この夏最後の(だと信じたい。毎日はさすがに飽きたよ、母さん)素麺を食べて、ゴロゴロしていたら、だんだん意識が撹拌され、滑り込むように深い眠りについていた。ふ、と目が覚めた時、どれくらい時間が経ったのか、分からなかった。寝転がったまま見えた空は、やわらかな紫色をしていて、朝だろうか夕方だろうか、と一瞬、混乱した。西の雲が金色に燃えていて、夕方かな、と判断してまた畳に寝転がった。

と、家のチャイムが鳴った。暑いし(まだ)眠いし面倒だなぁと、無視することに決めた。けど、相手も相当なもので、立つ去る気配がない。「ピンポーン」と間延びした音も、連打されると、さすがに鼓膜にきそうだった。仕方がないな、と内心思いながら、のろのろと体を起こし、つっかけを履きながら外に出ると幼馴染のハチがいた。

「ハチ? どうしたんだ?」
「いいから、乗って」

強引に手を掴まれて、反論する暇もなく、玄関の先に立てかけられた自転車の方に引っ張られていく。いつものように2人乗りをしようと思い、ハチの小母さんが俺のためにつけてくれた金具に足をひっかけた。けど、そこから、体が動かない。

(どうやって、俺、ハチに掴まってたっけ?)

目の前にあるハチの背中は、なんか、見たことがない人みたいだった。

「兵助、どうしたんだ? 落ちるから、ちゃんと掴まれって」

ぐるぐると考え込んでしまった俺を不審げに見つめるハチの言葉に、恐る恐る、彼の胴の外側から手を回す。おでこをハチの背中に、ぴったり、押し付ける。自転車が、走りだした。…ハチ、だ。回した手が。くっつけたおでこが。ちゃんと、ハチのことを覚えていた。



ジェットコースターのように風を切って、長い長い坂道を下っていく。

「どこ行くんだ?」
「なんだって?」

勢いを失った夏草が、視界から一瞬で駆け抜ける。ごぉごぉ、と吹き抜ける風は熱く、けれど、ひどく乾いたものだった。俺の言葉が聞こえなかったのだろう、叫ぶようなハチの声が届いたので、俺も喉が裂けそうなくらい大きな声を出す。

「だーかーら、どこ行くんだ?」
「三満屋。かき氷、食べに行くって約束してただろ」
「そっか、忘れてた」


--------ずっと変わらない、俺とハチの決まり事。



***

「ハチ、どうだった、夏休み?」

結局、かき氷は食べれなかった。「今年から、夕方はやってないのよ」と、店番を務めるおばあちゃんは、申し訳なさそうに言った。俺たちは「じゃぁ、また来年来ます」と告げ、帰途についた。行きと違って今度は上り坂だから、重たそうに自転車を押すハチの隣を、そのスピードに合わせて、ゆっくり歩く。

「ふつー。練習して、試合して、あぁ、大会は準優勝だった」
「ふつーじゃねぇだろ、すげぇな」
「そっちは?」
「お前が部活ばっかで、いなかったからな」

自転車の車輪に何か引っかかってるのだろう、カラ…カラ、と金属の音が小刻みに聞こえる。昼の熱を失った風が、ゆっくり、俺たちの間ば通り抜けて、体を冷ましていく。あちらこちらから虫が競い合う様に細い声を奏で始めた。残照はすっかり追いやられ、濃紺の夕闇が浸透していき、ぽつり、ぽつりと、街灯に温かな光が灯されていく。

「…ごめん」
「約束覚えてくれててたから、まぁ、いいけど」

三満屋で夕方にかき氷が食べられなくなったように、周りも少しずつ、変わっていくのだろう。それは、俺も、ハチも同じで。街灯に照らし出されたハチの横顔は、やっぱり、以前のハチとは何か違った。

「兵助」
「ん?」
「来年はちゃんと連れてってやる」
「え?」
「さっき、約束しただろ」

けど、俺に向けられた笑みは、変わらないハチのそれで。

--------------変わっていかないものも、あると信じたい。

「あぁ。約束だぞ」

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