水晶トマト


 僕はトマトだ。


 ある日地球に隕石が降ってきて、その隕石が落ちてきた翌日から、地球に住む人々の頭は異形へと変化した。
 ある人はまんま鳥の顔へ。口を開けば流暢に言葉が溢れる所が面白い。鳥だけでなく、動物や、虫の顔、なんて人もいる。

 またある人はヘドロみたいに悪臭を放つ液体、固形状を持たない泡。そしてまたある人はスプーンだとかナイフだとか、そんなものへ変化していった。どうしてそうなったのかはわからないし、何故その頭に変化したのかという謎も解けていない。個人に寄って、変化する頭は違う。しかし、一つだけわかっているのは、今やこの世界に以前の様な人間はいないということだ。

 そして、僕はトマトである。
 真夏の太陽の下、真っ赤に熟れたトマトへと頭部が変化した。

 写真を撮れば顔だけトマト人間がカメラに向かってピースしているのだ。
 隕石が落ちる前の世界だったなら、ある種ネタとして楽しめたのかもしれないけれど、今となっては笑う人なんて特にいない。

 色々な専門家や偉い人、お医者さんがてんやわんやになり、騒ぎまくっていたけれど、結局この頭部の異形化は治らなかった。
 落ちた隕石を調べても、何もわからない。わからないまま、時間だけが過ぎていく。

 その間に、世間もどんどん変わっていく。
 変化した頭部に耐えきれず自殺した人もいれば、今までの醜い容姿から抜け出せて喜ぶ人もいた。
 しかし、時間が経つにつれ、皆なんとなく悟ってしまうのだ。
 この頭部は戻らないと。戻る兆しも見えず、ある日また突然元に戻るかも、と考えても、この頭の日々は続いていく。
 昔いた「人間の顔」をした人間は一人もいなくなったのだ。

 そして、頭部が変わった以外に生活の変化はなく、やがて人々はいつもの生活へと戻っていった。

 人間は順応力に優れている、散々騒ぎ立てていたマスコミも、今では変化した異形の頭をどうファッショナブルにもてはやすかばかり考えている。
 専門家(なんの専門かはわからないけれど)は、この頭部が治らないか、今でも研究を続けているみたいだけれど、諦めている人がほとんどだ。
 テレビをつけると、芸能人の今昔、みたいな特集が組まれている。素敵な異形頭大募集! なんて。
 こうやって、世間は異形の頭へと馴染んでいく。

 例えばこれが、変化したのが一人であれば、今もニュースは続いていたのかもしれない。
 しかし、人間、特に日本人は周りの空気を読もうとする。
 変わったのが一人ならばその一人は元に戻ろうと必死になるかもしれないが、全員が一気に変わったのなら、それならそれでいいか、と流されやすいのだ。

 そして、僕もこの異形頭には割と馴染んでいる方だと思う。

「トマト、宿題やった?」

 僕の名前は、山本だ。
 けれど、既に外見的にも一番わかりやすいので皆僕をトマトと呼ぶし、僕も特にそれを否定しない。
 何より、僕はトマトが好きだった。
 美味しいし、栄養もあるし、味も好みだ。何の料理にもあうし、出汁も取れる。ビタミン豊富だし最高。
 中のどろっとした部分が気持ち悪いとかいう輩の口にトマトを詰め込んでやりたいくらいには好きだ。
 だから、別にトマトになったことに、不満はない。逆に変な物にならなくてよかったと思っている。

「やったよ。水晶は?」
「俺? やってない。見ーせーて」
「いやだ」

 話しかけてきた男。
 元香田という男だけれど、透き通る水晶の頭へと変化した今、皆彼の事は水晶と呼ぶ。香田もそれを否定しないので、僕も水晶と呼んでいる。
 人間の頭だった頃から割と綺麗な顔立ちをしていた水晶は、異形化しても綺麗な水晶へと変化した。
 顔の部分を触るとひんやりと冷たく気持ちいい。透き通るような肌ってレベルじゃない。実際透き通って教室の向こう側が見えるし、加工してアクセサリーにしたら売れるだろう。
 元々の外見がいい人は、美しい宝石や花、愛らしい小動物へと変化しやすいらしい。
 僕は、なんだろうな。トマトってどの立ち位置なんだろう。美味しいけどね。
 宿題を出し渋る僕の肩へ、水晶が手をかけてきた。

「いいじゃんトマトー、食っちゃうぞ〜がおー」
「君の口どこだよ」

 水晶は、僕がトマトへと変化してから、よく僕に話しかけてくるようになった。何故かと問いかけると、彼もトマトが好きらしい。おいしいもんね。
 その理由に納得してから、僕は割と水晶と話すようになった。

「重いからちょっとどいてよ」

 手を払うと、水晶に映った自分の顔と目が合う。
 なぜこうなるのかわからないし、解明も出来ていないのだけれど、皆、鏡や水、反射する何かに顔を映した時だけ、自分の人間だった時の顔が見えるのだ。
 ただしそれは、当人にしか見えず、実際写真を撮ると、やはり異形へ変化している。だからこれは、単なる幻なのかもしれない。
 べたべたと引っ付いてくる水晶の顔には、トマトではなく、人間だった僕の顔が、呆れた顔をして映っていた。


****


「知ってる? トマト。これ、聞いた話なんだけどさ、触れ合うと唇だけは、人間の感触なんだって」

 そんな折り、僕の家に遊びに来た水晶が不思議な事を言い出した。
 異形頭へと変化した今、僕らの顔に目や鼻、唇などの区別はない。本人にだけはその感覚はあっても、外見的にはわからない。
 僕はトマトだし、水晶は水晶だ。
 食事は自分が口だと思う所に持って行けば消える(ように見える)し、言葉も口っぽい部位から勝手に出てくる。正直その辺の構造は良くわからない。レントゲンを撮ると頭部は人間の物がうつるから不思議だ。
 相手の唇がどこかなんて、当然わからない。この現象は、まだまだ謎が多いのだ。

「へー」
「なっ、なっ、やってみようぜ!」
「君の口どこだよ」
「お前もどこだよ」

 はしゃぐ水晶に問いかけると、同じ問いかけが返ってきた。僕は自分が口だと思う部分を指さすと、水晶が僕の肩に手をかける。そのまま体を寄せられ、綺麗な水晶体が、僕の顔へと近づいた。

「え」

 むにゅ、と柔らかい物が触れる。
 目の前にいる水晶は確かに硬い石英なのに、どこにこんな柔らかい部分があるんだろう。
 温い人肌に妙な心地を覚えると、綺麗な水晶が照明に照らされて光っていた。水晶も同じことを思っているのだろうか。長くも、一瞬にも感じられたその時間。
 やがて離れると、はしゃぎ気味に水晶が笑った。

「……お〜〜〜! やっわらかい!」
「……びっくりした」
「なー!」

 いや、僕がびっくりしたのは突然こんなことしてくる水晶の行動も含めてのことだけど。
 水晶が楽しそうな笑い声をあげて、僕の手を掴む。

「な、トマト。もっかいやろうぜ! もっかい!」
「やだよ。女子とやれよ」
「いや、俺女子よりトマトの方が好きだし! いいじゃん、どうせトマトは今後する予定ないだろ!?」
「失礼だな、農家にはモテモテだよ」

 ともすれば告白とも取れる水晶の言葉だけれど、ここでは当然女子も異形へと変化している。
 深海生物から無機物まで。水晶好みの異形頭がいないだけなのかもしれないし、水晶が特別トマトを好きなのかもしれない。
 顔だけで男か女かわかりやすかった前と比べて、今は男も女も顔だけでは判断がつかないし、着ている服や体が女性ならば女性と判断してしまいそうだ。
 水晶はしつこく食い下がってくる。

「な〜やろー、やろーぜー」
「……仕方ないな」
「よっしゃ」

 僕も別に、興味がない訳ではない。
 唇だけどうして柔らかいのか、どうして、触ると冷たいのに、唇は触れると温かいのか、とても不思議で、奇妙だ。
 水晶も同じ感想を抱いているのだろうか。

「ん」

 再び唇を指さすと、水晶が重なる。可愛いリップ音なんてせず、そのままくっついてきた。唇でないところに当たれば硬いままなのに、唇に当たるとそれは柔らかく変化する。不思議な感覚に酔いしれて、僕は水晶の唇を吸った。気持ちいいかもしれない。
 傍から見ればただの水晶とトマトがくっついているシュールな構図なのに、この感覚はなんなのだろう。
 目を開けると、水晶に反射して、人間だった頃の僕が映っている。トマトは鏡代わりにはならないかもしれないけど、もしも僕がそういう物質へと変化していたなら、水晶も同じ感覚を味わっていたんだろうか。
 人間だった頃の僕の顔は、うっとりと目を細めていた。

「ん、んんっ」

 人ではない顔を見ながら人の柔らかさに触れると、やっぱり人の顔に戻りたいのかもしれない、と思う。
 けれど、今更どうやっても戻らないし、手遅れだ。

「山本……」

 ふいに、水晶が、僕の名前を呼んだ。今更本名で呼ばれると、なんとも照れくさい。
 口を離して問いかける。

「……何?」
「いや、なんでも。ただ……」
「ん?」
「お前、今の世界好き?」
「……嫌いじゃないよ。まあ、面白いよね。水晶は?」
「あー……、前はこういうことできなかったから、俺はこの世界、結構気に入ってるよ」
「馬鹿だな水晶。人間の顔の時は、そもそも男相手にこんなことやろうと思わないだろ」
「……ああ、そうだな」

 何故かテンションを落として水晶が笑う。僕はというと、このキスが気に入ってしまった。人間の時は、軽々しく出来なかったけれど、なんせトマトだ。
 トマトが水晶に接触するだけだ。そう考えると、気持ちが楽になる。それに、人間の時だったら、こんなことは簡単には出来なかった筈だ。

「もう一回していい?」
「え、珍しいなトマト。……いいよ」

 水晶が両手を広げる。
 いや、抱きしめるまでしなくてもいいけど……いいか。ぎし、とベッドを軋ませて、僕は再び水晶の唇に触れた。鏡の奥で、水晶と人間が、あるいは、人間とトマトが唇を合わせている図は、大層面白い物だった。


終わり

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