欲しい望むと書いて欲望ー1

 アバターという存在は基本的に無性だ。
何故ならば現実の人間に対する代替存在であるアバターに取って、性的特徴と言う物は視覚情報やアイテムなどで十二分に主張出来るし、事足りる。
従って現在、それは意味がないものだとされている。
そう、現在は。
人が集まると言う事は、様々な情報の収拾が出来ると言う事でもある。実は、過去のある時期、アバターに対する性別情報付与が行われたことがあった。サンプルの収拾状況によっては、より規模を拡大して研究を、と言う話になっていたらしいが、ユーザーの反応は芳しくなく結局打ち切りとなったのだとか。今はそんな実験があった事を知る者は少ない。

彼のマスターがその時期にに彼を作成したのはただの偶然だし、彼の性別欄に【オス】とチェックを入れたのは特に深い考えがあった訳ではないだろう。
それこそ『…何となく』と言う感じの答えしか返ってこなさそうだ。

「でも、今は本当に良かったって思うよ。」
マスターに感謝しなきゃ、と言いながら長身の兎型アバター、皆には尊称を冠してその功績を称えられる存在…キング・カズマは腕の中の相手に笑いかける。
場所は自分に与えられたプライベートスペース、人間達の住居を模して作られた居間にあたる場所に据えられた大きなソファの上。
その腕に抱きかかえられているのは、黄色くて丸っこい小柄なリス型アバター。名前はケンジ。
カズマの主人である圭主馬の友人、健二のアバターだ。
OMCチャンピオンである格闘系アバターのキングとは路線が全く違う造形で、手も足もかなり短いぬいぐるみの様なその姿は、まさに愛玩動物系と言って差し支えないだろう。
長身のキング・カズマと、ほぼ2.5頭身のリス。正直、かなりアンバランスな見かけの取り合わせである。
が、主人同士の友人(?)関係は置いておいて、アバター同士の関係は仲が良かった。
その関係のパワーバランスとしては9:1位の割合でキングが強気だった。どれ位強気かと言うと、リスの遠慮がちな好意を身体ごとお持ち帰りしていく位には。
実は逃げられたくないから強気に出ているとか、余裕が無いから駆け引きも出来ないとか、そんな情けない本音があったのだけれど相手にそれが分からなければ別に良い。

◆ ◆ ◆

口に無理矢理含まされたキングの指に口の中をかき混ぜられながら、涙目でケンジはカズマの顔を見つめる。
よく舐めて、と言われたキングの言葉に従おうとするけれども、自分が舐めるよりも掻き混ぜる指の力が強くて結局その動きに翻弄されるばかりだ。毛と滑らかな爪の生えた、自分よりも大きな指が口の中を擦りあげ、舌に絡みつく。
その度にぞくぞくとした感覚が背筋をはしり抜けて、ぞぞぞっと尻尾の先まで毛が逆だつ。必死にちゅうっと口を窄めてキングの指を吸い上げると、彼の全身がびくんと大きく震えた。

動物系アバターとして組み込まれているスキンシップが、互いに意図的な接触になっていったのは何時の頃か。

カズマにとってこのリスからの好意は、あの夏の日、パンドラの箱に残った最後の宝物だった。
ラブマシーンとの戦いに負けて、腰が軽くなって。
別にチャンピオンの座が惜しかったとか、スポンサーが居なくなる事が惜しいとかは全く無かったのだけれど、主人と一緒に積み上げてきた物が無くなるのは寂しかった。
さらさらと指の間を零れ落ちる砂の様に、拳を握り締めても何も残らない。
元より電脳空間の仮初の世界とその住人。最初から、何処にも居ない、何も無い様なモノだけれども。
さて、このままノックダウン状態ではすぐに敵に取り込まれてしまう。脳裏で警報がなるが、だがここまでダメージの重なった状態では主人でもコントロールが繋げない。取り込まれれば多分、自分と言う存在は無くなるのかと思うと『それは嫌だな』と思えた。
仰向けに転がった視界は上下が逆さまで、下から見上げるギャラリーは新しい視点で新鮮だった。
誰も彼もが王の失墜を呆然と眺めている。

「あああああっ!」

その時傍らに走り寄ってきた足音と叫び声、獲物を狙う捕獲者の視線が逸れて、次の瞬間には肩をぐいっと掴まれて、身体が浮いて引っ張られた。
OMCの闘技場プレートから転げ落ちる様に逃げた、と状況が分かったのはマスターのプライベートスペースに収納されてからだった。
「さっきは有難うございました。貴方がアイツに食べられちゃわなくて、本当に良かった。」
ぺこり、と頭を下げてから自分を見上げてくる、座ったままの自分の胸元位の高さしかない小さな相手。
ケンジ、と名乗った相手はゲストアバターで、OZの知識は基本情報しかない位の初心者アバターだった。
まるで生まれたての赤ん坊で、感情表現の豊かな行動は見ていて飽きなかった。
次に主人がログインするまでの時間を、ずっと一緒に過ごした。
自分の名前を教えなければいけない相手にあったのも、初めてだった。

OZの外では自分の主人達が共同戦線を張っていた。
また主人と一緒にアイツと闘って、たたかって、戦って、折角追込んだ罠を食い破られて…ボロボロになって打ち負かされて、結局相手に取り込まれた。

最後の瞬間に思ったのは、あの小さなアバターの事だった。

ゴメンなさい。もし僕が食べられてしまったら、貴方は泣いてしまうだろうから謝ります。ゴメンなさい。
カズマさん、カズマさんと泣くのだろうけれど、慰められないのが辛い。貴方の傍に居ないのが辛い。
そう、主人の事も勝負の事も頭には無く、考えたのはあの小さなリスだった。

…という事で。
ほぼ今際の際、三途の河原寸前でUターン蘇生を行い、目蓋の君をインプットされた兎は再びOZに蘇った。

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需要のある無し関係なく、己の欲望を垂れ流してみます。
ウサリスです。
うちのウサギはちゃんとオスです。で、リスは無性(デフォルト)。

20091127up

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