中山と久尾


 久尾とは中学生の時からの付き合いだ。
 一年の時隣の席になったのがきっかけで、それからよく一緒に遊ぶようになった。正直初めて会った時は女子かと思った。だって顔が女っぽかったんだもん。でも学ランを着ていたから、すぐ違うと気づいたし、もちろんその時点で怒らせるつもりなんて毛頭なかった。ただ俺は正直な少年だったので、その時思わず「なんだ男か」と漏らしてしまった。直後に殴られた。久尾はその女顔を小学校の頃、さんざんからかわれてトラウマになっていたらしい。
 その後すぐ素直に謝ったらあっけらかんとした明るさで許してくれたし、殴ったことも謝ってきた。
 それを皮切りによく話すようになり、家が結構近かったこともあって、しょっちゅう一緒に遊び、高校に進学した今でも仲が良い。

 人生、何がきっかけで友情が始まるかわからないもんだ。
 ましてや、友情が愛情に変わる切っ掛けなんて、想像もつかない。

「なーなー中ちゃん、今日の売店のおすすめ何かなー、ヤキソバパンかなー」

 4限目の授業を終えて、購買へ向かう途中、にこにこしながら久尾が言った。明るめの茶色い髪が陽の光に透けてキラキラ光っている。団栗みたいにでかくて丸い目が俺を見上げてきた。
 中ちゃんというのは中山という俺の名字から来ているのだけど、人懐っこい久尾は誰にでも結構ちゃんづけとか、あだ名で呼ぶ。
 俺は軽く相槌を打ちながら隣を歩いていた。

「さぁ……、コロッケパンかもよ」
「あー、売店のおばちゃん何故か異常にコロッケ推してくるもんなー、あれなんでだろなー」
「好きなんじゃないの、おばちゃんが」
「俺さ、前におまけしてもらっちゃった!」
「それはお前が気に入られてるからだろ」
「マジ!? ラッキー!」

 邪気のない笑みに胸が打ち抜かれた。ゴルゴも真っ青な打ち抜かれっぷり。
 俺は病気だ。主な症状は動悸と眩暈。なんだよこいつ、なんなの、本当可愛いんだけど、どういうつもりだ。その笑顔が俺を殺そうとしてくるよ。
 友情が愛情に変わったきっかけなんて、いつだったか覚えてない。もしかしたら最初から惚れていたのかもしれない。男だとは気付いてたけど、顔はモロにストライクだったから。

 でも話していると最初に会った時よりさらに惹かれていった。趣味が合うってのもあったのかもしれない。どんな女と話しているときより楽しかったし、今まで見た女の誰よりも可愛かった。

「ねー、中ちゃん」

 制服から覗く薄い胸とか、体育の時の着替えの時とか妙に視線を合わせにくかった。むしろ見てる奴らは殺したかった。見てんじゃねーよ!と殴って回りたかった。
 俺は別にホモじゃないはずだ。だって今まで付き合った子は皆女の子だったわけだし。どちらかというと巨乳が好きだ。女は馬鹿な程いいとすら思ってる。だから久尾は別格なんだろう。ていうかこいつ本当に男?
 可愛すぎるだろ? 昔ほど女顔ではなくなったし、どちらかと言えば可愛い系男子に分類されるかもしれないけど、それにしたって可愛いすぎる。ああー、やっぱり俺ってホモなのかなあ。
 男なのに男にいれたいってやばすぎるだろ。

「中ちゃんってば」

 だって体とか結構華奢だし、体重だって軽そう。首つかんだらそのまま持ち上げられそうだし、声も普通の男子よりは高めだ。俺より小さいから、押し倒したりなんかしたらそのまま組み敷かれていいようにされそう。いや、俺でなくても服とか剥かれちゃったりして。
 久尾はどうやって抵抗するんだろ。もしかして抵抗できずそのまま……

「中ちゃん、中ちゃんってば!」
「うおあっ」
「何ぼーっとしてんの? 大丈夫?」
「ああ、うん、ちょっと暑くて……」
「今もう11月だよ……風邪ひいてるんじゃね?」

 久尾の呆れた視線が痛い。色々な意味で痛かった。そう、俺はいつからだかわからないけど久尾が好きだ。大好きだ。
 正直キスしたいし、エッチなこともしたい。思春期だからなんだってしたい。出来ることは全部したい。
 でも今の段階でただの友達同士、俺のその欲望が叶うことはないだろう。何故って男同士だもんね。友達に告白されるとかドン引き。俺だって久尾以外の奴から告白されたら「は?」って言っちゃうと思う。
 久尾はいいやつだから、誰かに言いふらしたりしないだろうけど、確実に今までと同じような友達づきあいはできなくなる。
 そうなるくらいなら、ずっと友達の方がマシだ。

「なんか顔赤いよ中ちゃん。ちょっと熱あるんじゃない? おでこ貸してみー」
「……っ!」

 そう、マシ……友達の方が……マシ……。
 久尾の額が俺の額にあたる。俺より身長が低いから少し背伸び気味につま先を伸ばして。こつんと額同士が当たる音がした。近い近い近い顔が超近い。可愛いうわああまつ毛ながい男のくせに肌すべすべすぎだろなんなんだよ久尾お前本当産まれてくる性別間違えてるだろ何その目綺麗俺の彼女になってください。

「熱はないっぽいけど、風邪気味なら無理しない方がいんじゃねー」
「う、うん、そうだな……」

 俺のこの顔と動悸の原因はお前だ!と言いたい。友達の方がマシなんて心の中では言い訳しているけど、実際、最近は結構限界がきている。久尾は割とスキンシップが好きなやつだから、こんなことはしょっちゅうあるけど、そのたびに俺は激しい動悸と眩暈に襲われる。
 向こうが友達感覚なだけに、こっちの罪悪感は半端なかった。
 お前が俺を友達だと思ってやってくれてる行為をこっちは、よくない妄想に変換しているわけだから。
 これを久尾に知られたらどうなるんだろう、気持ち悪いよカス死ね、と罵られはしなくても、確実に避けられるようにはなる。

「中ちゃん?」
「えっと、確かに風邪っぽいかもしれないから俺……帰る……」

 想像していたらなんだか本当に頭が痛くなってきて、久尾からそっと距離を取った。
 しかし律儀な久尾はその距離を縮めてくる。あー、近い近い。

「大丈夫? 送ってくか?」
「いや、平気、久尾こそ早く購買行かないとなくなっちゃうぞ」
「うわ、マジだ! 中ちゃん、後でお見舞いいくから、ゆっくり寝てろよー」
「うん、ありがと」

 笑顔で手を振り、久尾がいなくなったのを見送ると、その場で小さくため息を吐いた。もうそろそろ無理かもしれない。っていうか無理だわ。いやマジで。
 友達と言い聞かせてはいるけど、最近思い浮かぶのは久尾のことばっかりだ。夜ベッドに入るとそれが更に顕著になるからやってられない。俺の中の久尾は瞳を潤ませながら「中ちゃんならいいよ」と言って、一枚一枚服を脱いでいく。その間に俺に微笑んで来たり、俺が触ったらちょっと恥らってみたり。そして最後の一枚を脱いだところで俺の上に跨ってあられもない声を上げ、大体そこで目が覚めるんだ。
 俺はいつからこんなド変態になったんだろう。顔を手のひらで多い、このまま消えちゃえばいいのにと思った。

「帰ろ……」

 呟いてから教室に戻り、学生鞄を持って、先生の所へ行く。先生は少し心配そうな顔をしており、嘘を吐くことに少し罪悪感を覚えたけれど、頭が痛かったことも事実なのでそのまま帰った。
 チャイムのなる学校を振り返る。早くこの妄想をなんとかしなければ、俺は登校拒否になってしまいそうだ。

「はぁ〜〜……恋ってつらい」

 呟いて自分できもいと思った。そもそもこれは恋なのか?
 一人で呟いてちょっとでも気を紛らわしたいだけなのに、何故かその言葉は俺の心に重くのしかかってきた。






 家に帰った。
 ただいまという声に返答はない。両親は共働きなので誰もいないからだ。
 一人兄がいるけれど、その兄も今は大学生で遊び歩いているせいか、家に帰ってくることはめったになかった。
 俺は制服のブレザーを脱いでハンガーにかけると、そのままベッドの上に横になる。ぼんやりと机の上を眺めていると、久尾と一緒に海に行った時の写真が目に止まった。男同士の写真を飾ってあると両親に変な目で見られるので、ほかの奴らと撮った写真もカムフラージュとして飾ってある。
 俺は久尾との写真へ手を伸ばし、写真立てごと持ってきて、寝転がりながらそれを眺めた。 海を背景に、俺と久尾がピースサインを決めている。この日は天気がすごく良くて、プールじゃなくて近くの海に二人で遊びに行ったんだっけ。
 ナンパしようぜ、と行ったはいいものの、結局誰もつかまらなくてずっと二人一緒だった。
 久尾の白い肌が小麦色に焼けていて、いつもと少し印象が違う。普段制服で隠れている久尾の肌が露わになっていて、再び動悸が襲ってきた。

「久尾……」

 俺はズボンのベルトとチャックを外し、下着の中へ手を伸ばす。うつ伏せになりながら、写真を枕の上に置いた。すでに半勃ちになっている物を掴んで、写真の中の久尾にキスをする。
 写真の上はもちろん平面だけど、その辺は妄想で補うので問題ない。俺の中の久尾はいつだってまぶしい。

『中ちゃーん、数学の宿題やった!? 俺今日当てられるのにやってないよー! やべー!』

 久尾の声が頭の中で蘇る。俺はそれをおかずに手の中にあるものをしごいた。最低だと思いつつも、止めることができない。

「っ……久尾っ……はっ……」

 久尾が笑っている。写真の中で。だって久尾はいつだって太陽みたいにニコニコ笑っている奴だ。泣いているところなんてあまり見たことがない。
 だからこそ俺は、久尾が泣いているところを想像する。想像しながら、右手をさらに動かした。すでに先走ったものが指に絡まりねっとりとした音が漏れる。

『あっ、な、中ちゃんっ……! やめろって!』

「ふっ……うっ……」

 久尾はどんな風に泣くんだろう。懇願するようにあのでかい目に涙を溜めるんだろうか。ぼろぼろと流れる涙をすくって舐めてみたい。それとも反抗的な目で俺をなじるんだろうか。
 気持ち悪い、と罵るように俺に暴言を吐くだろうか。それを捻じ伏せたらどうなるだろう。俺が久尾にこんな疚しい感情を持っていることを知ったら、久尾はどうするんだろう。

『中ちゃんっ、気持ちいい! もっと!』

「久尾……っ……久尾っ!」
 
 久尾が俺の上で腰を振りながら嬌声をあげる姿を想像すると、手の中の物がますます固くなっていく。久尾の中に挿れたい。腰を振って喘ぐ久尾を見たい。
 シュッシュとさらに手の動きを速めると、ゾクゾクとした感覚が背中を走った。

『中ちゃん、俺……、中ちゃんのこと好きだよ』

 恥らうような久尾の顔を想像すると、心臓の音が更に速くなった。

「久尾っ……俺も……好きっ……! ……久尾っ……!」

 体が少し痙攣して、手の中に生暖かい物が伝う。俺は近くにあったティッシュを抜き取り、その手を拭った。その際に精液が少し写真についてしまって少し落ち込む。別に初めてじゃないけど、毎回罪悪感に襲われるのだ。いったい何やってんだろ……。
 俺は友達に対してなんてことを……。写真の中で微笑んでいる久尾が、俺を責めているように見えてそっと目を伏せた。
 こんな変態、きっと久尾は許さないだろう。
 いくらいい奴でも、限界ってものがある。たとえば俺が仲のいいけどまったく恋愛感情は抱いてない男におかずにされて、写真に精液かけられて、揚句告白されたりなんかしたら「ちょっと近寄らないでください」とか敬語で言っちゃいそうだ。

「……はぁ……」

 なんだこれ、賢者タイム?
 出すもん出すと急に冷静になるよな。ズボンとパンツを下した状態で、ぼうっとしていると、階下でチャイムの鳴る音が聞こえた。

――ピンポーン

「!!」

 誰だ! こんな時に! 新聞の集金は昨日来てたし、回覧板か?
 慌てふためき、ズボンを履いている間にもチャイムは鳴る。俺はあまり音を立てないように下へ行き、ドアホンから誰が来ているのかを見た。もし知らないセールスや、回覧板とかなら、居留守を使ってしまおうと思っていたのだけど、そこに立っていたのは、知らない奴でもなんでもなかった。

「えっ……」
「おーい、中ちゃん生きてるー?」

 画面の向こうで、久尾が暢気に手を振っていた。それを見た瞬間俺は急いで玄関に走り、扉を開ける。扉の前で、久尾が画面に映った時と同じように無邪気に笑っていた。

「な、なんで……」
「いやぁ、もう中ちゃんが心配で心配で……」
「…………」
「ていうのは半分ウッソー。本当はもう5限目だけだったし、俺現国苦手だからサボっちった。あ、これ購買で買ったゼリー差し入れ。ヤキソバパンは売り切れてたわー」
「あ、ありがと」
「うん、つーか中ちゃん着替えてないし。大丈夫?」
「大丈夫、あの、とりあえず入ったら?」
「おー、おじゃましまーす」

 勝手知ったる家のごとく、靴を脱いで中に入っていく久尾。実際、もう何回も来ているから、どこに何があるかもわかっているし、俺の部屋も知っている。今だって、茶の間ではなく二階にある俺の部屋に向かっていった。
 まさか久尾が来てくれるだなんて思ってなかった。サボる口実にしても、俺の所に来てくれたのはちょっと嬉しい。
 しかし受け取ったゼリーを冷蔵庫へ冷やす為に、一度居間の方へと向かい、久尾用のお茶をコップに入れてるところで気づいた。

 ……俺、オナニーしたあとの処理全然してなくね?

「…………っ!」

 ゼリーとお茶を放置して、すぐに二階へと走った。いや、一応手とかは拭いたけど! 臭いとか写真とか放置じゃん!? 窓とか開けなきゃじゃん! 写真写真写真! 俺ってば何やってんの!?
 久尾が来てくれた衝撃のあまりすっかり忘れていた! 浮かれてた!
 お願いします、まだ気づいていないでください!願いを込めながら大きな音を立てて扉を開けると、久尾が写真を持って突っ立っていた。

「…………〜〜〜〜っ!」
「あ、中ちゃーん」

 ……終わった。
 俺の残りの高校生活と、久尾との仲よかった日々が今幕を閉じた。
 後はホモと罵られるか、久尾に避けられまくる悲しい日々が続くだけだ。
 俺の馬鹿。どうしてすぐに気付かなかったんだ。浮かれてんじゃねーよ馬鹿野郎。その場にがっくり膝を着くと、久尾が俺の近くまで寄ってきた。

 なんだろ、人の写真に精液かけるとか気持ち悪すぎとか言われんのかな。言われるよな、そりゃ。俺だって言うもん。

「中ちゃん、具合悪い? 大丈夫?」
「えっ……?」
「いや、顔青いからさ、具合悪いのかと思って」
「…………」

 もしかして、気づいてないんだろうか。
 あるいは、偶然ついてしまっただけだと思っているのかもしれない。それなら、チャンスだ。まだやり直しが効くかもしれない。ぱくぱくと動かしていた口を一度閉じて、もう一度開いた。

「あ、そ、そうなんだよ、少し気分悪くてさ!」
「オナニーしてたのに?」

 再び俺の体が固まった。
 視界がぐるぐると回る。どうしよう、俺。なんて言えばいい俺。なんだ、どう誤魔化せば。どうしよう。俺。どうしよう。誤魔化せ。どうやって。同じ考えが頭の中をループする。
 いや、オナニーしてたとばれても、その写真についたのはたまたまだって言えばなんとかなるかも。頑張れよ俺、うまく誤魔化せ!

「バ、バレた?」
「まー同じ男だし」
「はは、いや、その写真についてたのは偶然で……」
「俺をおかずにしたんじゃないの?」
「え」
「つーかさ、中ちゃん」
「な、何?」

 ずいっと、顔が真正面に寄せられる。気のせいか、口元が少し笑っているように見えた。
 いつもの明るい笑みじゃなくて、何かを企むような、意地の悪い笑みだ。久尾はこんな風にあまり笑ったりしないのに。

「俺のこと好きでしょ」
「え」

 可愛い可愛い久尾の笑顔が、なんだかとっても邪悪なものに見えた。俺はどうかしている。
 どうかしているってんなら、同性を好きになった俺は最初からどうかしていたのかもしれないけど。

「あ、の…………」
「俺の写真見てオナってたの?」
「っ…………」
「中ちゃんのヘ・ン・タ・イ〜」

 ニヤニヤ笑う久尾を見て、俺の中の何かが切れた。
 つまり久尾は、俺が久尾を好きなことを知っていたんだ。前から知っていて、からかっていたのかもしれない。いや、からかっていたに決まってる。
 そうじゃなければ、俺なんかと一緒にいるはずない。俺をからかうために一緒にいたのか。もうだめだ。嫌われる。中ちゃんなんて親しく呼んでもらえない。
 頭の中がぐわんぐわん揺れる。目の前で久尾が何か言っているけど、耳に入ってこなかった。ただ、少し緩めたネクタイのしたから覗く素肌とか、普段触ろうと思っても中々触れなかった薄い胸が、妙に扇情的で、気づけば俺は久尾の上に跨っていた。

「…………」
「……中ちゃん?」
「久、尾……!」
「中……んっ」

 もういい。どうせ嫌われるなら。もう、どうだっていい。だって、久尾は俺のことを好きになってくれないんだ。
 口を無理やり重ねると、俺は久尾のネクタイをほどき、上のボタンを外した。そこから下へ下へと外してく。久尾の体温は俺と同じくらい熱くて、そのことになんだか興奮した。は、と口から小さく息が漏れる。
 俺より小さい体は押さえやすく、久尾も大した抵抗はしない。白いけど、それなりに健康的に焼けた久尾の肌が晒されていくのを見て、喉が鳴った。

「久尾……ごめん、ごめん。こんなことして」
「…………」
「友達だって思おうとしたけど、でも俺、もう限界……ごめんな、久尾。ごめん」

 何も言わず、無表情の久尾に再び口づけた。夢にまで見た久尾の唇。少しぬるい。べろ、と口の中をなめる。油断したのは俺だけど、壁を崩したのは久尾だ。だから、久尾だって悪いんだ。
 俺は責任をなすりつける。自分に言い訳するように、何度も唇を合わせた。
 もう自分でも何をしているのかわからない。ただ、こうやって久尾を押し倒して、覆いかぶさるように見つめているだけで、体が熱くなってくる。
 このまま久尾とエッチしたい。

「久尾……」

 しかし、俺の視界が反転したのはその時だった。
 一瞬、俺は自分に何が起きたのか理解できなかった。

 背中に衝撃があったと思ったら、目の前に久尾の顔があったんだから。
 いや、久尾の顔はさっきから俺の目の前にあったけれど、背景が天井になっていた。
 つまり、俺は今久尾に押し倒されている、という状況になってしまう。

「熱烈なキスありがとう、中ちゃん」
「えっ……あれ……?」
「謝らなくていいよ。俺もちょっと言い過ぎちゃったし」
「くお……さん?」
「でもさあ」

 なんだこれ? なんだ、この状況は。
 どうして俺が下になってるんだ? 久尾が笑っている。でも、どうしてか、全然笑っているようには思えなかった。いつもの可愛い笑みじゃなくて、さっきの企んでるような顔でもなくて、もっと邪悪な感じの笑みだった。
 俺は知らない。こんな久尾知らない。

「あんまり調子に乗らないでね」
「いいっ……!?」

 がり、と音がしたと思ったら、首筋がすごく痛くなっていた。久尾はさっき俺が抑えていた力の何倍もの力で俺を押さえつける。
 華奢のくせに、どっからこんな力が出てきたんだ。

「勘違いしないでほしーんだけど、俺、中ちゃんのこと別に嫌いじゃないよ」
「えっ」

 信じられない目で見つめる俺に対し、相変わらず笑ってない笑顔で久尾は言った。

「ただ、俺が中ちゃんにやられるのはちょっとないかなーって」
「なんで……」
「だって中ちゃん、下手?」
「う」
「積極的な中ちゃんもいーけどさー、突然こんながっつかれても引くっていうか」
「……く」
「お手本、見せるね」

 そう言って久尾は、今度は俺の服を脱がせ始めた。
 ばたばたと動かす手足はすぐに拘束され、何をどうやったらそんな感じで進められるんだってくらいスムーズに服を脱がされていく。
 
「久尾、俺は!」
「うん?」
「お、お前のこと好きで……」
「だからー、俺も中ちゃんのこと好きだって。ダイジョブダイジョブ」

 何も大丈夫じゃない。大丈夫なことなんて一つもない。
 どうして俺が今下にいるんだ。俺の想像の中で久尾はいつも可愛く喘いでいたはずなのに、この目の前にいる男は誰だ。
 どうしてこうなった?
 口の中に久尾の舌が入り込んできた。俺は久尾が好きだし、エッチしたいとも思っていた。でも

「なーかちゃん」
「っ……」
「優しくしたげるね」

 こんな展開は望んでなかった!!


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