◆蜻蛉玉

 夏の日差しは暑いけれども、お店の中に入れば大体冷房が効いている。
人工的かつ快適な冷気の中で、健二はふうっと息を吐いた。
買物に行こうと誘われて、上田の繁華街に出たのは良い。だが女性の買物は長い、と相場が決まっている事を健二は知らなかった。
あれやこれやと手に取って、最後は結局手を離す。それを何回も繰り返して…買う気があるのか無いのか。それとも迷うのが楽しいのだろうか。今一つ分からな いながら出掛けに翔太が溜息混じりに肩に手を置いて言った言葉…『ま、がんばれよ』の意味が何となく今、理解出来たような気がした。
ちなみにこの雑貨屋に入ってからもうかれこれ3、40分位は経っている。いい加減待つのも飽きてきたし、ちょっと…いやかなり体が冷えてきた。
「夏希先輩、僕ちょっと外に出てます。」
まだきゃっきゃっとマグカップや小物を弄っている夏希達に声をかけ、外へ出る。
むわっと押し寄せる熱気と光にくらりと眩暈を起こしそうになるが、同時にその夏らしい暑さが心地良い。
遠くに響く蝉の声。濃い緑と蒼天に立ち上る、大きな白い雲。

お店の周りを見回すと、ちょうどお店の脇に木陰が出来始めていた。日差しを避けてちょっとメールでもして待とう、と歩いていくと廃材で作ったらしい長椅子が置いてあり、その端には籠が置いてあった。
何となく横に座り、籠に盛られている中身を覗く。
「ビー球?」
大粒の色鮮やかなガラスの球体は、遠い昔に遊んだ玩具に良く似ていた。
だが、これは記憶よりまろやかで歪な形で完全な球体ではない。そして何よりも違うのは、貫く様に穴が開いている。だから多分違うものだと思いながら適当に一つ、手にとってみた。
「…わぁ。」
透き通った薄紫の硝子の中に閉じ込められた、金色の煌きと赤い炎。そうとしか言いようの無い色彩が幾筋もたなびく様に、息を呑む。
空いた手でもう一つ、と取れば今度は無色透明な中に閉じ込められた白い百合の花。薄紅の花芯をひっそりと抱いて佇んでいる。
さらにもう一つ、と見れば今度は黄緑色の球体の表面にぽつぽつと薄緑色の水玉が散る、凹凸の触感が面白いものだった。その色合いが何となく理一のアバターを思い出し、健二の唇がくすりと笑みをかたどる。
「あら、蜻蛉玉ね。」
カラン、となったドアベルの音に目を上げるを、長椅子の少し先にあったお店のドアが開いていて、そこから直美が顔を出していた。
「待たせちゃってごめんねー。」
大体みんな決まったみたいだからさぁ、と軽く言いながら近づいてくるその手は自身の鞄だけしか無い。あれだけ沢山のものを見ておきながら、結局彼女は何も買わなかったらしい。
蜻蛉玉、と言う言葉に健二がさらに疑問を深めただけなのが分かったのだろう。座る健二の脇に屈み込みながら、籠の中に手を伸ばしてからりとかき混ぜ、一粒を手に取る。真っ青な球体がキラキラと陽光を弾いて、健二は眩しさに目を細める。
「まぁ要するに手作りのガラスビーズよね。ほら、穴が開いてるでしょ?ここに紐を通して飾りにしたり、アクセサリーにしたりするのよ。」
男の人なら携帯ストラップにも出来るわよ、気に入ったのがあるならどう?と言われて、改めて脇に視線を落とす。
よく見ると籠の上の壁に紙が張ってあり、値段と一緒に【ストラップ、ペンダント等、無料で加工致します】と書かれている。
ちょっと中の様子見てくるからこれ戻しておいて、と手の平に蜻蛉玉を落とされて、どうしようかなと考える。
自分の今使っている携帯は素のままの状態で、それは別に何となく付けていないだけで、特に拘りがあるわけではない。
山を指先でかき混ぜているだけで、新しい色と模様の玉が出てきて飽きない。まるで宝探しみたいだ。
ふとそんな事を思いながら、かちゃかちゃと耳に心地よい音を楽しんでいると、不意に現れた赤い光に指を止める。
「…綺麗だ。」
指でつまんで日に透かす。
真紅の硝子には金砂が焚き込まれ、中央には小さくオレンジの炎が渦を巻いている。

…キングカズマの眼って、こんな感じなのかな。

「あ、それすごい綺麗!何、健二君ストラップ作るの?」
不意に声を掛けられて振り向くと夏希や直美、典子と奈々の一行が揃っていた。
「あ、え、えと…はい。」
何となく籠にそれを戻すのも躊躇われて、結局頷く。
すぐ作ってもらえるから行って来なよ、と言われて店内へ戻って清算してもらうと、ものの数分でそれは黒い紐に編み込まれ、自分の携帯にぶら下がっていた。
もしかしたら邪魔になるかも、とふと思ったが、実際に持ってみると逆に蜻蛉玉の丸みが丁度指に止まる。いい感じにストッパーになって悪くない。ああ、だから皆ストラップを付けるのだなと、何となく合点がいった。

「「「ただいまー。」」」
異口同音に玄関をくぐる面々をよそに、健二は挨拶しながらそのままぐるりと庭へ回った。
「おぅ、お疲れさん。」
「…お帰りなさい。」
どうやら涼んでいたらしい万助と圭主馬が健二を認めて声をかけてくる。
否定も肯定も出来ず、はははと苦笑すると大変だったみたいだね、と圭主馬に麦茶を差し出された。
「女の人の買物って、すごいんだね。」
「今日のは多分、まだマシな方だよ。年末の売り出しなんかもっと凄いよ。」
「確かになぁ。しかもウチのヤツらだけじゃなく、他のヤツらも殺気立って獲物の奪い合いだ、まさしく修羅場ってヤツだな。」
はー、とただ感心の息を吐くだけの健二に、ふと圭主馬の視線が止まる。
「健二さん、携帯にストラップ付けたんだ?」
後ポケットに入れている携帯に、ころりと鮮やかな色がくっ付いているのが見えたのだろう。
「うん、何だか気に入っちゃって。」
携帯を引き出して圭主馬に手渡すと、僕も最近付けたんだよと彼の携帯を渡された。スライドタイプの携帯から伸びているのは艶のある焦茶色の紐。
それに通された玉は金砂の仕込まれた明るい濃黄色の硝子で、下の方に横一線、太めに白い硝子が吹き付けられていた。
つるりと透明な健二のものとは違い細かなヒビ加工が仕込まれており、奥の方まで複雑に入ったヒビは丁度プリズムの様に光を弾いて深い輝きの赤とはまた違った味わいを見せている。

「…これも綺麗だなぁ。」
光に透かしてその輝きをうっとりと見つめていた健二は、ふと視線を感じて横を向いた。
途端に下を向いた圭主馬を不思議に思いつつ、礼を言って携帯を返し、代わりに自分の携帯を受け取る。

「そう言えば健二さん、それ何でその色にしたの?」
結局庭の方から家に上がり、玄関へ靴を持っていこうとした背中に声がかかり、立ち止まった健二はちょっと逡巡した。
理由が無いわけじゃない。
が、それを正直に答えるのはさすがに恥かしい気がする。
「…うーん、これが一番綺麗だと思ったんだよ。君は?」
聞き返されて、圭主馬の目が驚いたように見開かれる。まさか自分の方の理由を聞かれるとは思わなかったのだろう。
「…変わってて、こんなのも意外に悪くないなって思って。」
暫く目が彷徨った後に出された答えはそんなものだった。だが、それを見る視線は柔らかく、気に入っているのだと知れる。

じゃあ後でね、と遠ざかる足音に圭主馬は溜息を吐いた。
本当の理由なんか言えるものかと。
何となく貴方のアバターに似ている気がして、思わず買ってましたなんて誰が言えるか、と。

まさに相手が同じ瞬間、同じ事を思っている、なんて神でも超能力者でもない二人には、残念ながら知る由も無いのだった。


*************

恋愛感情未満でカズ→←ケン。
無意識にシンクロしてたりとか、色違いでお揃いとか思って二人で自己満足してると良い。

時間的にはあらわし墜落の数日後で、みんな落ち着いて日常に戻ってきた辺り。
ちなみに薄紫の硝子>>栄、透明な中に百合>>夏希、緑水玉>>理一のイメージで。
墨流しに金砂散らして桃色のハートで侘助、とか考えたけどiPhoneにはストラップ付ける穴が無いので見送りマシタ。

20091118up

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