いつもなら頭の頂近くで紐で括る髪を、仙蔵は今日は肩の下の方で結わえていた。今日は息を抜く日なのだろう。有無を言わさず俺を引っ張ってきた仙蔵が、ふ、と足を止めた。袖口から仙蔵の手が離れ、腕に掛かっていた重みがなくなる。何も言わずに草原に座り込んだ仙蔵に、ため息を一つ演じてみせる。あからさまな俺の態度に仙蔵は片眉を上げただけで、文句の言葉は帰ってこなかった。

(こうなったら、何を言っても無駄だ)

泣きごとを零そうとしない仙蔵は、矜持を持ってると言うべきか、単なる偏屈なのか。表裏一体の言葉を胸内にしまい、仙蔵の横に俺も腰を据えた。まぁ、どんな言い方をしったって、頑なに閉ざした口を割ることは容易ではないことには変わりねぇ。口にはしないが、こうやって、行動に出している内は、まだ大丈夫だろう。そう割り切って、ぷちり、と手近にあった、えのころ草を千切った。くるくる回してみると、ふわふわとした先端が肌に触れてこそばゆい。以前は、萌黄をしていた草葉も、円熟を増して、茶色がかっていた。埃っぽい風がまだ生暖かいが、そこに含む匂いは実りの季節のものだった。傾いた西日に山々の稜線が赤く染め上げられる。山の懐は青い影が落ちていた。

「雲が、薄い」

仙蔵の言葉に顔を上げると、平べったい雲がいくつもいくも宙を浮遊していた。千切れたかのように、所々、雲の端がぎざぎざに裂けていた。それが、別の雲を絡め取って合流したり、そこから一人離れて泳ぎだしたりしている。夏を象徴するような、重曹を加えたかのようにぷくりぷくりと白く膨らんでいた入道雲はどこにも見当たらない。次の夏、俺は、どこで入道雲を眺めてるのだろうか。こうやって、仙蔵の隣にいることはできるのだろうか。

「あぁ」
「もう夏も終わるな」

六度、共にしてきた季節が、また一つ去ろうとしていた。


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