押し付け介護[1]
ぼきゅり、ガツン。
実にあっけなく生々しく、その音は身の内で響いた。
自分自身の…竜ヶ峰帝人の、骨が折れた音。
こちらへ走ってきた男に強く突き飛ばされて、建物の角にぶつかってあっけなく左腕が折れた。痛みに倒れこんだ所へ相手が倒れこんできて、今度は右指の骨が折れた。
打ち所が悪かったとしか言いようが無いし、それは勿論ぶつかって来た相手が悪いとしか言いようが無い。右手のぐるぐる巻き包帯と、左手の簡易ギブスを見ながら帝人は溜息を吐く。
これは事故だし、運が悪かったとしか言いようがない。
首に切り傷のついた女の子とぶつかった時は無傷だったし、やはり相手が軽ければ違うんだなと思う。歩くボンレスハムの様な相手に跳ね飛ばされて建物の角に身を打ち付けた時は、痛みで一瞬息が詰まった。骨折の痛みもだけれども、強く身体を打ち付けたので。で、痛みが落ち着いて起き上がろうとした所に転んだ相手が降ってきた。それで地面に付いていた右手がイった。
まぁあれだ、あれはどうしようもない。避け様が無かった。
不運だったとしか言いようが無い。
だが、その男がぶつかる原因になった相手…取立て屋であり知人でもある男、平和島静雄にとってはそうは行かなかった様で。
原因になったのは自分だ、と強く主張した。された。
そして現在、帝人は彼の…静雄の家に居る。座ったまま、玄関で靴を脱がされている。
どうしてこうなったのか、その理由は簡単だ。
『医師には診てもらえたが、病院には行かなかった。』
静雄としては何時もの事なので、彼は帝人を新羅のマンションに連れて行った。
曰く、自分の経験から言えば、コレぐらいの骨折は面倒な検査もレントゲンも要らない。単純な骨折だし怪我の場所も入院の必要が無い。ならば病院に行く必要は無いだろう。
さすがにレントゲン不要論は新羅に怒られていたが(正確には帝人を心配したセルティの言葉に触発されてだが)、見立ては間違っていないらしい。結局型取りされた簡易ギプスで固定した腕は包帯できっちり巻かれて首から吊られているし、指も動かない様にきっちり固められている。
指に関しては数日したら他の指は動かせる様に固定を変える、と新羅に言われたのでほっとした。字が書けるのなら、授業は受けられる。
で、セルティのバイクに静雄共々乗せられて、マンションを辞したのだがそのまま静雄の家に二人で降ろされた。
疑問を問う間もなく走り去る黒バイク。
呆気に取られたまま傍らの男を見上げれば、咥え煙草を口から剥がして煙を吐き出して答えを返してきた。
「しばらくお前、ウチに泊まれ。俺の責任だから面倒見る。」
そんなんじゃ何も出来ないだろうし、と言われた言葉にあっけに取られたまま気が付けば家の中だった。
上がり口に座った自分の前と、その足元にしゃがみ込んだ平和島静雄。
改めてすごい状況だと思うのは、多分現実逃避だ。
これから自分は当分の間、怪我が治るまでここに居る事になるのだ、そうだ。
告げられた内容はすでに確定事項で、自分にはそれを遠慮も拒否も出来ないらしい。
間近に見る金髪の頭にふと目が行く。根元まで綺麗に染まっていて、でも外人ではないのは分かるから染めているんだよなぁと思う。
「脱げたぞ、立てるか?」
不意に見上げられて、問いかけられる。
蒼いサングラスが透ける位の距離で、見つめてくるその目に一瞬息が止まる。
や、なんだかスゴい美形だったりしませんかこの人。
思わず黙ってしまった自分に何を考えたのか、ひょいと脇の下に手が入れられた。
何と聞く間もなく持ち上げられて立ち上がらせられる。
「荷物は持ってくからな、でトイレと風呂がそっちでこっちが居間。」
2LDKなのだろうか、先に行く背中を追う。
白いシャツと黒いベストのコントラストが、見慣れてきた池袋ではなく普通の家の中にある。
そんな自分に取っての非日常に少しだけ興奮していたのかもしれない。
この先にある非日常が更にとんでもない形で自分を追い詰める事になるなんて、この時は想像もしていなかったのだ。
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