スクリュードライバー


アンソロ用に弄っていてボツになった話のさわり部分です。
取り合えず勿体無いのでうpってみる(w



 酔った勢いとか、酔った過ちとか言う言葉がある。

 まさか自分がそんな状況に陥る事になるとは夢にも思っては居なかった彼は、目前に眠る相手を前にして今、果てしなく途方に暮れていた。
 目の前の見慣れた寝台、そこで毛布にくるまって眠る相手は友人の知人だ。
 滑らかなうなじが、短く整えられた黒髪に繋がるその少年…そう、少年なのだ。
 男なのだ。
 だが、確かに昨夜、自分はコイツを欲しいと思った。あどけなく笑って好きだと言うこの少年に欲情した。

 だが最大の問題は、この少年が、昨夜酔っていたと言う事だ。
 つまり正気ではなかった。酔っ払いだったのだ。
 そして自分も酔っていた。

 その重い事実にうな垂れて、青年…平和島静雄は頭を抱えていた。

 そもそも昨日、何があったのか。 
 そう、まずは首無しの友人がきっかけだった。
 人ではない彼女…セルティは、幼馴染(変人)の恋人で、尚且つ池袋を駆け巡る生きる都市伝説、自分がまともに話の出来る数少ない貴重な友人だ。
 その彼女から、昼間、いきなりメールで誘いがあった。

『友人を集めて鍋をする事になった。良ければぜひ、静雄も来てくれないか?』

 タイミング良く仕事も終わった所だったので、成り行きで何となく、上司であるトムさんも一緒に参加する事になった。
 何処かで見た顔や、昔からの知り合い、そして高校生らしい若者達と、性別年齢問わずバリエーションに富んだ参加者に、どういう知り合いなんだと首を捻った。
 が、それを言ったら自分もそうかと思考を打ち切る。
【池袋の自動喧嘩人形】
 ありがたくも好きでもない異名は、どれだけ自分が嫌がっても外れることは無かった。
 返って因縁や喧嘩を売ってくる人間が引き寄せられてくるだけで、まぁそういう人間はぶん殴っても問題は無いので別に良い。面倒ではあるが今更だ。
 ともあれそういう事情なので友人は少ない。
故にこういった形の大勢での食事と言うのはなかなか無く、面映い心地さえ感じながら鍋を突付いた。美味かった。
そして具材の皿も片付いて鍋も一段落し、床に敷いてある座布団に座り幼馴染の新羅と同級生だった門田とだらだらと酒を飲みながら話し込んでいたのだが、いきなり名前を呼ばれて、背中に誰かが飛びついてきた。
「しーずおさん!」
衝撃に驚いて振り向いたが、背後には誰も居ない。と言うか背中が重い。くすくすと笑う声と共に、だらりと誰かがぶら下がっている。重くは無い、むしろ軽い位だがさて如何したものかと言う感じだ。
まずは背中の相手を確かめようとする、その前に『駄目だよ帝人君、静雄さんに頭からばりばりっと食べられちゃいますよー。』とへらへらした声が掛けられた。言葉の内容に眉根が寄ったが、こう言う人を食ったかの様なふざけた言い回しをする男は知っているので、門田と一緒に声の方を向く。
「お前ら未青年に何飲ましてるんだ…。」
「仕方ないじゃないっすか、帝人君が狩沢さんのスクリュードライバーをジュースと思って飲んじゃったんっすよー云わば不可抗力!」
「ごめんなさい、私がこれカクテルだって言っておかなかったから悪いのは私!って事ですみません、帝人君あっち行くよー。」
「んーやだー。」
 子供の様な口様でぎゅっとしがみ付いてくる細い腕に、ざわりと何処かがざわめいた。不快な感じでは無いそれに、コレは何だと疑問が浮かぶが、ともあれ何時までも背負っている訳にも行かない。
 手を後ろへ回して首の後ろ辺りを掴み、持ち上げるとするりと腕が解かれて素直に持ち上げられた。
 猫の子の様にてれんと脱力して片手にぶら下げられたまま、少年…竜ヶ峰帝人がくすくすと笑っている。セルティの友人だと紹介された来良の学生。先の二人の言葉どおり酔っている。
アルコールで薄っすらと赤く染まった頬は誤魔化しようが無く、酔っ払い以外の何者でもない。
 静雄が座った状態で腕を伸ばして持ち上げているから、持ち上げた帝人の足は床に着いている。が、自力で立とうとする意思は見られず全体重が静雄の右手に掛かる。その重さは思っていたよりも軽く、静雄は内心痩せすぎじゃねぇかと考える。
 ともあれ投げる訳にもいかず、手を離せば、そのままくたくたとその身体は崩れる様に座った。適当に並べられた座布団の上に膝を崩し、そのまま猫の様にふにゃりと前のめりに身を寛げる。
 上半身の行き先は静雄の膝だった。
 驚きに固まる静雄と、混乱で固まる周り。その静寂を貫いて、『すかー、くー』と言う規則正しい寝息が響きだした。
「どーもー、皆楽しんでるー?…ってナニコレ。」
 へらりと笑いながら現れたこの部屋の主は、言葉と共に眼鏡の奥の目を瞬かせた。一瞬考え込んだ後、新羅が門田の方へと目を向けるのは、未だに静雄が硬直から抜け出せていない、いや当分はそのままだと考えたからだろう。
「いや、何だか竜ヶ峰がジュースと酒間違えて飲んじまったみたいでな…あれだよ。」
「あー若い頃はそう言う事もあるよねぇ。まぁ具合悪いみたいじゃないから良いけどさぁ。で、そろそろこんな時間なんで適当にお開きにしたいんだけど、良いかな?」
「うちらは大丈夫っすよー、どうせ運転手居るし!」
「…コレ見終わるまで動きそうにもねぇけどな。」
 門田がコレ、と指差した先にはヘッドフォンを頭に嵌めた渡草の姿があった。大きなTVの前に座りこみ、セルティと新羅が撮り貯めた聖辺ルリコレクションに真剣に見入っている。
「あはは、まぁもし何だったら幾つかDVDに焼いてあるのを貸してあげても良いしね。で、問題は帝人君かなぁ…。」
 ふむ、と顎に手をやって思案しながら、規則正しい吐息を繰り返す少年の前に屈みこみ手首を掴み、脈を診る。更に顔の前でひらひらと手を振り、更にもう一度ふむ、と唸る。そして固まったままだった幼馴染にねぇ、と口を開いた。
「ねぇ静雄、帝人君そんな状態だしさ、君に彼の事頼んでも良いかな?」
「…あぁ?」
「いやね、どうせ君だってお酒飲んでるしさ。それならタクシー呼んで二人で乗って帰ってもらおうかなって。」
 少しだけ上の位置にある幼馴染の顔を見上げ、一瞬考えこんだ後に静雄の口があんぐりと開く。
「よろしくねっ♪」
 否とも応とも反応する隙を与えずに言い切り『セルティ、静雄が帝人君送ってくれるって言うからタクシー呼ぶねー!』と話を持っていくところはさすが竹馬の友と言うべきか。
 ツッコミを入れようとした静雄の手は止まり、膝の上の重みに戸惑って動くことも出来ない。
 この時にきっぱりと断らなかった事を、静雄は後に後悔と共に思い出す事になる。

 タクシーでマンションを辞して20分ほど後、静雄は自室へ戻りシャワーを浴びていた。降り注ぐ暖かな水滴で洗った髪の毛をすすぎ、深く溜息を吐く。
大した問題ではないが、面倒な事になった。そんな気がする。
 新羅が呼んだタクシーで、先に少年のアパートへと向かった。暗く寝静まった住宅街を通り抜け、目の前に現れた建物は今時には珍しい位のボロアパートだった。今時こんな壊れそうな代物に済んでいる人間が居るのかと住人であるはずの帝人を見下ろせば、すやすやと深い寝息を立てて居る。
 未だにその顔に酒気が赤い色をのせていて、病人ではないにせよ翌朝の事を考えれば部屋に放り込んでおしまい、と言う気にはなれなかった。
 後部座席を伺う運転手に向かって、このまま次に指定してある住所へ向かってくれと声を掛ける。
 お人良しの自覚はあるが、仕方が無いのでうちへ連れて行こう。
 自分なりの責任感に従って静雄はそう考えたのだった。

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