髪の毛




 最近、俺の近くには常に女がいる。
 といっても、残念ながら俺が超モテモテでハーレム状態とか、そういった類のことではない。

 値段の安さに飛びついたのが悪かったのか、それともただ単に俺の運が悪かったのか、どうやら俺が住むボロアパートは良くない物件だったらしい。良くないというのは、いわゆる「いわくつき物件」だ。ラップ音や金縛りなんて日常茶飯事。
 それでもまぁなんとかなるだろうと暮らしていたのだけど、最近部屋に長い女の髪の毛が落ちていることが多くなった。いや、多いなんてものじゃなく、気が付けば足に絡まっているなんてこともしばしば。普通に気持ち悪い。
 もちろん俺に髪の長い、もとい彼女なんてものは居ないのだから、これは誰の髪の毛なのかなんてわからない。言ってて悲しくなる事実だけど、彼女なんていたらいたで金がかかる。

 しかし、女がいないとなると、コレは一体誰のもの?
 さて、誰のものでしょうねえ。
 更に性質の悪いことにその髪は俺の行く先々に落ちていた。友人はストーカーじゃないの? と気味悪そうに言ってくるけれど、渦見曰く、どうやら俺は憑かれているらしい。

「笠原って憑かれやすいもんさあ」

 なんて毎度毎度、事も無げに言ってきやがる。
 しかし、俺自身に霊感なんてものがないため実感が沸かず、今日も暢気に部屋で二人レポートに精を出していた。といっても、レポートをやっているのは俺だけで、渦見は部屋にある扇風機を分解して遊んでいるだけ……っておいやめろ。夏場どうするんだよ。

「お前それ弁償しろよ」
「だって暇なんだもーん」
「もーんじゃねえよ、もーんじゃ」

 間延びした声で、トレードマークのような虫捕り網をぶんぶん振り回して、渦見が言った。
 金に近いキャラメル色の髪をふらふらと左右に揺らすと、分解し終わった扇風機を俺に差し出してきた。いらねーし。買って返せよ。

「それにしても笠原は馬鹿だねえ」
「ああ? っつーかその台詞誰に言われてもお前にだけは言われたくねーよ」
「よくもまぁそんな状態で、何事もなく暮らしてられると思ってさー」
「……だって俺、お前みたいに見えないし」
「見えなくても、フツーは嫌がるよおー、あひゃひゃ、なんか最近変わったことなぁい?」
「別に、いつも通り寝苦しいくらい。あとお前がフツーとか言うと、違和感ある」

 何せこいつ自身が"フツー"じゃないのだから。
 にやにやと笑う目の前の男、渦見終夜は大学きっての変人だ。正直俺もあの出来事がなければこいつと関わることなんて一生なかっただろうし、関わろうともしなかったのではないかと思う。
  渦見は整った顔立ちと、その顔立ちを全て台無しにするような言動と出で立ちで、畳みの上に寝転がっている。その視線はどこを見ているのかわからず、右に入ったり、左に来たり。俺はやがて追うのをやめた。

「渦見、もうすぐ九時になるけど、今日泊まってくの?」
「ん〜、そうだなあ、笠原は心配だけど、どーしよっかなー」
「心配? なにが?」
「ひひっ……」

  俺の問いには答えず、薄気味悪い笑みを向けてくるだけだった。いつもこうだ。正直、幽霊なんかよりもこいつの方がよっぽど怖い。幽霊なんて俺には見えない し、滅多に手を出してこないけど、こいつはいつだって近くにいて、意図がわからない行動をしてくるから、正直、不気味だ。

「言っておくけど、飯は出ないぞ」
「いーよぉ、俺、サンドイッチ買ってきたから! 卵とハム!」
「マジかよ、俺にもくれ」
「だめ〜」
「ケチ」

 ケラケラと笑いながら、何が楽しいのか、ごろごろんと畳みの上を転がっていく。壁が薄い安アパートなんだから、あんまり音を立てないで欲しい、ご近所に迷惑がかかって、そしてそのしわ寄せが全部俺にくる。

「はー、じゃあ俺なんか買ってくるわ」
「いってらー」
「……意地でもわけてくれねーのかよ。俺は部屋を提供してんだぞ」
「あっひゃ、ダメダメ、これは俺の、俺の、俺のー」

 サンドイッチを頬張りながら、渦見は俺の方なんて見ずに言った。
 全く譲る気なんてないらしい。金のない貧乏学生に少しくらい譲ってくれてもいいだろうに。そもそも渦見に温情を求めたのが間違いだったのだろう。
  俺はポケットに財布と携帯を詰め込むとアパートを出て、近くにあるコンビニに向かった。財布の中身は260円、はっきり言って俺は貧乏だ。普段は自炊だっ てしている。だけど、今は材料すら冷蔵庫に入っていないので何も作れない。入ってるのは調味料と冷ご飯、以上。塩かけて食ってもいいけど、それだけだと持 たない。今日はバイト先の賄いをこっそり持って帰ることもできなかったし。コンビニは高いので出来るだけ使いたくないんだけど、仕方ない。今度渦見に思 いっきりたかろう。
 諦めて近くのコンビニへと向かった。


***

 コンビニでパンを買って帰る途中、ポケットに入っていた携帯がけたたましく鳴り響いた。俺、こんな着信音設定してたっけ。すでにそこはアパートの近くだったが、足を止めて、訝しげに携帯を開いた。
 送り主は渦見だった。

「なんだよ、まさかパシリか」

 もう買い物終わっちまったぞ、と思いつつ画面を見ると、メールが一通。メールの中身はごくシンプルだ。
 
 from  渦見 終夜
 title(無し)
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 部屋に入るな


「…………あ? なんだ、これ?」

  部屋に入るなって、そこ俺の部屋なんだけど。入らなかったらどこで暮らせばいいわけ。第一閉め出して何する気だよあいつ。俺はそのメールをガン無視し、階 段を上がり、気にせずアパートの扉に手をかけた。しかし、ドアノブに手を書けた瞬間、中から破裂音にも似た大きな音が響いた。
何かが扉にぶつかるような、金属音。ガン、ガン、と継続的に鳴り響いている。

「……は!?」

 おいおいおい、今中ですんげー音したぞ。中で何してんだあいつ! 慌ててドアノブを捻ろうとしたが、ガチャガチャと音がするだけで、開かない。渦見の奴、中から鍵をかけやがったな、俺の部屋を乗っ取りでもするつもりかよ。っていうかボロいんだからそんなに叩くな!

「おい、渦見、あけろ! お前何してんだ!」

 ドンドンと扉を叩くが、返事はなく、結局、俺はその場で五分程立ち呆けることになった。その間も、部屋の中からは叩きつけるような音が聞こえてくる。
  さっさと管理人を呼んで鍵でも開けてもらえばよかったのかもしれないが、渦見の行動はわけがわからず、俺が恥をかく可能性もあった。それに、俺としては ちょっと信じられない話だが、渦見は霊感が強い。もしかしたら、中で何かトラブルがあったのかもしれない。あと一分待って開かなかったら、管理人を呼ぼ う。そう思った瞬間、唐突に部屋の扉が開いた。
 中からは渦見がきょとんとした顔で出迎えてくる。

「何やってんの笠原?」
「何やってるって渦見……お前な……、人のこと締め出して、そっちこそ何やってたわけ?」
「締め出し?」
「鍵、閉めてただろうが」
「鍵ぃ?」
「かけてただろ」
「笠原がかけていったんじゃないの? 俺かけてないよ」
「は? 俺だってかけてねえよ」

 どうにも噛みあわない会話が無意味に続く。
 渦見はかけてないと言うけれど、さっきはどうやっても開かなかった。しかし、渦見は心底不思議そうな顔で俺を見てくる。お互い黙り込んでしまうと、突然、間を裂くように、渦見が笑った。
 俺をじろじろと見ると、どこか合点が言ったという表情だった。

「……あーあ、成程………………あひゃひゃ」
「……何が可笑しいんだよ」
「笠原って本当馬鹿」

 何がだこの野郎。理由もなく嘲笑され、俺は眉を吊り上げた。

「喧嘩売ってんのかおま……」
「お前憑かれやすいんだから、気をつけろって言ってんのに」
「……あ?」
「肩、かーた」

 肩? と視線を肩へ移せば、いつついたのだろう、長い髪の毛がべったりとくっついていた。

「うっ、わ!?」

 慌てて髪を払い落とすと、堪えきれないといったように渦見が笑う。妙に湿った肩がなんだか気味悪い。

「っ〜〜……!?」
「あひゃひゃっひゃっひゃ! マジビビリー!」
「お、お前の仕業か!?」
「まさかあ、俺、そんなに暇じゃないよー」

 俺の家でゴロゴロしてる程度には暇なくせに。

「……つか大体渦見、お前が変なメール送ってくるから!」
「メールゥ?」

 そこで、渦見はまたにぃっと嫌な感じの笑みを浮かべると、持っていた虫捕り網で俺の頭を捕らえてきた。

「なんっ……?」
「ほんっと、笠原は馬鹿だなーあ。俺がいないと駄目なんだから」
「はぁ?」
「忘れちゃったの?」

 そこで、一旦間をおいて、にやりと口を歪めながら、渦見は今度こそ有りえないことを言い出した。

「俺、携帯なんて持ってないよ」

 翌日、俺は朝一でお祓いにいった。
 ちなみに、あまり効き目はなかった。

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