ひみつのはなし

【樋渡 悟(ひわたり さとる)の証言】


 二年の時にクラスで起こった話?
 ……それ、話さなくちゃ駄目なの、できれば、もう思い出したくないんだけど、なんで今更話さなくちゃいけないの?
 新聞部の取材? へえ、悪趣味だね、死ね。
 …………。
 ………………。
 ……ごめん、嘘だ。本当は死ねなんて全然思ってない。むしろ、話しかけてもらえて、ちょっと嬉しかったよ。あんまり、友達いないから。
 うん……僕、いつもこうなんだ、本当はこんなこと言いたくないのに、ひねくれた事ばっかりいって。そりゃ、できないよな。
 だから、あの時も、誰にも信じてもらえなかったのかな。

 あのさ…………その取材って、校内に公表されるの?
 されない? じゃあなんの為に取材なんてしてるの。
 個人的趣味って何それ、悪趣味すぎるよ、君。過去の話掘り返しても、誰も得しないのに。
 …………。
 ………………。
 まあ、いいや。誰も信じてくれなかったし、話すくらいなら、いいよ。
 ……何、その顔、気持ち悪いからこっち見るなよ。
 あ……いや、別に心の底から思ってるわけじゃない。うん、ごめん……あ、謝らないでよ、別に本心じゃないから……。

 はあ。
 じゃあ、話すけど、二年の時のあれだよね。君は隣のクラスだったけど、噂くらいは耳に入ってたんでしょ。
 あの時、隣のクラスの人たちも見に来てたし。むしろ、知らない人がいないんじゃないかってくらい、学年では有名だったしね。

 二年B組は、確かに二年生ではかなり仲良しなクラスだったと思うよ。なんていうんだろう、まとまりがあるっていうの?
 何をするにも一丸となって取り組むようなクラスで、仲間外れとかもなかったし、僕みたいな生徒もまあ……いじめられたりはしなかった。
 う、何だよその顔、いじめられると思ってた?
 ……いや、うん、馴染めなかったけど、いじめられてはいなかったよ。
 別に、いじめられたいわけじゃないけど。
 あんまり、いい性格でもないことくらいわかってるよ。直したいけど、うまくいえないし、緊張しちゃって、言葉が先に出ちゃうっていうか、それなら一人の方が楽かなって、……いや、僕の話はいいよ。
 それより、あの事件のことでしょ。

 君も多分知ってると思うけど、二年B組の中心グループは、男女混合のグループだった。これは学年でも有名な奴らだったね。
 宇田と、香山さんと、水川さんと、矢神くん。B組のトップグループだったよ。いや、B組だけじゃなく、学内でも華やかなグループだった。
 宇田はスポーツが良くできて、誰とでもすぐに仲良くなるし、矢神君は成績学年トップ。香山さんはモデルとかもやってたし、水川さんも矢神くんに負けない才女で、美人だった。
 学祭も、この四人が結構中心になって文化祭も進めてたし、誰もそのことに疑問を抱かなかったよ。
 むしろ、そうなるのが当たり前みたいに動いてた。

 当日には、黒板に「2ーB最高! 絶対成功させるぞ〜!」とか書いてあったりして。

 ああ、そういえば……あれ、誰が書いたんだろうね。
 まあ四人のうちの誰かだとは思うけど、いや、ほかの生徒かな? でも、あれが書いてあってもなくても、何も変わらなかったから、どうでもいいか。
 その後のことは、なんとなく噂で聞いたでしょ。
 あ、あの時あそこにいたんだ?
 うん、そうだね。…………ひどかった。

 黒板に書かれていた悪口、覚えてる?
 へえ、すでに書かれた悪口一覧なんて持ってるんだ、どっから手に入れたの? 変わってるって言うか、性格悪いね。……そんな顔しないでよ、悪趣味なことは否定できないでしょ。
 
 ……ああ、そうそう、こういうの、書かれてたよね。
 『山野は援交しているクソビッチ、親の金を盗んでいる』
 『藤沢は三股中、伊藤の事を陰でdisりまくり』
 『戸田はブサイクのくせに見栄っ張りで笑える』
 …………。
 まあ、2ーB生徒全員の悪口が書いてあったよ、しかも、「最高」って文字を塗りつぶすみたいに、一面に。
 僕の悪口を除いて。

 ……今でもわからないんだ。どうして、僕のだけ書いてなかったのか。僕なんて、悪口書かれる部分たくさんあるのに。
 その時は宇田が冗談みたいに流して黒板の文字を消したけど、それから、2ーBは前みたいな、仲良しクラスじゃなくなった。
 知ってるでしょ、君も。
 ほら、これ、まだ痕残ってる。
 ……宇田は僕をかばってくれたけど、実質クラスで一番人気があったのは宇田だからさ、なぜか反感が僕の方にきたんだよね。
 それで……まあ、あんな感じになって、結局水川さんがいなくなるまで、続いて。
 今はもう、あの話をする人なんていないよ。タブーみたいになってるから。
 ……え? 誰が黒板に悪口を書いたのかって?
 …………。誰も信じてくれなかったけど、僕じゃないよ。
 確かに、僕は一人だったけど、クラス全員が容疑者だった。それを、僕一人犯人に仕立てあげられた。
 誰にって、……誰だろうね。僕は、あのクラス全員かなって思ってるけど、もういいんだ。別に。終わったことだから。むしろ、もう、終わりにしたい。思い出したくもない。
 僕の話はこれで終わり、もういくよ。
 え、どこに行くのかって……友達と一緒に帰る約束してるから。
 何その顔、馬鹿にしてる? 友達くらいいるよ。
 ていうか……、一人しかいな……う、いいだろ別に……、一人でもいるならマシだし。じゃあね。

 …………。
 ……ああ、そうだ。
 君も、あんまりこのこと、調べない方がいいと思うよ。
 何があっても知らないから。



【香山 梨花(かやま りか)の証言】


 はぁ? いきなり来たと思ったらなに?
 超無神経じゃない? あの事件のことは、もううちの中で忘れたいものだし、聞いて欲しくもないんだけど。
 新聞部の取材とか超胡散臭いし、うちこれから仕事なんだってば。そう、モデルの。
 なに? 可愛いって、そんなの言われなれてるから知ってるっつーの。
 あっ、なにその顔〜、うっわむかつくー。
 ……ってかあんた良く見たらイケメンじゃない? この学校の生徒だっけ?
 まあいいけど、じゃああれ奢ってよ。
 そ、新発売のフローズンヨーグルトラズベリー。あれ、うち好きなんだ。
 そしたら、少しくらい話してあげるよ。恋バナとか? あははっ、なーんて、うっそー。


 あー、美味しかった。やっぱこれ最高に美味しー。じゃあね、奢ってくれてありがと、ばいばーい。

 ……ああ、話? はいはい、別に忘れてたわけじゃないってば、忘れたかったけど。
 …………。
 あーもー!
 るっさいなあ、今話すっつってんでしょ!?
 ……て言っても、話すことなんて、何もないけど。

 だって、気がついたら黒板に悪口が書かれてて、それからぎくしゃくして、誰も口にしなくなったってだけだし。誰が書いたかなんて、うちが知るわけないじゃん。
 それに、アリサともあれで喧嘩しちゃったし……。

 え? うん、アリサ。水川アリサね。もう引っ越しちゃったから、この学校にはいないよ。
 
 ……はいはい、正しく言えばいいんでしょ。
 自殺したから、もうこの学校にはいない。
 ……ってか、ひどくない? うちら友達だったんだよ? こういうこと女の子に言わせる男って、マジないと思うんだけど。
 何で自殺したかって?
 そんなの、知らないし。知ってたとしてもあんたには教えないし。
 うちだって、アリサが死んでびっくりしたもん。
 なんにも、……教えてくれなかったから……。

 …………。
 はあ、もういいでしょ、ガチであんまり思い出したくないんだってば。
 他の子たちがなんて言ってるか知らないけど、うちら、本当に友達だったんだから。少なくとも、うちはそう思ってた。

 は? なに、あの黒板の悪口?
 誰が書いたかって? 知らないけど、樋渡じゃないの?
 いかにも書きそうな顔してるし、隼人がかばってたけど、皆あいつが犯人だって思ってる。
 だって、それ以外の誰がやるの? あいつ、嫌われてたしね。

 アリサは違うって言ってたけど、うちは絶対そうだと思うよ。
 元々黒板に書かれてた、最高の文字は誰が書いたかって? うちじゃないけど、慎一郎はそういうキャラじゃないし、隼人じゃないの?
 隼人、2ーBのことが大好きだったから。
 それより、あんまり聞いて回んない方がいいよ。これから隼人と慎一郎のところいく気?
 やめといたほうがいいと思うけど。


【矢神 慎一郎(やがみ しんいちろう)の証言】


 帰ってくれ。
 あの事件の事は、話したくないんだ。というか、もう思い出したくもない。忌々しい。
 僕たち"仲良し"グループも、結局あの事件のせいでばらばらになってしまったし、アリサも死んだ。誰もあのことを口に出そうとしない。
 わかるだろ? もう掘り返さない方がいいんだよ。それに、君みたいな部外者が、どうして口を挟もうとするんだ? もういいだろう、終わったことなんだから。
 今さらアリサが生き返るってこともない。
 帰ってくれ。話すことはなにもないんだ。調べようとするな、掘り起こすな。



 ………………。
 …………、いつまで、そこに立っているんだ?
 僕は、邪魔だから帰れと君に言ったんだ。
 それに、話すことなんて何もない。僕は何も知らない。
 あれを、誰が書いたのかも、なぜ、アリサが死んだのかも。
 ……本当だ。
 どうして僕が嘘をつく必要がある。本当に仲が良かったのかって?
 ……よかったよ。当然だ。
 仲良しグループなんだから、仲が良かったに決まっているだろう? だからいつも四人で一緒にいたし、僕に釣りあうのは彼らくらいだと思ったんだ。
 友達は選べと、昔から言われていたしね。
 隼人も、梨花も、アリサも、一緒にいて楽しかったよ。
 だから、あの黒板の悪口を見たときは、僕らのグループに嫉妬した誰かの犯行だと思ったんだ。

 君も、そのどこから手に入れたのかわからないメモを持っているなら知っているだろう。僕らへの悪口が、一番大きく書かれていた。
 ああ、別に言わなくてもいい、思い出したくないんだ。
 何度も言わせるなよ。思い出したくない。

 ……あの罵詈雑言を書いたのは、樋渡ということになったね。少なくとも、B組では、そういう回答で落ち着いた。
 けれど、僕は違うと思うんだ。
 どうしてかって? どうしてだろうな。一つもやもやと引っかかるものがあって、それがどうしても解けない。
 ……君に言ってもわからないよ。

 2‐B最高という文字を誰が書いたのかって? 少なくとも、僕じゃない。梨花じゃないのか? 
 前に、書いたって言っていた気がするからな。

 それより君は、これから隼人のところにいくつもりか?
 隼人は、君に何も教えてくれないよ。僕らにすら教えてくれなかった。梨花にも、アリサにもだ。
 だから、隼人は永遠に独りぼっちなんだよ。まったく、……これだから馬鹿は嫌いなんだ。

 ……? なんだ、その顔。イメージと違う?
 他人が勝手に創り、築き上げた僕のイメージなんて知るか。
 アリサだって、きっとそう思っていたよ。
 さあ、今度こそ帰ってくれ。
 僕は勉強しなければいけない、君とのくだらない雑談につきあってる暇なんてないんだ。帰れ。

 …………。
 最後に、一つだけ教えてあげるよ。
 アリサは、自殺じゃなくて、殺されたんだ。
 誰にって?
 さあ、誰だろうな。

 もう、ここには来るなよ。僕は、もう誰かと仲良しごっこをするのは、ごめんだ。



【宇田 隼人(うだ はやと)の証言】


 あ、何? 新聞部ってお前?
 梨花からメールあったよ。
 俺にも話聞きたいって? んー……まあ、いいよ。
 あいつ来るまで暇だし。

 つっても俺、なんもわかんねーけど、はは、だって、結局何も解決しないまま、誰も口に出さなくなっちゃったじゃん。そりゃわかんねーって。
 
 あー……でもさあ、結局いい感じだったクラスがばらばらになっちゃったのって、あれのせいだった感あるよなあ。そう考えるとマジ腹立つっつーの? ふざけんなよって感じだわ。
 だってさー、俺、2‐B好きだったし。あのときのクラスが一番楽しかったよ。梨花も、慎一郎も、アリサもいたし。
 まー、もう終わったことだし、悔やんだって仕方ねーんだけどさ。

 え? あの悪口、誰が書いたかって?
 そんなん、俺が知るわけなくね? つか、知ってたら怒ってるっつの。ぶちきれんよ。ざけんなってさ!
 は? 犯人が悟だって? いや、悟はそんなことしねーよ。
 だってあいつ、なんつーの、一昔流行ったあれ、ツンデレ、だっけ? ああいう類のやつじゃん。
 他の奴らはあんまり知らないかもしれないけど、素直じゃないだけなんだよ、話してみると、結構楽しいし、割と癒されるって、マジで。
 え? 2‐B最高の字を誰が書いたかって? それ聞いてどうすんの?

 …………、まあいっけど、確かアリサだったと思うよ。俺じゃなかったことは確か。
 意外? ……そうだな、アリサ、そういうことするキャラじゃなかったもんな。でもさあ、アリサは、そういう自分が嫌いだって言ってたんだよ。
 変わりたいって、言ってた。梨花には話してなかったみたいだけど。ぶっちゃけ、女同士の友情は、俺にはよくわかんねーから。

 ……アリサが自殺した理由?
 それ、さすがに聞くの悪趣味じゃね? いや、今のこの取材もかなり悪趣味だけど。
 そもそもこの取材だって、お前の興味本位なわけだろ? お前、なんでこんなこと聞いて回ってんの? なーんか企んでる? なあ、あんまり、変なことすんなよ?
 何があっても知らないよ?

 …………。
 ………………。
 まあ、いいけどさあ。別に、もうどうしようもないわけだし。
 アリサなあ、ほんとは、慎一郎のことが好きだったんだよ。
 ん? 慎一郎が、アリサは自殺じゃなくて殺されたって言ってたって? 
 ……ハハ、何それ笑える。じゃあ、犯人は慎一郎ってことになるのかな。
 
 ……なーんつって。うそうそ! はは、おいお前、この話、信じる? 信じない? どっちでもいいけどな。
 アリサって、美人で頭よくて強いイメージだったろ? でも、俺が知るアリサはメンタルは結構弱かったっつーか、割と泣き虫だったよ。打たれ弱いというか、なんというか、挫折を知らない? みたいな? 本人は、それが嫌だったみたいだけど。
 クラスの奴らは、知らないだろうな。
 ……まあ、死んだ人間のこと、今更言っても仕方ねえけど、これ以上掘り返すなよ。アリサだって、きっとそれを望んでるよ。

 じゃあ、俺これから友達と帰るから。
 誰と帰るって? そんなん、別にお前に教える必要ねーじゃん。
 じゃあな。
 

【生徒Aと生徒Bの証言】


 ……あの事件のこと? 聞きたいって? 確かに俺ら元2‐Bだけど。
 え〜……、俺らが言ったって絶対言うなよ?
 なあ? もうクラスもばらばらになったけど、あいつらに聞かれたら怖いっていうか……。
 ばかっ、お前言うなよ!
 あっごめん。……ていうか、今更あの時のこと調べて、なんかあんのかよ? もう思い出したくないっての。なあ?
 そうそう、あの学祭後のクラス内、マジ悲惨だった。全員疑心暗鬼になっちゃって、休み時間とかになっても、誰も喋らねえの。
 今までなかったいじめとかもさあ、結構あったりな。
 あ〜……樋渡な。だって、あれ書いたの樋渡なんだろ?
 でもさあ、あれって、本当に樋渡が書いたんかね?
 ぶっちゃけ、樋渡が知らないような本当のことも書かれてた気がするんだよなあ。
 本当のことだったの?
 マジなことも結構書かれてたじゃん。
 そういえばそうだったかも。
 俺も本当のことを……あっと、なんでもない。
 でも、なんかもう樋渡のせいにしちまえ的な空気あったよな。
 あったあった! で、結局樋渡が一人ハブられてた。
 そもそも、誰が一番最初に樋渡が書いたんだって、言い出したんだっけ?
 四人の中の誰かだった気がするけど……。
 香山? 矢神だったか?
 覚えてないなあ、水川さんではなかった気がするけど。
 そうだな、宇田もかばってたし。でも、最初に樋渡の悪口だけ書いてないってことに気付いたのも、宇田じゃなかった?
 そうだっけ……。
 今思うと悪いことしたなって思うけど、でも、俺らも犠牲になんてなりたくなかったっていうかさ……。
 それな〜、誰でも犯人にされるような状況だったし。つーか俺、お前のこと疑ってたもん。だって、俺の悪口、知ってるやつなんてほとんどいなかったはずだしぃ。
 は? それ言ったら、俺も同じこと考えてたよ。俺のあの秘密、誰にも言ってなかったのに、なんであの黒板に書かれてたんだろって。
 おいおい、やめろよ、俺じゃねえよ。
 俺でもねえって!
 ……あー……まあ、こんな感じで、結局次の学年にあがるまでぎくしゃくした空気あったよ。
 ぎくしゃくっつーか、ギスギス?
 樋渡は、いじめられてたけど、宇田がかばってた。
 そいやあいつら、結構仲良くなってたよな。
 そういえばそうかも。つーか、あの四人って実際仲良しグループって言われてたけど、タイプぜんぜんちがったし、本当に仲良かったのかよ? って思ってた。
 俺も俺も、水川さんが自殺した理由だって、あいつら知らないんだろ?
 本当は、ぜんぜん仲良しなんかじゃ、なかったんじゃねえの?
 あ、これ、俺らが言ったって、言わないでね。
 じゃあ、俺らもう帰るから。
 なんつーかあれだよ、もう終わったことなんだから、調べなくてもよくね?
 そうそう、首突っ込むと、碌な事ないよ、なあ?
 なー。



【水川 善之(みずかわ よしゆき)の考察】


 一年前に姉が死んで、一冊の日記が出てきた。
 それは姉の思いを綴った日記だった。
 突然亡くなってしまった姉は、遺書というものすら、残してくれず、ただ僕と家族を置き去りにするようにして、この世を去った。
 学校から帰ると、なんだか家が騒がしくて、両親が慌てたように姉の名前を繰り返していたのを、今でも鮮明に覚えている。
 義之、アリサが、義之、と僕と姉の名を、交互に繰り返し動揺する母親は、僕の前で泣き崩れた。

 病院に行き、遺体を見せてもらった時、僕は初めてこれは夢じゃないだろうか、と思った。
 高い所から落ちた姉の遺体は、醜く潰れていて、ぐちゃぐちゃになっていた。これがあの美しかった姉なのか? 繊細な細い体は、見る影もなく折れ、原型がほとんど残っていなかった。これが、凛として、強くて、綺麗な姉なのか? と信じられなかったのだ。
 姉が何を考えていたのか、僕には全く理解できず、ひょっとすると、姉は、誰かに殺されたのではないだろうか? とすら思った。
 だって、姉が自殺する理由なんて、見つからない。
 そう思った僕は、自分の身元を隠して、姉に近しい人物から話を聞くことにした。


 そして、姉の友人や、周りの人の話を聞いていくうちに、姉の日記に比べると、ずいぶんと矛盾した話ばかりが飛び出してくることに気付いた。
 皆、どこかで嘘をついているのだ。

 僕は姉の日記を捲る。
 白いページに綴られた美しい文字は、姉に似つかわしくない歪んだ内容だった。
 姉は、別に、矢神慎一郎の事を好きだったわけじゃない。
 姉は、香山梨花のことを、親友だとも思っていなかった。
 姉は、宇田隼人のことを恐れていた。
 姉は、2年B組のことなんて、本当は嫌いだったのだ。
 
 ノートに書かれたクラス全員の悪口。
 あの黒板に書いたのは、水川アリサ、姉本人だったんじゃないだろうか。
 どうして、姉がそんなことをしたのかわからない。けれど、そうでないと、説明がつかないこともあるし、そうなるとわからないこともある。
 さらに、日記を捲る。
 ここに書かれているのは、彼らにとって、真実なのだろうか。
 話を聞かれた誰もが、掘り返すなと言っていた。
 それは、知られたくない真実が、あの黒板に書かれていたからなのか?

 『香山梨花は、中学の時、痴漢冤罪でおっさんを一人殺してる』
 『矢神慎一郎は、兄と比べて劣等生、カンニングや万引きをして捕まったこともある』
 『宇田隼人は、女の子を強姦したことがあるクズ』
 『樋渡悟は、義理の母親から虐待を受けていた』

 そして、姉の悪口はここには書かれていない。
 これが姉の書いた日記だと考えれば、当然だ。
 けれど、何故、黒板には、樋渡の名前だけが消えて、姉の悪口が追加されていたのだろう。
 僕は、この日記しか知らないので、姉の悪口がなんて書かれていたのかは知らない。
 自分の名前だけなければ、疑われるから? 樋渡の様に、いじめの的にされたくなかった? ならば、そもそもこんなことをしなければいい。
 それに、どうして樋渡の名前を消したんだろう。
 姉は、樋渡のことが嫌いだったんだろうか。
 この日記には、グループの仲間内に対する不満や、クラスに対する不満、自分に対する自己嫌悪は書かれていても、樋渡個人に対する不満は、特に書かれていない。
 じゃあ、あれを書いたのは、姉ではないのか?
 姉の日記を知る、別の人物なんだろうか。
 一体誰が?

 僕はもう一度、かつての二年B組の教室へ行ってみることにした。
 既に生徒達は帰り、静まり返った教室内に、黒板が夕日に照らされ赤くなっていた。
 右端には、日付変更の欄と、明日の日直の名前が記されている。
 かつて、ここであんな事件があったなんて、信じられない。
 そういえば、結局一番最初に、学祭を成功させる、という文字を書いたのは、誰だったんだろう。
 皆、誰が書いたのか、違う人を指したので、結局わからなかった。
 憎しみで塗りつぶすように書かれた文字を、姉は、どんな気持ちで書いたんだろう。
 ……そもそも、本当に姉が書いたのか? 僕は、何か大きな考え間違いをしているんじゃないだろうか。


 黒板から離れ、窓際へと移動する。
 窓を開けると、涼しい風が入り込んできた。カーテンがはためき、校門付近には、まばらに、帰る生徒が見える。
 その中には、宇田と、樋渡の姿が混じっていた。宇田が、樋渡の肩に手を回し、何やら内緒話でもするように、耳に手を当てていた。
 そういえば、仲が良いと、言っていたっけ。やけに近い距離の二人は、楽しそうに笑っている。
 ……宇田は、どうして樋渡をかばったんだろう。確かに、楽しそうに談笑している姿を見ると仲が良さそうではあるけれど、何か理由が……。

 ――ドン!

「……え?」

 瞬間、背中を思い切り突き飛ばされた。強い衝撃を受け、バランスを保てず、浮いた体が、窓外へと落ちていく。

「あっ……!?」

 伸ばした手は、空を切り、重力に従い、僕の体は下へと落ちる。なんで、なんで……!
 窓の外で笑っている人がいた。あれは…………。


【■■■の■■■■】


「……だから、探るなって、言ったのに」

 窓の下には、重力によって叩きつけられた彼の姿が見えた。人が、集まってくる。
 床に落ちた淡いピンク色の表紙の日記を拾いながら、そう呟くと、びりびりに破り捨てた。






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