ホームへと滑りこんできた電車に積み込まれていた人の多さに辟易して俺は立ちつくした。100パーセントの乗車率などとっくの昔に超えているであろう車内に、我先にとホームで待っていた人々が乗り込んでいく。重みに耐えかねるように、ぐらり、と車体が悲鳴を上げていた。ちらり、と仙蔵を見遣ると、同じ気持ちだったのだろう、こいつもまた渋い顔をしていた。出入りする扉近くで止まった俺たちに、あからさまに迷惑そうな視線が投げられる。人の流れに呑み込まれそうになる仙蔵の手を引き下げ、俺はホームの端へと退避した。ぎゅうぎゅうの満員電車を一つ見送る。生ぬるい風が通り抜け、新鮮な酸素を吸い込んだのも束の間、すぐに地下通路からの階段を上って新たな人が続々とやってきた。いったいどこからこんなに人がやってくるんだっつうの。心の中で毒づき辺りを見回すと、混雑の原因であるポスターが目に入った。黒地に艶やかな色の納涼花火大会という文字が躍っている。

(まさか、こんな混むとはな)

たまたま駅でこの宣伝を見かけて、色々とごねる仙蔵を誘い出したまではよかったが、ここまでの人出は考えていなかった。多少の混雑は予想していたが、体を潰されなきゃ電車に乗れねぇとか想定外だ。騒々しいのやら、もみくちゃになるのが嫌いな仙蔵のことだ、電車に乗って花火会場まで行くという選択肢はないだろう。以前、仙蔵が混雑した場所に無理にいたら倒れたって話を思い出して、「帰るか?」と問いかけると、仙蔵は眉をひそめて穿つように俺を見た。「倒れたら困る」と告げると、す、と視線を外し、仙蔵は唇を噛みしめながら頷いた。「なら、どっかで飯でも食べて帰るか」と提案すると、ぐ、と重圧が腕にのめり込んだ。掴まれた、と思った瞬間、ぎゅ、と抓られる。

「痛っ」
「さっさと行くぞ」

(もしかして、拗ねてるのか?)

そっぽを向いた仙蔵の眼差しは、浮かれた足取りで電車に乗り込んでいく人々に向けられていて。その目に湛えられた色にそんなことを思う。言葉では分かりづらい仙蔵に思わず含み笑いをしていると、腕に再び痛みが走った。



***

「んで、結局、これか」
「仕方ねぇだろ。これしか売ってなかったんだ」

食事を終えた帰り道に寄ったコンビニで100円ライターと花火を手に入れた。花火と言っても、あいにく、ひょろひょろと紙縒りのように、細くよられた線香花火しか売ってなかった。店に入るのも面倒だ、と入口の近くで待っていた仙蔵は、俺の腕にぶら下がっていた袋を勝手に覗き込むと、ばつが悪そうな表情を浮かべた。「帰る」と言うかと思ったけど、そのまま大人しくついてきた仙蔵と共に近くの公園の門をくぐる。飯を食っている間に闇は急激に冷えて、とっぷりと世界を覆っていた。盆明けから一段と増した涼しさを歓迎する虫の声が響き渡る。まだ夜は浅いというのに俺らの身じろぎすら聞こえる静謐さは、奇妙なほど俺たちを近づけた。じりっ、と指でライターをすると、焔が闇をぱっと破った。線香花火をライターにくべる仙蔵の頬は、オレンジに陰影を染めつけられていた。

「全く役に立たないな」
「もう夏も終わりだし、今年は冷夏だったんだ、文句言ってもしかたねぇだろ」

花火の生産量を抑えた、というニュースをテレビがやっていたのを思い出して、そう答えると「アホ」と冷たい声が返ってきた。じわり、と膨らんだ火の球から、しゅぱしゅぱ、花びらがこぼれ出す。

「コンビニの話じゃない。お前の話だ」

そう告げながらも、線香花火に向けられていた仙蔵の目が輝いていたのは俺だけの秘密だ。


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