ぽたぽたぽた。
小降りの雨の音が、真っ暗闇の中で唯一響いていた。

「……歳三さん」

千鶴は声を掛けてから、縁側に腰掛けて外を見つめる土方の少し後ろに膝をついた。彼は振り向かず、なんだ、と短く聞き返す。それを寂しいとは思わなかった。もしかしたら私と違うものが見えているのかもしれない。この、真っ暗な雨降りの世界に彼は何を見ているのだろう。昔の記憶――江戸での思い出か、京での日々か。千鶴にはそれすらも分からないけれど。

「今日は冷えますよ。風邪を引いてしまうかもしれません」

「お前ほどか弱くねえよ」

「……私だって、そんなに弱くありません」

むっと頬を膨らませながら、千鶴は持ってきていた羽織をそっと彼の肩に掛けた。

「お前も何か着とけ」

「いえ、平気です」

私には、あなたがいるから。
口には出さずに、千鶴は土方に寄り添った。やっぱり、あたたかい。土方はそうして瞼を下ろした千鶴の腰にそっと腕を回した。離れないようにと引き寄せれば、それに目敏く気付いた千鶴が小さく笑う。

「私、どこにも行きませんよ」

「……知ってる」

しかも、心情まで気付かれていた。照れくさくなってふいと顔を背ければ、千鶴がまた嬉しそうに笑った。

「不思議ですね」

「何がだ?」

「私、あんなにあなたのことが怖かったのに」

土方が不機嫌そうに顔を歪めた。千鶴は臆することなく続ける。

「本当に、怖くて仕方なかったんですよ」

「……そうだろうな。俺もお前の怯えた顔は見飽きてた」

「……でも、今は全然怖くないんです」

「……」

土方は何も言わなかった。千鶴はちらりと彼の顔を覗き見て、そしてすぐに真っ暗な庭へと視線を戻した。彼の表情は、盗み見ただけでは分からなかった。

「思わず揶揄ってしまうくらい、歳三さんの可愛いところも知っています。今なら沖田さんの気持ちも分からなくはないです」

「……頼むから、もうそんなこと言うんじゃねえ」

疲れ果てたように土方が息を吐いた。やっぱり、可愛らしい人だ。千鶴はまたくすくすと笑った。

「そういう歳三さんも、大好きなんです。……怖い歳三さんも好きですけど」

きゅっと彼の着物を掴んで、さり気なさを装って伝えれば。

「……知ってる」

と、微笑しながら彼は応えた。

「……!…もう」

意地悪な発言に、今度は千鶴が赤面する番だった。こうして彼を苛めるのは可愛くて楽しいけれど、いつも結局はこうして負けてしまう気がする。私が彼を大好きで大好きで仕方がない限り、勝つことはできないのかもしれない。



「雨、止むといいですね」

話を逸らそうと口にした話題は、あまりにも分かりやすかっただろうか。土方が小さく笑って頷いた。

「雨が降ってようが止んでようが、お前が傍に居てくれるなら俺は別にどうでもいいんだがな」

さっきの仕返しのつもりなのだろう。すぐに早鐘を打つ千鶴の心臓の音は、きっと彼にも伝わっている。さっきとは打って変わってご機嫌な土方に赤い顔だけは見られまいと、千鶴はひしと抱きついた。








雨音に紛れた恋慕




2011/06/12
十七万打ありがとうございますー!もうここずっと雨降りなので、梅雨のしっとりした話を書こうと思ってたんですけどね!ね!また再挑戦できたらいいなー。梅雨は外にさえ出なければ好きです。しとしとと滴るような雨は特に好き。出かけるとなると別ですけどね!
十七万打本当にありがとうございました。嬉しいです。ありがとうございました!!

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