山の際に追いやられた昼の名残が灯り、残照が鮮やかなグラデーションを作り出していた。どこからか、コトコトと野菜が煮込まれた優しい匂いがしてくる。そろそろ、夕餉の時間だ。

「綾部、そろそろ、中においで」

縁側からそう呼び掛けると、はぁい、と、どこからか声だけが聞こえた。けど、そうは言ったものの一向に戻ってくる気配がない。痺れを切らして、目の前に広がっている裏庭へと網戸を開けて降り立つ。コンクリートのたたきに放り出されていたサンダルをつっかけると、むくりと立ち上がった影を見とめた。俺たちと変わらない背丈の蔓葉に隠れていたらしい。そっちに近づくと色とりどりの野菜が入ったかごを足元に、綾部は畑(といっても、家庭菜園レベルなんだろうけど)の手入れをしている所だった。パチンと鉄色の鋏が、長物を切り落とす。

「きゅうり、けっこう大きくなってましたよ」
「ぬか漬けにしようか」
「いいですね」

そんな会話の合間を縫う様にしてきた、ぷぅぅうんん、と蚊の声が耳に障る。俺と同じように気になったのだろう、綾部の視線が探すように宙を泳いだ。俺はというと、綾部の眼差しを辿る。吸い寄せられるように聞こえていた音が不意に止んだ。足のふくらはぎ辺りにむず痒さ感じ、そこに目がけて手をかぶり振る。けど、ぺチン、と乾いた音を立てただけで、蚊には逃げられた。また、意識の隅を突くような、か細い声が上がる。刺されたところは、じわじわと痒みだけが肌の表面に上ってきた。耐えようと思っても、気にすれば気にするほど痒くなってきて、俺はそこに爪を立てた。ぷくり、と膨れ上がった所がのめり込み、溝ができる。それでも収まらず、ガリガリと掻いていると、爪が皮膚を深く抉った。薄暗さが増してきた闇にも、鈍い赤が盛り上がり珠になるのが分かった。

「あー痒い」

俺の行動を見ていた綾部が「付ければよかったですね」と野菜かごの傍らにある蚊取り線香を指さした。深緑色のそれは、手のひらぐらいの大きさまでとぐろが巻かれており、まだ新しい。金ダライのような色合いの受け皿には僅かに亜麻色の灰が擦れていたが、以前使った時に落ちたものだろう。火は点されていなかった。

「点けてなかったのか?」
「虫よけスプレーしたので」

そう言うと綾部は受け皿からY字に伸びる銀色の金具から蚊取り線香を取り外した。そのまま、代わりに指を渦の中心に突っ込んで、回し出す。くるり、くるり、と。

「何やってるんだ?」
「蚊が目を回すかなぁ、と思いまして」
「それは、トンボだろ」

器用に指で蚊取り線香をくるくると回し続ける綾部に、そう指摘すると「おやまぁ」と目を見開けて俺を見遣った。気にいったのだろう。それでも止めない彼は、まるで子どものように目を輝かせていた。その様子に、こっそりと笑っていると、それが気に入らなかったのだろう、綾部は唇を尖らした。

「あとで、黄色の瓶のかゆみ止めをたっぷり塗ってあげますから」


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