まだ藍い天は夜の残滓がどことなく漂っていて、ひんやりとした風が肌を撫でた。そういえば、闇を押しのけて現れた太陽も、最盛期と比べれば威力が弱くなっている。リリリリ、と遠慮がちに音を弱々しく上げる虫たちは、昼にでもなれば蝉に取って代わるのだろうけど。けど、確実に夏が終わりかけているのを、僕は全身で感じ取っていた。

(目の前のこの花も、ずいぶんと咲く数が減ってきたもの)

ぽつりぽつりと、空を写し取ったような色合いの花が、緑茂る薬草園に浮かび上がって見える。初夏には宙へと競う様に伸び続けていた蔓は、完全に頭打ちしたようで、自分たち同士で絡み合っていた。成長の次は衰退でしかない。盛者必衰、という言葉が浮かんだ。この季節も直に逝ってしまうのだろう。とはいえ、まだ残暑はキツイ。日が完全に昇って熱くなる前に、手入れを終えようと「よし」と気合を自分に入れる。朽ちかけた花びらを取り除く作業に移った。

「随分と鮮やかな花だね」

いつの間にか背後に降り立つ気配にも慣れてしまった。「薬草園には似合わないけど」と呟いた雑渡さんに、振り向かずに「そんなことないですよ、牽牛子は下剤にも使えますし」と答えた。「怖いねぇ」と心にもない事をおどけて言うから無視していると、雑渡さんのゴツゴツとした指が花びらにそっと、添えられた。

「伊作くん、知ってるかい? 朝顔が牽牛と呼ばれるのを」
「さっき、朝顔の種のことを牽牛子と呼んだでしょう」
「あぁ、そうか」
「それがどうかしましたか?」
「朝顔って、彦星と織姫星が会えた縁起のいいものなんだそうだよ」
「そういえば、そんな話を長次から聞いたことがあります」
「あと、種には幻覚を見せる作用があるそうだよ」

雑渡さんの言いたいことがさっぱり分からなくて、苛々する。いつだってそうだ。せっかく会えたというのに、どうでもいいような事ばかりで、まるで老人が日なたぼこをしている時のような会話になる。噛み合わないのだ。肝心な言葉は誤魔化されて、するりするりとすり抜けて逃げられてしまう。空しさを覚えることに、いい加減疲れて「それが?」と投げやりな口調になってしまった。けれども、雑渡さんはいつもと変わらず、目をそっと緩ませた。まるで駄々をこねる幼子をあやすように。

「一年に一回しか会えないなら、この種を食べて相手の幻を見るのもいいかもしれないね」


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