はいごからじゃなくて


背後からのし掛かられた重みに、「三郎、暑いんだけど」と抗議したけど、「んー」と語尾を伸ばした返事が戻ってくるだけだった。ちっとも離れそうにない気配に苦笑をこぼし、僕は握っていた筆を文机にある硯に浸ける。とっぷりと、墨の匂いが広がった。夏休みの課題を終え、久しぶりに学園に戻ってきたら、これだ。すぐに報告書を書いて提出しなきゃいけないのは三郎だって分かってるくせに、こうやって邪魔してくる。

「夏休みも終わっちゃうね」

眼前に広がる書面を見やりながら、背中の熱に話しかけると、また「んー」と曖昧な声だけが返ってきた。首がくすぐったい。僕の髪に顔を埋めた三郎の息が吹きかかっているのだろう。

「どうしたのさ」
「…笑わないかい」

珍しく弱々しく訊ねてきた三郎に、こっそりと笑みを堪えながら「笑わない」と答えた。すぐさま、「今、笑ってるし」と指摘が飛んできて、慌てて緩む口の端を引き上げる。

「笑わない。約束する」

で、どうしたの、と続きを促すと、背中にすがる指先がひときわ強くなった。

「おかえり」
「え?」
「だから、おかえりって言ってなかっただろ」

思わぬ言葉に僕の手から筆が滑り落ちた。白い半紙に黒点が散るのも構わず、背中の熱を引き剥がす。三郎ときちんと向かい合う。

「ただいま」

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