負け犬の遠吠え

「しまった」

 三十を過ぎても未だフリーターという身分で、おまけに博打好きという癖が抜けず、お金を使ってはバイトでせこせこ稼ぐというその日暮らしを繰り返していたら、いつの間にやら借金が出来ていたらしい。最近バイトをさぼっていたのも原因の一端を担っているのかもしれない。やべーやべー。
 しかもその借金はちょっとやばい所、いわゆるブラック会社から借りていたようで、みるみるうちに俺の借金は膨れ上がっていき、気づけば返せないほどの金額になっていた。これはやばい、このままでは保険をかけて殺されるか臓器を売りとばされてしまう、と流石の俺も危機感を覚えたけれど、やはりギャンブルは止められない。駄目な人間ってのはどこまでいってもクズなんだ。そんなのわかってる。やめれねーからクズなのよ。
 クズじゃないやつはちゃんとギャンブルやめられるからね。だけど、俺は無理。勝った時の喜びに勝るものなど俺の人生にはないと思っているからだ。そもそも、働くのとか大嫌い。我ながらクソみたいな人生だとも思う。でもあのギリギリ感、やばい。もう病みつき。
 でもまあ、本当にやばいのは今の俺。
 先日ついに両親にも見捨てられ、昨日追い出されてしまった。勘当ってやつだ。親でも子でもないとかドラマみたいな台詞をあびせられて、逃げるように家を出た。むしろ三十代になっても養ってくれていたこと自体が奇跡に近い。
 しかし、初めて実家を出て一人暮らしをすることになったのだけれど、そもそも一人暮らしが出来るほどしっかりしていればこんな博打好きにも、借金背負わされてもいない。
 不動産屋に行ったところで俺がまともな人間でないことや、金を持って無さそうなこともすぐにわかるのか、部屋を貸してすらもらえなかった。
 そして借金地獄。俺の人生お先真っ暗。崖っぷち、むしろ落ちてる最中。
 というわけで、現在は公園のベンチで横になっている。
「ううっ、寒いよー」
 公園のベンチは寒く固く痛い。通りがかったカップルが痛々しい目で俺を見て通り過ぎて行った。半笑いを通り越して「こうはなるまい」とでも言っているような目をしていた。
 ほっとけクソが。
「はあ……」
 新聞紙にくるまりながら、ホームレスよろしく涙をすすり、寝ていると学校帰りの小学生が声をかけてきた。集団下校ではないらしい。不審者に攫われたらどうすんだ。
 小学校高学年くらだろうか。子供なのにやたらいい身形をしていて、多分金持ちの家の子供なんだろうな、と俺は無意識下のうちに思う。あまり知らないけど、いかにも高級そうな衣類を身に着けていた。純真そうな丸い瞳が俺をじっと捉えている。
 なんだよ、見世物じゃねーぞこのガキ。
「……何?」
「おじさん、何してるの?」
「見ての通り、ベンチで横になってるんだよ〜」
「なんで?」
「おじさん、家がなくなっちゃったの」
 ははは、と乾いた笑みを浮かべるが、小学生は笑わなかった。最近の小学生ってほんとドライ。やんなっちゃう。
「行くとこないの? ならうち来る?」
「うわ〜、嬉しい〜」
「いや、ほんとに」
 冗談かと思ったが、小学生の顔はいたく真剣な物だった。
「うち、あったかいよ」
「じゃあ行く」
 即答してベンチの上から起き上がると、小学生の後ろをついていく三十くらいの男(俺)
 ここで、俺と小学生の年齢が逆だったなら立派な犯罪になっていたのかもしれない、でも逆ならば問題ないだろう、多分。もしかしたらアウトかもしれないけれど、法律にかまっていられるほど今の俺は余裕じゃないのだ。
 この小学生が実は悪の組織で、俺を人体実験に使うために声をかけたのだという、という極悪非道な少年ならば話は別だが、それ以外なら多少のことは耐えられる自身があった。末っ子で甘やかされて育った俺には、ベンチで寝るとかもう耐えられない。寒い場所で寝らんないの。
 あったかい、ふわふわの布団で眠りたい。公園の水はもう飲み飽きた。美味しいご飯が食べたーい。
 見知らぬおっさんを憐れんだであろう小学生の善意につけこみ、悪い大人はこうやって悪事を重ねるのだ。少年よ、これも社会勉強だと思いなさい。






「おじさん、名前なんていうの?」
「おじさんはねえ、渡辺 立(わたなべりつ)っていうんだよー、自分の足でしっかり立って歩けるようにっていう願いを込めてつけられたんだけどねー、まあ無理だったよ、あはは」
「りつ、さん?」
「そうそう、立さん、それで、少年の名前は?」
「僕、小日向裕介(こひなたゆうすけ)」
「裕介くんかー、家大きいねえ、お金持ちだねえ。あ、ゆうくんでいい?」
 こくりと頷くゆうくん、子供は素直でいいね。やっぱ素直な子供が一番かわいいよね。この大きな家はもっといいね。最高だね。

 俺を拾った謎の小学生の家は確かに大きかった。
 俺の実家なんてすっぽり玄関に収まってしまうくらいには巨大な家で、そのうち空でも飛ぶんじゃないかと思ったほどだ。家というよりも、最早城。
 現代日本にこんな城が存在していいのだろうか、あきらかに立てる国を間違えているし、金の使い方も間違えている。俺ならもっとパチンコとかで有意義に増やしただろうに。ああ、考えていたらまたギャンブルがしたくなってきた。
 頭に浮かぶのはパチンコスロット麻雀等のギャンブルばかり。借金が増えても止めない俺はいわゆる欠陥的な駄目人間ってやつなんだろう。今更だけど。
「ゆうくん、お父さんとお母さんは?」
「知らない。多分今は外国にいると思うよ」
「いいねえ海外、おじさんも一度は行って見たいよ海外、むしろ日本にはもういたくないな。怖いおじさんがおいかけてくるから」
「おじさん、どうしてあんなところで寝てたの?」
 俺の言葉は軽く無視して、ゆうくんは聞いてはいけないデンジャラスゾーンをついてきた。子供の質問って無邪気だからこそ心にくる。本当痛い。小学生でも見ればわかると思うんだけど、ていうか察してほしかったよおじさんはさ。君はホームレスって知っているかい?
 俺はへらりと曖昧な笑みを浮かべながら、彼の小さな頭に手を置いた。
「大人になるとねえ、色々あるのさー」
「へー」
「簡単に言うと、おじさんは社会の歯車から外れちゃったんだよー」
「おじさん、社会不適合者なんだね」
「きっついなあ、最近の小学生は」
 心にぐさってくる。さっきから的確に俺の心を殺しにかかってきてんだけど。
 最近の小学生はエグイことを平気で言うんだから怖い怖い。その通りなだけに死にたくなっちゃうよ。それにしてもこの子、簡単に知らない人を家に入れて大丈夫なんだろうか。
 俺が言うのもなんだけど、とんでもない極悪人だったらどうする気なんだろう。
 そんなことを考えていると、ゆうくんは俺の手を握って、無邪気な笑顔を向けてきた。
「じゃあ、おじさん、行く所ないんじゃないの?」
「そうなんだよねー、怖いおじさんが日夜追いかけてきてさあ、もうおじさんマグロ漁船に乗るしかないかなって考えてたところだよ」
「なら僕とここで一緒に暮らしたらいいよ!」
 目をキラキラさせて言ってくる小学生。子供は怖い物知らずだから、こういう風に簡単に夢見がちなことを言えるんだろうね。いいなあ、俺もあの日の少年時代に戻りたい。どうしてこうなっちゃったかな。
「うーん、魅力的だけどゆうくんのお父さんとお母さんが怒るよー」
「心配ないよ、あの人たち、滅多に帰ってこないし、僕のやることに干渉しないもん。僕のことなんてどうでもいいんだ。それにお手伝いさんがたまにくる程度だから、おじさん一人位いたって全然平気だよ!」
 お手伝いさんときたもんだ。
 豪邸にも程があるって感じだよ。むしろ俺をお手伝いさんとして雇えばいいんじゃない? 多分家事とかできないけど。
 しかしその魅力的な提案は俺の心を簡単に傾かせた。常識という天秤から。
 警察が来たら捕まるかもしれない、というか、捕まるだろう。未成年なんちゃら法といった感じの法律で。でも、どうせ外に行っても借金取りに追われて殺されるような運命が安易に想像できてしまう。良くて内臓売り、悪くて保険かけられて殺される。
 なら、ほんの少しの間でもここで厄介になってしまおう。ゆうくん、君も悪いんだよ。こんな得体の知れないおじさんを家にいれてしまったんだから。

 ここはいい。何よりあったかい布団と食べ物が保障されているんだもん、天国じゃね? 元々働くのが嫌いな俺は、にこにこと無邪気に笑うゆうくんに、再びへらりとした笑みを向けた。
「いいの? おじさん厄介者だよー、借金とかもあるよー」
「いいよ、おじさんの一人や二人、僕が面倒みてあげるから!」
「ゆうくんは優しいねえ、おじさん好きになっちゃいそう」
「えへへ……ね、立さんって呼んでもいい?」
「いいよー」
「立さんの面倒は僕が見てあげる」
 ゆうくんが俺の手をしっかり握って、そのかわり、と可愛らしい笑みを向けてきた。
「その代わりね」
「ん?」
 やっぱり、こんな美味い話があるわけないんだ、何かしら条件があるに決まっている。なんだろう、ゆうくんはこの年にしては中々に男前な顔に甘い笑みを乗せると、俺の顔を近くによせて、そっと耳打ちした。
「その代わり、立さん、僕のものになってよ」
 僕の物。
 モノ?
「……最近の小学生は、随分マセてるねー」
「僕本気だよ!」
「あー」
「駄目?」
「んー」
 俺が小学生の時は、キスって口にするだけえ赤くなっていた気がするけどな。今の日本はどうなってんだよ。およそ小学生が口にするようなセリフじゃないが、上目遣いのゆうくんは大層可愛らしい。
 ショタコン歓喜って感じ。
 俺はショタコンじゃないから、興奮はしないけれど。もしかしたら、ゆうくんは友達がいなくて、俺に遊び相手とかになってほしいのかもしれない。
 ポジティブに考える。
 よくよく考えてみたら、こんな小さな子供放っておいて海外に行っちゃってる両親も普通じゃない。
 ひょっとすると、ゆうくんは可哀相な子供なのかもしれない。親の愛情を受けられなかった的な。ネグレクトっていうんだっけ、こういうの。父親の愛情に飢えているのかもな。
 そうなると、俺はつけこむ理由が出来たような気がして、元々真が抜けたような顔と評される顔を更に崩して、言った。
「うーん、でもゆうくんさあ、こんなおじさんつかまえても楽しくないでしょ」
「そんなことないよ、僕、自分だけのものが欲しいんだ、僕だけの……ねえ立さん、僕のものになってよ。そしたら立さん、ずっとここにいてもいいんだよ、ご飯も布団もなんでもあげるよ」
 握られていた手に強い力が込められ、割と貧弱を地で行く俺がちょっとだけ顔を顰める。まぁ、こんなのどうせ子供が言うことだし、そのうち飽きてしまうんだろう。子供なんて飽き易いから。
 俺は特に考えることもせず、頷いた。
 だってご飯と布団欲しいし、なんにせよ、住む所を貸してもらえるのはありがたすぎる話だ。
「いいよー」
「本当!?」
「うん、今日からおじさんはゆうくんのものでーす」
「やった! 絶対だよ!?」
 手を上げて言ってやれば、ぱっと顔を明るくして、ゆうくんは俺に抱きついてくる。
 可愛いなあ。子供ができたらこんな感じなのかな。なんて夢のようなことを考える、 甘ったれて舐めきってる俺だけど、こんな男の元に嫁に来たいという女がいると考えるほど俺は世の中を舐めていない。
「約束だからね!」
「うん」
「ずっとずーっと僕と一緒にいてね」
「うん」
「僕がいいって言うまで、僕から離れることは許さないよ!」
「うん」
「……絶対に、裏切らないでね、立さん」
「…………うん?」
 なんだろう、一瞬、ゆうくんの顔が酷く歪んだような気がしたけど、多分気のせいだったんだろう。
 だって、その後のゆうくんは何事もなかったかのように明るい笑みを俺に向けてきたから。
「じゃあご飯にしようか! 立さん、何食べたい? 僕、結構なんでも作れるよ!」
「すごいねー、立さん目玉焼きくらいしか作れないよ。じゃーハンバーグ」
「立さん子供みたい! いいよ、ハンバーグだね」
 ちょっと待ってて、と立ち上がると、ゆうくんはごく自然な動作で、近くの引き出しから何かを取り出して、俺の首に取り付けた。それは赤と黒の市松模様で彩られた首輪だった。
 あまりにも自然な動きだったので、カチャカチャと音を鳴らすそれを、ぼーっとしていた俺は簡単に取り付けられてしまった。ゆうくんは抵抗もしなかった俺を満足げな表情で見つめ頭を撫でてくる。
「……ん?」
 首輪?
「…………ゆうくん?」
「なあに、立さん」
「コレ、何?」
「首輪だよ、だって立さん僕のだもん、逃げられたら困るでしょ?」
「いや……逃げないよ、だって行くところないし、これ外してくれない? 苦しい」
「だーめ、そんなこと言ってても、結局前のは逃げちゃったから……」
 前の?
 聞いてはいけないフレーズを聞いてしまったようで、俺は少しだけ身震いした。自分ではずせるだろうか、玩具みたいにチャチなつくりではないようだけど。
 がちゃがちゃと首輪に触っていると、「それ、GPS入っているからどこにいても解るんだ」と嬉しそうな顔でゆうくんは言う。続けて、今の時代はインターネットがあるから、大抵のものは買える、とも。
 その顔は玩具を自慢げに語る小学生の顔で、首輪でも付けられていなければ俺も微笑ましく聞くことが出来たのかもしれない。だけど、微笑ましく聞くには今の状況は少し異常だった。
 ゆうくんは俺の首に取り付けられた首輪を鎖で繋ぐと、地震が起きても倒れなさそうな頑丈な柱へと繋いだ。
「……なんで、柱に繋ぐの?」
「逃げないためだよ、立さんが、僕の前からいなくなっちゃわないように、繋いどかなくちゃね」
「…あ………そっかー……ははは」
 あどけない顔で笑われたので、俺もへらりとした笑みを返しておいた。
 もしかしたら、俺はとんでもない選択ミスをしてしまったのかもしれない。しかし、今更ここから逃げるのは不可能な気がした。人生そんなに甘くないね、どうせここを逃げても地獄だろうし。逃げても逃げなくても地獄。人生八方ふさがりだ。
 首に手をあてると、ごつごつとした首輪の感触。外せるかな、とあちこち触っていたら、それ鍵付きなんだとゆうくんが笑顔で教えてくれた。
 無理だね、うん。
「それじゃ、ご飯作ってくるから、いい子で待っててね、立さん」
 ぎゅっと俺を抱きしめて、ゆうくんは部屋を出て行く。それをぼけっとした表情で見送る俺。
 多分ゆうくんが言う「僕のもの」ていうのは、ペットか何かと同じ感覚なんだろう。そうなると俺は今犬か何かと同等なわけだ。
 犬、犬ね、ワンコ、わんわん、家畜、ペット……やっぱりそう美味い話なんて転がってはいないわけだ。
 まぁいいよ、どうせ借金取りに捕まったら犬以下の扱い受けるようになるだけだし、なら犬と同等の方が大分マシだ。ギャンブル出来なくなるのが少し辛いけど、ゆうくんに言ったらなんとかなるかな。
「あー、腹減った―」
 まるで本当の犬のように、その場にごろんと横になると目を瞑って俺はご主人様の帰りを待つことにした。
 負け犬野良犬捨て犬駄犬、どんなキャッチフレーズも似あう俺。
 ハンバーグの焼ける匂いに鼻を鳴らしながら、わん、と一声吠えてみた。呼応するように腹が鳴る。
 変なことになったなあ、でもとりあえず、飯を食ってから考えよう。



終わり




その後↓




「立さん、ただいま」
 扉が開く音に目を開けると、笑顔のゆうくんが俺の前に立っていた。コートを脱ぎながら、俺の顔を覗き込んできたので目を擦りながら起き上がる。
 その時、上から水滴が落ちてきて、俺の頬に垂れた。
 ゆうくんの髪は少し濡れていて、もしかしたら外は雨でも降っていたのかもしれない。やることもなく、いつものように毛布の中に包まって寝ていたのだけれど、帰ってきたなら起きなくては。そういう決まりだから。俺は逆らってはいけない。
「……お帰り、ゆうくん。外寒かった?」
 もそもそと毛布から這い出る俺の姿は全裸、正直、寒い。
 でも仕方ないよね、犬は服着ちゃだめとか言うんだから、ぶっちゃけおっさん裸にして楽しいことなんて何もないと思うんだけど。残念ながらゆうくんはちょっと頭がおかしい子だから。常識的な俺の意見は通じない。まともだと思ったんだけどなあ。全然まともじゃなくてびっくりだよ。
 暖かそうなマフラーを外してフックにかけるとゆうくんは俺の頭を撫でてくる。
「うん、寒かった、珍しく雪が降ってたよ」
「そっかぁ、雪だったんだ、俺、外出ないから今が何月かもわかんないや」
 頭を撫でられながらへらりと笑んだ。本当は出ないじゃなくて出られないんだけどね。
 初めて来たときにつけられた首輪は、俺の体の一部のように、相変わらずがっちりと鍵で固定されていて、ご丁寧に鎖は頑丈なものに変えられていた。檻のようなこの部屋から、出られることなんて滅多にないのだ。
 すると、ゆうくんは何が気に障ったのか、撫でていた俺の髪を急に鷲掴んで持ち上げた。
「いっ……!」
「外なんて出ない方がいいよ、立さんは駄目な人だから、凍えてすぐに死んじゃうよ。僕がいないと立さんは駄目だよ、ね。そうでしょ?」
「んん……そ、うだったー、ね……」
 ひんやりと冷たい手を伸ばしてくるゆうくんの顔は、笑ってはいるけれど機嫌が悪い。怒っている。何が気に障ったんだろう。もしかして、外なんて単語出しのが原因だろうか。俺、別に逃げないのに、どうせ行くところなんてないんだし。
 髪を掴むゆうくんの手を包み込むと、そのまま彼を布団の中に引っ張り込んだ。再び毛布の暖かい感触が肌に伝わり、とろんと瞼が重くなる。
「……立さんあったかい」
「布団のなかでぬくぬくしてたから」
「ずっと寝てたの?」
「うん」
「そっか、ねぇ立さん、今幸せ?」
「俺は寝てるときとギャンブルしてるときが一番幸せだよ」
「……違うでしょ、立さん?」
 ゆうくんは言いながら俺の首輪に繋がれた鎖を強く引っ張る。冷たい音がして釣られるように上を向いた。お腹の上が急に重くなったかと思うと、いつの間にか、ゆうくんは俺の上に乗っかっていたらしい。目には酷薄な色が浮かんでいて、口元は笑みが象られてはいるものの、声には怒りが孕まれていた。俺は内心やっちまったと悲鳴を上げる。しまった、しまった、間違えた。
 俺頭悪いからつい忘れちゃうんだよね。
「ごめん、うそうそ、ほんとはね、ゆうくんといる時が一番幸せだよー」
「本当?」
「うん、ほんとほんと、立さんはゆうくんが大好きでーす」
「……そっか、よかった。でも、今度は僕のこと一番最初に言ってね、約束だよ? 絶対だよ? 僕以外のもの優先させたら駄目だよ? 立さんは僕のものなんだから。立さんには僕しかいないんだから」
「うん、ごめんねゆうくん」
「いいんだ、立さん、大好き」
 ちゅう、とゆうくんが俺の唇に自らの唇を重ねてくる。まったく、最近の小学生はませてるったらないね。キスなんて俺、高校入るまでしたことなかったのに、これがゆとり教育の弊害ってやつ? 怖い怖い。小学生怖い。でも、決してそんなこと本人には言わない、言ってはいけない。だって俺はゆうくんの犬で、ゆうくんに飼われてる駄目な大人だから。小学生のヒモになってる奴なんて、なかなかいないよ?
 今更捨てられることもないだろうけど、ご飯を抜かれたり、痛いことされるのは嫌いだ。そのままゆうくんの唇に吸い付くと、満足したように抱き寄せられる。
「大好き、大好き、立さん」
「うん」
「いなくならないでね、ずっと此処にいてね」
「わかってるよ」
「ジョンみたいに逃げたら駄目だよ」
「大丈夫」
「立さんは僕のものだからね、裏切ったら許さないから、ねぇ立さん、立さん、立さん……」
「はは、わかってるよ、ゆうくん」
 口付ける位置をどんどん下に落としながら、ゆうくんは言い聞かせるように言う。毎日毎日言われてるので、もう聞き飽きた。ジョンというのは前に飼っていた犬の名前らしい。本当に犬だったかは知らないけれど。でも俺はその言葉に「もう飽きた」なんて決して返しちゃいけない。
 ただ従順に、壊れた人形みたいに「はい」と言葉を返せばいいのだ。返さなかったらまた痛いことになるからね。
 此処に来る前、俺はギャンブルを愛していたけ。今も好きだ。それは、脳が焼け付くようなスリルとギリギリ感が好きだったからだ。ひょっとすると、今の感覚はそれに近いのかもしれない、だから、こんな異常な状況でもこうしてヘラヘラ笑っていられるのだろう。あるいは、とっくに感覚が麻痺しているのか。
「立さん?僕に言うことは?」
「……んん? ああ……、愛してるよ、ゆうくん」
「そうだよ、よく出来ました」
 利口な犬を撫でるように、ゆうくんは再び俺の頭を撫でてきた。野良犬出身みたいな俺だけど、今や飼いならされた飼い犬だ。血統書つきではないけど。小学生に飼われ、いいようにされるこの状況は、傍から見たら異常以外の何者でもないけど、ご飯も出るし、あったかい布団もあるし、何より働かなくてもいい、たまにギャンブルもやらせてもらえる。
 だから、俺は結構此処が気に入っているのだ。
「立さん、好き」
「うん俺もー、ゆうくんが好きだよ」
「いい子、立さん。ずっと一緒にいてね」
 此処にいるのは俺の意思。
 緩やかに壊れていく空間の中で、俺は目を閉じた。



終わり


- 369 -
PREV | BACK | NEXT

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -