嫉妬






 今日も今日とて、渦見は俺の部屋に入り浸っている。
 それはいつものことだから、諦めたけど、今回に限っては少し勝手が違った。渦見が俺の部屋に泊まると言い出したのだ。珍しいこともあるものだ。
 俺の部屋には布団が一つしかないので、泊まるとなると必然的に布団が一組足りなくなる。無論男二人で寝れるほど大きい布団ではないので、どちらか一人が余った方が寒い思いをしなければいけない。
 まぁ家主の俺が余るという意味がわからないので、渦見が余るんだけど。
 そういう理由があったからこそ今まで渦見は此処に泊まらないかと思っていたのに。

「違うよお、あひゃひゃ、今まで泊まらなかったのはあ、俺の方にちょっとした事情があったから。別に笠原と一緒の布団で寝るのはぜーんぜんやじゃないよー」
「俺はやだよ……」

 何が悲しくて二十歳過ぎてこんな狭い布団の中で同性と一緒に寝なければいけないのか。普段なら夜九時には毎回この部屋を出て帰るのに、今日に限って十一時を回っても部屋に居座っている。そんな渦見を見て、俺はこれ見よがしにため息を吐いた。

「帰ってくれ」
「ひどいよ笠原、こんな嵐の日に俺を追い出す気ー? えーんえーん」
「その嵐の中どうして俺の家に来たんだよお前」

  渦見が俺の部屋に泊まると言い出した理由。それは外が猛烈な嵐に見舞われているからに他ならない。俺の住むアパートなんて朝起きたらなくなってるんじゃな いかと、心配になるほどの台風が近付いているのだ。正直、幽霊なんかより自然災害のがよっぽど怖い。渦見が泊まりたがるのもわかる。
 しかし、そうは言っても、この嵐は朝から続いているもので、祝日の今日ならば俺の家に来ずとも回避できた嵐なのだ。
 なのにわざわざ渦見は俺の家に来た。ご丁寧にお泊りセットまで持って。泊まる気マンマンじゃねーかよ一体なんのつもりだこの野郎。とっくに歯みがきまで済ませて寝る準備万端な奴をじろりと睨むが、気にした様子はなかった。

「……お前さ、泊まるならせめて毛布の一つでも持って来いよ」
「そんなでかいの持って来れないって〜」
「渦見のくせに何をまともなことを」
「あひゃひゃ、さー、布団敷いたよー、笠原はこっち! 俺こっち!」
「いや、だから……」

 人の話を聞かない渦見は、万年床になりつつある俺の布団にさっさともぐりこんでしまった。布団からちょこんと顔を出すと、自分の左側をバシバシと叩く。一緒に寝ろと。そう言いたいのかお前。口元がひくりと引きつった。
 蹴り飛ばすことも出来るが、きっとこいつには堪えないだろう。蹴飛ばしてもヘラヘラ笑いながらまた布団に戻ってきそうだ。すごくリアルに想像できる。

「……もうちょっとそっち側寄ってくれ」

 その図を想像して、俺は早々に諦めた。無駄な体力を使いたくないし。電気を消してそのまま渦見の隣に潜り込む。 こいつはこの布団から出て行く気はない。そしてこの部屋に布団は一つしかないんだから、こうなることは仕方がないだろう。俺は寒い思いをするのはごめんだ。
 布団に入ると、眼前には笑顔の渦見。どうしてこんな男の顔を見ながら眠りにつかなければいけないんだ。理解に苦しむ。

「笠原とお泊り、楽しいなあ」
「おい、暴れるな」
「修学旅行みたいだよねえ、あひゃひゃ、おい好きな子の話しよーぜー」
「う、うぜ〜……」

 ボロアパートは振動に弱いのだから、あんまり手足ばたばたさせないでほしい。ちょっとの揺れでぶっ壊れてしまうかもしれない。
 ケラケラ笑う渦見に怒りながらそう言うと、理解したのか飽きたのか、大人しくなった。

「渦見?」
「笠原あ、手握っていい?」
「え、やだよキモイ。何お前男が好きな人? 俺貞操の危機? 逃げていい?」
「違うよー、俺、人の体温好きなんだよー」

 そう言って了承もしてないのに、勝手に渦見は俺の手に自分の指を絡ませてきた。ひやりとした感触が手を包む。血が通っているのかと疑いたくなるくらいに冷たい手で、俺は思わずぎゃあと悲鳴を上げた。

「つっめた! 何お前、冷え性!? すごい冷え性!?」
「うん、寝るときは湯たんぽ必須。ここ隙間風あるよねえ、寒いよー」
「文句言うなよ……ていうか手離せ、俺まで寒い!」

 渦見がホモだとは思っていないし、そもそもこいつ生きてる人間にあんま興味無さそうだけど、男の手を握って喜ぶような輩でもないだろう。俺だって男と手を繋ぐような趣味はないし、冷たくて嫌だ。
 繋がれる手を振り払うと、不満げに頬を膨らませる。

「笠原のケチ」
「……お前さあ、彼女でも作れば? そんでもってその娘にあっためてもらえよ」
「作ってもすぐ振られちゃうんだあ、あひゃっ、理由はわかってんだけどねえ」
「わかってんなら直せよ」
「無理無理、それに今は笠原がいるから別にいーよ」

 にやにやと笑って、今度は俺の体全体を引っ張りくっついてきた。こいつ手どころか体全体の体温が低いな、俺の両手を自身の両手で包みこむと、楽しそうに笑う。何がいーよ、だ。こっちは全然いくないんだよ。やっぱホモか。

「あー、ぬくいー」
「離せっつの! 何お前マジでホモ!?」
「違いますーおやすみぃ」
「寝るな!」

 笑ってはいるが、足は俺の足に絡み付いてくるし、両手は握られてるし、顎は俺の肩の上に置かれている。万一こんなところ知り合いにでも見られたら、俺は確実にソッチ系の人に見られてしまうだろう。
 もうさっさと蹴り飛ばしてやろうか、と思ったところで今度は尻を撫でられた。指が隙間に入ってきたところでぞわっと鳥肌が立ち、そのまま渦見を布団から蹴り出した。
 ごろごろと布団から転がっていく渦見。そのまま壁にぶつかった。

「あう」
「おっ……、おまっ、お……」
「……痛いよ笠原あ」
「知らねえよ馬鹿! おまっ……きしょいことすんなっ!」
「手ぇ握るくらいいいじゃない、ケチーケチーああ寒いよー」
「手だけならまだしもケツ狙うとかホンモノか……って、あれ?」

 そういや、渦見は俺の両手を自分の両手で包み込んでた。言っててキモイけど、それは確かな事実だ。
 じゃあ、俺の尻を触ったのは誰の手だ?

 そう考えた瞬間、暗闇からチッという舌打ちが聞こえてきた。俺のすぐ後ろだ。
 この部屋はボロくて、狭くて、誰かが隠れるようなスペースなんてどこにもない。まして、俺の後ろは壁しかない。慌てて振り返るが、もちろんそこに人の姿なんてなかった。

「………………今の舌打ちって、渦見?」

 ギギギと首の位置を戻しながら一縷の望みをかけて問うが、渦見は薄気味悪い笑みを浮かべているだけだった。
 その時、また俺の背後から声が聞こえた。

 『イチャついてんじゃねーよ』

「うわあ!?」
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 空耳じゃない、確かに人の声だ。そしてその声は渦見ではなく、もっと低い、男の声だった。声を発した人物の姿はない。俺の後ろは壁で、その壁の向こうは外だ。
 四つん這いで戻ってきた渦見は笑いながら布団に入り込んでくる。混乱しながら、渦見の胸倉を引っ張ると、嬉しそうにまた笑んだ。

「おい、今のなんだよ!」
「さーあ、ジェラシーじゃない? あひゃっ」
「はぁあ?」
「ひひっ……、手握ってもいい?」

 駄目だ、とは言わなかった。
 別に怖いわけじゃない、ただこいつの手を握ってたら、また何か手が伸びてきたときすぐ渦見じゃないってわかるかもしれないと思っただけだ。
 そう、俺は断じて怖いわけじゃないんだ。

「俺たち付き合ってるみたいに見えたんじゃない? なーんて、あひゃっ」
「………………」

 その発言は無視して、目を瞑った。
 冷静に考えたら、イチャついてんじゃねーよってどういうことだよ。イチャついてねーよ、喧嘩寸前だよ。

 もの申すぞ、幽霊!

 妙な敵意を抱いてきたそいつに対して、俺は心の中で叫んだ。


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