愛煙家の憂鬱

東京、夜、池袋。

宵闇が迫ってもなお明るく、人の多いこの町では、どうにも愛煙家の肩身は狭い。
そんな輩が集まる駅前の喫煙所の人だかりの中、一際大きな金髪グラサンにバーテン服の男と、ドレッドヘアに眼鏡を掛けた男の二人組みも混ざっていた。
片方は池袋でも有名な池袋の自動喧嘩人形、平和島静雄。
もう片方はその上司で、田中トム。
共に出会い系サイトの滞納金取立て屋と言う仕事を勤めており、かたや脅しで用心棒、かたや説得係と言う形で、アメと鞭なデコボココンビとして、池袋をワンセットでうろついている事が多い。
ああ、ニコチンが肺に沁みると嬉しそうに目を細めてトムが傍らを見やれば、相方は煙草を吸いながら微妙に周りを気にしていた。
ふんふんと鼻をひくつかせている様な気配を感じて、トムの眉がぴくりと揺れた。
『臭い』『匂う』と彼が言うのが、犬猿の仲、もしくは天敵と言うべき相手…折原臨也が現れる際の定番の前振りだ。
アイツが来て静雄がキレるのは仕方がないが、せめて駅前でだけはやって欲しくない。すぐ近くには交番だってあるし、この辺は投げる物に事欠かない。
いや、どれもこれも普通は投げるべき物ではないし、そもそも動かない物なのだが。
そんな上司の不安を知ってか知らずか、相変わらず静雄は鼻をひくつかせていた。
そして吸い終わった煙草の残りを灰皿に投げ入れ、くるりと頭を巡らした。
「…?何だ…甘い…?」
迷う様に零れた言葉は小さく、なんだそりゃとトムが聞き返す前にふらふらと雑踏の中へ静雄は歩き出した。
丁度二本目の煙草を吸いだしていたトムは慌てて追いかけようとしたが、どうも暴れる様子は無さそうなので、全部吸ってしまおうと深く息を吸い込んだ。
そんなに遠くへ行くでもなく、雑踏の中をふらふらと歩いたり立ち止まったりしている静雄は何だか迷子の様にも見えて、そんな可愛いモンじゃないだろと自分にツッコミを入れる。
忘れてはいけない、アイツは平和島静雄なのだ。
と、その何とはなしに観察してしまっていた相棒の動きが止まった。
顔の角度は丁度少し下のほうへ傾いて誰かと話している様で、視線を移せば小柄で黒髪の少年が静雄と話している様だった。
静雄の背中しか見えないので表情は見えないが、少年が笑顔で話しかけているところを見て意外に思う。あの平和島静雄に笑って話しかけられる人間が居るとは思わなかった。
しかも相手は豪胆とは程遠い見かけの少年だ。どっちかと言えば不用心とか迂闊とか言う言葉の方が似合いそうだ。
暫く話をしていた後、軽く手を振って相手は離れていった。横断歩道の方へ向かっているので、サンシャイン60通りの何処かへ行くのだろうか。
同じく手を振って見送り、こちらへ向き直った静雄の顔がこちらを向いてぎょっとする。
何だと思っていれば、だだっとこちらへ駆けてきた。
「な、何だ」
「トムさん何やってんですか、煙草燻ってますよ!」
見れば吸うのも忘れて手に持っていた煙草は葉っぱが燃え尽き、フィルターの根元がぶすぶすと燻って嫌な匂いを出し始めていた。
もっと言えば、挟んでいた指も焦がされ出していた。
「おうわっちぃ!」
慌てて吸いさしを吸殻入れに叩き込み、自動販売機からミネラルウォーターを買ってきた静雄がダバダバと冷たい水を指に注ぎ掛けてくれた。赤く腫れた火傷の跡を確かめながら、さっきから気になっていた事が不意に口をついて出た。
「何だったんだ静雄、さっき甘いとか何とか言ってたのは。」
「あー、え?あー、何だかちょっとこう、美味そうな匂いがして気になったんで、つい。」
…つい、でフラフラ行くなんてお前は犬かと言いたくなったが、止めておく。
「で、ついでにさっきの子は何だ、知り合いか?」
「知り合いって言うか…知人の知人っすね。」
「あんな小さな子と知り合いって、どんな知人だよ…。」
中学生位だろうとアタリをつけて言えば、静雄の顔が不思議そうにこちらを見た。おかしな事を言っただろうかと首を捻れば、ああ、と何かに気付いたかの様に言葉が返ってきた。
「アイツ高校生ですよ、来羅なんで一応後輩って事になりますね。」
え、と顔がこわばる。
「…気にしてるらしいですが。まぁ、ねぇ。」
あの形で高校生かと聞き返したくなるが、自覚があるのだと言われては言葉に困る。
「じゃあ後は家で氷で冷やせば何とか…薬とかあります?」
「オロナイン塗っときゃ平気だろ。」
ぴっと指を振って滴をはらい、そのまま二人はその場を後にした。

トムはその後にも数回、鼻をひくつかせた静雄が『臭い』と言わない時には件の少年と会っている現場を見る事になり、結論を出し、そして沈黙を選んだ。
なんと言っても、人生は平和が一番だし、自分は長生きしたいと思っている。
部下である静雄との付き合いも長く、その扱い方もそれなりに心得ているとは自負している。

だが、静雄でなくとも。
どんな人間であっても、この言葉を言えばキレるであろう事は目に見えている。
何故キレるのか、理由は人に因って変わるだろうが。

「…人間の匂いを美味そうとか甘いとか言って嗅ぎ分けるなんて、お前は犬か。」

愚痴めいた彼の言葉は相手に言われる事もなく、ぽつりと零されて煙と一緒に消えていった。

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初drrr小説です。
何故かトムさん視点。
静雄×帝人未満で、静雄が犬っぽい(w

20100521up

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