ツイッター


「昼ご飯なう」

 食堂で飯を食っていると、隣から写メールの音と共に妙な呟きが聞こえた。
 横を向けば、よく俺と同じ講義を取っている男がニマニマしながら昼飯を携帯で撮っていた。長く鬱陶しい黒髪をかきあげながら、猫背気味に携帯を構えている。
 飯も食べずに何をやっているのだろう、そんなに珍しいランチなのだろうかと、こっそり奴が撮っている昼飯を覗いてみると、なんてことはない、普通のAランチだ。
 こっちは一番安い素うどんだっていうのに。
 すると、俺としてはこっそり見ているつもりだったのだけど、どうやら向こうからしてみればジロジロ見られているように感じたらしい。
 男は携帯を閉じると、俺を不審者を見る目つきで見てきた。

「……何?」
「あ、いや、なんで写真撮ってんのかと思って……」
「ツイッターだよツイッター、笠原君知らないの?」
「ツイッター? ていうか俺の名前知ってるの?」
「そりゃ、有名だし」

 それは新事実だ。
 埋没するタイプだと思っていたけれど、どうやら俺は知らずに人を引き寄せるオーラを発生させるモテ男だったのかもしれない、だとすると彼女が出来るのも時間の問題だな。
 いや、今は彼女より金の方が欲しいけど、なんて考えていたら、隣の男が予想外の言葉を続けた。

「渦見君といつもつるんでるだろ」
「…………ああ、そういうこと」

  成程、確かに渦見はこの大学内じゃ知らない奴はいないほどの変人だし、俺と会うまではいつも一人でふらふらしてたからな、今でもふらふらしてるけど。で も、そうか、最近奴と一緒にいたせいか、俺は構内で有名になっているらしい。目立つ要素は幽霊に憑かれやすいという以外特にない俺が有名だなんて、おかし いと思ったよ。
 なるほど、納得。……でもなんか釈然とない。俺はあいつのオマケか。

「何むっとしてんの? 僕何か悪いこといった?」
「別に、ていうかツイッターって何」
「うわ、マジで知らないの? 有り得ないよ、君。今まで何してきたの?」

 男(そういえば名前聞いてない)は呆れたような眼差しを俺に投げかけ、そのままツイッターとやらについて説明してくる。どうでもいいけど、酷い言われようだ。俺の今までの人生を否定したなこいつ。
 ツイッターというのはどうやらインターネット上に無料で発言を流せるサービスらしく、そこからコミュニケーションを図ることが可能らしい。自分の呟きを発表したり、フォローというものをして呟きを共有したり出来るらしいが良くわからん。
 楽しそうに語る男だが、俺には何が面白いのかさっぱり理解できない。発言を残してどうするんだろう。楽しいのか? それ。
 第一俺の部屋にインターネットはない。

「携帯からでも出来るんだよ」
「へー」
「芸能人とかもやってるからさ、それフォローしたらちょっと近づける感じになるじゃん?」
「そうなの?」
「そうなの、でさ、今あることを呟くの。ツイートっつってさ」
「よくわかんねえ」
「チッ、もういいや……。ご飯冷めちゃうし」

 舌打ちしたよこいつ……。
 確かに、あんだけ説明してくれたのに、結局やらないじゃ時間の無駄かもしれないけど。舌打ちはなくね。
 つか、俺の携帯パケット定額プランとか入ってないから、そんなのやれないんだけど。やる気もないし。
 すっかり冷めてしまった素うどんを啜りながら、相変わらず「なう」等と呟きながら携帯を弄っているその姿は、ちょっと異質に見えた。別にそれ、現実で同じこと呟かなくてもいいんじゃないか。渦見も変人だけど、こいつもちょっとアレだな。
 危ない人だな。関わらないようにしよう。

***


 それから一週間程立ったある日のことだ。
 相変わらずの昼飯時、食堂で素うどん(250円)を啜っていると、以前隣で写メを撮っていた男が偶然にも再び横に座ってきた。今日は渦見も珍しく学食に来ていて、周りの奴らは遠巻きに俺達を見ていた。
 しかしそいつは、やはり、以前と変わらず携帯を操作しながら何か呟いている。俺達には見向きもしない。どうやらツイッターとやらは未だ飽きることなくやっているらしい。そんなに楽しいのか……。

「笠原ぁ? うどん伸びちゃうよー」
「おお……って食うな渦見、お前自分のあるだろーが」
「あひゃっ、もう食べ終わっちゃった」
「早っ、俺の貴重な食料盗んなボケ」

 ちょっと興味をそそられてぼんやりそいつを見ていると、横から渦見が図々しく手を伸ばしてきたので、ばしりと払う。油断も隙もあったもんじゃない。

「何見てんの?」
「いや……ツイッター男が……」
「ツイッター?」
「あ、お前知らないだろ。ツイッターってのは」
「呟きアプリみたいなもんだよね、知ってるよ」
「マジか……」

  俺は知らなかったのに渦見は知ってるなんて、ここ最近で一番ショックだ。すると、隣の奴がまたもや何かを呟いた。黒ブチの眼鏡を押し上げながらにやにや笑 うその男の姿は、やはりちょっと異質だ。誰とも話さず、一人で黙々と呟くよりも他にすることがあるだろう。ネット上の相手よりも、現実にいる相手と話せば いいのに。

「これから講義なう……」
「……なあ、それまだやってんの?」
「@xxxxx それ有り得なくねぇっと……うわっ、なんだよ笠原君……と渦見君もいたの」

 興味本位で話しかけると、あからさまに迷惑そうな顔をして、そいつは携帯を打つ手を止めた。
 なんだか、以前会った時よりも痩せたような気がする、前会った時は、ちょっと暗めな感じはしたけど、それでも普通の青年だったのに。今は目がギラついて、頬もこけ、目の下に隈が出来ているし、やつれている。心なしか妙に声も掠れているようだ。

「えーっと、……それ楽しい?」
「楽しいとかじゃなくて、これはやらなくちゃいけないんだよ。輪から外れたくないだろ?」
「? 何それどういう……」

 意味だ、と問いかけようとすると、渦見が俺の肩に顎を乗せながらそいつへ、にこやかに挨拶をした。珍しいこともあるもんだ。

「やぁこんにちはー、田中君、ツイッターやってるんだってー?」
「……宇都宮だよ、用がないなら話しかけないでくれる? 今、呟き返すのに忙しいんだ」

 ぷい、と宇都宮は顔を逸らし、また携帯を弄り始める。こいつ、もしかして何かに憑かれてるのかな。だから渦見もこいつを構うのかもしれない。そこまで考えて、俺は頭を振った。馬鹿か俺は、そんな簡単に憑かれてたまるか。

「あひゃひゃ、そんなに忙しいのー?」
「そうだよ、わかったら……」
「じゃあその忙しい元無くしたらどうなる?」
「え」

 あ、という暇もなく、宇都宮の携帯は渦見に取り上げられ、気づけば俺の素うどんの中に落ちていた。

 ちょ、おまっ! まだ食ってる最中だったのに何してくれてんだよ!
 文句の一つも言おうと立ち上がった時、食堂に絶叫とも呼べる叫びが響いた。

「ぎゃああああああああああああああああああああっ!!」

 劈くようなその声に、思わず耳を押さえる。ビリビリと肌に刺さるような叫び声に、周りの学生達の、驚いたような視線が俺たちへと集中した。

「う わああああああああああああああ!! なんてことすんだ! なんてことすんだ! これじゃあ呟けない! フォロバできないし、リプライも出来ない、どうし ようどうしようどうしよう……あっ、そうだ、パソコンルームに行って……! いや、でも今の時間は……ああ、どうしよう」

 ガタガタと、面白いくらいに震える宇都宮、その姿は異質と言うよりも、最早異常だ。
 携帯が駄目になったら俺だって普通にブチ切れるし、宇都宮は渦見を殴ってもいいと思うが、今の姿は、まるで何かに怯えているようだった。うどんの中に落ちた携帯を取り上げ、宇都宮は何度も電源ボタンを泣きながら押している。
 渦見は何も考えていないのか、一人ヘラヘラと笑っていた。
 周りにいる奴らが野次馬根性で此方を遠巻きに見てきて居た堪れない気分が俺を包む。ああやだ、逃げたい。

「早く、早く呟かないと……早く早く早く……」
「なあ、宇都宮……」
「早く早く早く早く……」
「もうそれ壊れてんだから捨てちゃえばぁ? あひゃひゃっ」
「渦見!」

 流石に空気の読めないその発言を俺はたしなめたが、今更もう遅い。渦見のその言葉に、殺意の篭った眼差しを向けると、宇都宮は奴の顔を目掛け、血走った瞳で叫んだ。まるで何かに取り憑かれたように、猛ダッシュでこちらへ突進してくる。

「うずみうずみうずみうずみ……あ、あ、ああ、あ、こ、殺すなああああああああああううううううううううううううううう!」
「……お前なんかじゃ無理にきまってんじゃんっ、あひゃっ!」

 掴みかかった腕を捻り上げ、渦見はそのまま宇都宮を蹴り飛ばした。壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなり、鈍い音と共に宇都宮は崩れ落ちる。…………おい、今何が起こったんだ。大丈夫か? これ?
 一瞬の静寂の後、すぐに周りの学生達が騒ぎ出し、食堂内は大騒ぎになった。しかし、俺はぐったりしている宇都宮を見ても、相変わらず何も考えていないような顔で立っている、そんな渦見が、ここにいる誰よりも異常に見えた。





 それから、宇都宮は体調不良により入院を余儀なくされたらしい。
  どうやらツイッターに夢中でしばらく碌に寝ておらず、食べていなかったとのことだ。蹴られたのは災難としか言い様がないが、入院はもしかしたら宇都宮に とって良いことだったのかも、と俺は密かに思うようになっていた。あのままツイッターを続けていたら、きっと宇都宮は遅かれ早かれ体を壊していた。
 ここ最近、まともな生活をしていなかったらしいし。結果的にはよかったんだと思う。そう思わないとやってられない。
 原因を作った渦見はといえば、相変わらず何も言わず、虫捕り網を振り回しながら、俺の部屋でごろごろと転がっていた。
 あの一連の流れで悪いのはどう考えても全部渦見なのに、なんでこうも悪びれなくいられるんだこいつ。

「なぁ渦見……」
「んー?」
「宇都宮があんな風になったのって、霊とか関係あるの?」
「うつのみや? 誰? それ」
「………………」

 覚えてないのかよ。お前あいつに謝らなくちゃいけないことしてたと思うんだけど。

「ツイッターやってたやつ」
「ああ、ああいうのはねえ、はまっちゃうと、抜け出せなくなるんだよ。別に幽霊は関係ない……ただ」
「ただ?」
「はまって、自分が異常だってことに気づけなくなる、一種の呪いだよねえ、笠原も気をつけなよ? あひゃっ、はまるとお前も抜け出せなくなっちゃいそうだから、なうなーう」
「なうなううるせえ、俺はインターネット出来ねえからはまらねえよ」
「ひひっ………ツイッターだけの話じゃないよ、中毒性が強いものは、はまるとこわいからさあ」
「なんだそれ……」
「そういうのは、何処にでも転がっているんだ。それがいい方に転べばいいけど、悪い方に転べば……」

 そこまで言って、渦見はうつ伏せになり黙った。

「おい、渦見?」
「……お腹減った」
「飯はないぞ」
「いいよ、俺買って来たから、コロッケパン」
「俺のは?」
「ないよ〜」
「あっそ」

 もうすでに渦見の中で今の話は終わったようだ。いつものように笑いながら、パンを頬張っている。
 宇都宮は、果たして止められたんだろうか。はまったら怖いという、中毒から抜け出せたのだろうか。
 寝転がる渦見の横で、狂気じみた悲鳴を上げた宇都宮を思い出し、少しだけ肝が冷えた。


















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