ぽつり、と闇に取り残された丸まった背中は、今夜の月のようだった。十六夜。欠けて不完全な円は、どこか足りない。満月と、昨日と同じ清浄な光を放っているのに、淋しさが夜のしじまに滲み出ていた。

「伊作くん」

そう呼びかけると、埋めていた膝から顔を上げたようだった。振り向く瞬間、無理に彼が笑みを刻みつけたのを知る。柔らかい眼差しで「来ないかと思いました」と息をはきだすように呟いた。胸の奥から絞り出したような、その声に、「来なかった方が良かったかい?」と問いかけると、まだ細い伊作くんの指は、困ったように包帯の上を行き来した。闇目に、その白は痛いほどに浮き上がって。気を取り直すように伊作くんは「さ、包帯、交換しましょう」と明るい声で重々しく漂う空気を振り払った。



***

「できましたよ」

慣れた手つきで包帯を換え終わると、伊作くんは私から一歩離れた。肌に僅かに感じていた熱が遠くなる。代わりに火照るような自分に籠る熱を持て余す。医療行為ですら必要以上に彼に触らせないのは、貪欲なまでにその先を求める己がいるからだ。これ以上、伊作くんに触れられば、花を手折る子どものように彼を檻に入れて自分のものにしてしまうだろう。近づかれる度に振り払う理由を伊作くんは私の体に刻まれた“忌み”のせいだと信じている。“触れたらうつるから触れないのだ”と。けど、私にはその誤解を解く気はさらさらなかった。この熱の正体を知られるくらいならば今のままでいい、心底そう思う。

「また、月が欠けて行きますね」

彼は、おもむろに伏せがちな視線を上げた。月光に照らし出された睫毛が銀色に染まる。私もつられるように宙に目を転じた。空が闇に浸かるにつれて、こけていく月影。彼の言葉は、しばらく会えなくなる、ということを意味していた。就いている仕事柄、闇に乗じる故に新月ともなれば依頼が増える。痩せ細り、その身を完全に潜め、そして再び肥えていく月を、私はまた独りで見上げるのだろう。

「心配してくれているのかい?」

冗談で投げかけた言葉に、伊作くんは「心配なんかしてません」と首を振った。私と彼の関係など、蜜月のように甘いものではないと分かっていながら、虚脱感を覚えた。その一方で、そんな自分の愚かさに苦笑をかみ殺す自分もいる。分離する二つの感情を持て余していると、りりりり、と零れる虫の音をかきわけて、凛とした声が届いた。

「だって、何があったって来ると信じてますから。包帯を換えに」

確信めいた伊作くんの言葉が、私を掴まえた。甘いめまいに痺れる------------------。


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