あるけど、見る?」
「いや、いい……」

 それで俺がさっき見た爺さんじゃなかったらさらに怖いじゃないか。誰だったのか、なんで見えたのか。そもそも俺、霊感なんてあんまりなかったはずなのに。
 もう大分慣れたけど、やっぱりここも安全じゃないような気がしてきた。同時に思う。今までは別にいてもいなくても変わらない、変な友人という認識だったけど、今は会いたくてたまらない。

 早く帰って来いよ、渦見。


「……飲むぞ、飯倉」
「おっ? 笠原飲む気マンマンじゃーん!」
「おう、なんかもう、めちゃくちゃ飲んで、眠りたい」

 金縛りにあわないといいなあ、なんて思いながら、俺はビール缶の口を開けた。
 部屋から覗いていた女の顔が、今でも目に焼き付いている。


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