シャワーが止まったな、なんて思いが過ってからしばらく経って、ぺたりぺたりと床に吸い付く足音が近づいてきた。「ありがとな」と首にタオルをかけたまま部屋に入ってくる兵助の肩からは、ほかほかと湯気が立っていた。視界の隅にその姿を認め、「飲み物なら冷蔵庫から貰っていいから」と声をかける。せっかく兵助が遊びに来てくれたっつうのに、レポートとその資料で足の踏み場もないような状態だった床を抱える俺にとっては、それが精一杯なわけで。それが分かってるんだろう、兵助は「わかった」とのんびりした足取りで台所へと向かった。

「ハチも何か飲む?」
「や、こぼすと困るから止めとく。ありがとな」

すだれ一つで隔たれた向こうからの気遣いに礼を言いつつ、俺の頭の中は目の前にあるワードの画面に占められていた。まるで雪野原みたいに真白なそれと右端のバーに時刻に焦りだけが募ってくる。熱が頭に上って、考えがまとまらない。扇風機へと手を伸ばし、ボタンを二回押す。ピ、ピと電子音と共に、風量を弱から強へと変わった。いい加減痛くなってきた目頭を、ぎゅ、っと摘まんでいると、ミネラルウォーターのペットボトルを抱えた兵助が部屋に戻ってくのが見えた。

「いつ、締切?」
「明日の朝一。つーか、今日までだったのを拝み倒してきた」
「あんまり先生、泣かせるなよ」
「わかってるって」

兵助は俺とは対角上の壁際に置いてあったラグに寝そべった。どうやら、その辺りに落ちていた俺の資料の本に目を通し出したらしい。別に、俺を手伝おうとかそういうのじゃなく、純粋な興味だろう(自分の課題でもないのに読むなんて、俺にはとうてい理解できねぇけど)ずっと唸りを上げて熱くなっているパソコン越しに、ちょこっとだけ兵助の髪が見えた。

「へーすけ、ちゃんと髪を乾かせよ。傷むぞ」
「ハチに言われたくない」
「俺はもう傷んでるからいいの」

そう言ったけど、兵助は納得がいかないようで鼻を鳴らすと、「じゃぁ、これで乾かす」と俺から扇風機を引き剥がす。グキッゴキッ、とこっちまで痛くなるような音を響かせて、首を振り向かせた。途端に、床に溢れ返っていた資料が、風にあおられ、さらに散らばった。

「うわっ」
「げっ」

散らかしていたとはいえ、一応、必要なものとそうでないものと分けてあったわけで。さらに、必要なものはレポートに使う順番に並べてあったわけで。あとは、それを文章にまとめる段階だったわけで。無残に崩壊した惨状に言葉を失っていると、事の重大さに気づいたのか兵助が心底申し訳なさそうに「ハチ、ごめん」と頭を下げていた。怒ろうにも、しゅん、としている兵助を見たら、それ以上言葉にならなくて。

「兵助、」

犬に例えるなら尻尾を下げてる、って状態だろうか。手招きすると、気まずそうにおずおずと俺の所に近づいてきた。俺の前に坐った兵助の首からぶら下がっていたタオルを抜き取る。「ハチ?」と怪訝そうな小声を、兵助の髪と共に包み込む。わしゃわしゃとタオルごと撫でると、俺と同じ匂いが兵助からした。

「まず、髪の毛乾かせ、な」



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