中庭の掃除は、正直、面倒だ。一つの班しか割り当てられてないのに、やたら広くて。地面に落ちた葉を片づけたり、草を抜いたり、時には水をやったり。春や秋ならともかく、こんな真冬にやりてぇ場所でないことは、確かだ。吹きさらす風が強すぎる。

(まぁ、滅多に見回りの教師が来ねぇ、ってのはいいけど)

「いってぇ」

ってなわけで、調子に乗って木登りしようとしたら、落ちました。
幸い、この班のメンバーなら、「竹谷くんがサボってました」と言われることもないだろう。俺だけじゃなく、みんな結構「てきとー」に掃除をやっていたんだから。(つまりは、適度に仕事し、適度に休憩していた)ケツから響く痛みに悶絶していると、「大丈夫か?」と近くで落ち葉を集めていた兵助が近付いてきた。言葉でこそ心配しているけれど、俺の行動に笑いを噛み殺しているのが分かる。それでも、起こそうとしてくれたのだろう、俺の方に手を差し出した。

「ごつごつして、登りやすそうだったのになぁ」

あまりに掃除が暇で、ちょっくら木登りしてみるか、と物色していて見つけた木。所々に、こぶみたいなのがあったから、思わず足を掛けたのはいいけれど。引き上げようと手に力を入れたとたん、つるり、と、ものの見事に滑り落ちてしまった。

「この木を登るのは、いくら猿っぽい竹谷でも無理だって」
「なんだよ、へーすけ。その猿っぽいって」

文句を言いながらも兵助の手を握りしめて、反動をつけて立ち上がる。でも、立ち上がってから、ビックリしてしまっていた。その冷たい手が、思ったよりも、ずっと、柔らかかったから。触れた掌が、変に熱い。

「や、この木、さるすべりだしさ」
「さるすべり?」
「ほら、ここ、ツルツルしてるだろ。猿でも登れないって」
「だから、さるすべり?」
「らしいよ」

ところどころ、こげ茶色の樹皮がめくられて木肌が露わになっている。それも一色じゃなくて、緑っぽくて苔むしたようなものから、白磁のような、つるりとしたものまである。兵助も同じことを思ったのか、「きっと、歴代の掃除の人が、めくったんだろうな」と俺に笑みを向けた。

「あ、あと、百日紅っても言うんだと」「へぇ、何で?」
「夏の間、100日間くらい、咲き続けるかららしい」

兵助の説明に思わず「マジで!?」と声高に叫ぶと、そんな俺にびっくりしたように兵助は息をのんで。それからゆっくりと頷いた。びゅっと、空っ風が頬を切り抜けて、骨の髄から身震いが起こる。掃除中は手袋は禁止されているせいでかじかんでいる手をポケットに突っ込む。隣にいる兵助の、マフラーに埋められたその頬は、寒さのせいだろうか、赤く見えた。

「夏に、圧倒されるくらい花が咲くんだけどさ、…見たこと、ねぇ?」
「あんま気にしてねぇしなぁ」
「じゃぁ、次の夏は、気にしてみろよ。けっこう壮観だぞ」

見上げた先は、寒々しい冬空を黒い枝が鋭く切りぬいているさまで。花が咲くどころか、葉がつくことすら、想像できなかった。そんな先のことなんて、思い描けれなかった。

------------あの時は、思いもしなかった。そんな先まで、こいつの言葉に囚われるなんて。



***

青い天に向かって、こぼれんばかりに咲き誇っているピンク色の花。よく見ると、花が集まった塊となっていて、一つ一つの花びらは、フリルのようだった。波縫いをした布を絞ったかのような花の袋が何個も集まって、暑い夏の盛りを彩っていた。じんわりと滴り落ちる汗が目に痛い。白っぽい空気が、ゆらめいて、余計に花弁が幾重にも見える。
(すげぇ。兵助の言ったとおりだ)

「あれ、竹谷?」

ぼんやりと、さるすべりを眺めていると、中庭を突っ切る渡り廊下の方から兵助の声が聞こえた。外庭だというのに兵助は上履きを気にすることなく、俺の方に近づいてきた。移動教室の途中だろうか、筆記用具をその腕に抱えて。

「おー、兵助」
「なんか久々だな」
「だな。クラス分かれた上に棟も違うとな」
「で、こんな暑い中、何やってんの?」

不思議そうな表情で俺を見遣る兵助に、落胆を覚える。いつ咲くかいつ咲くかと気にして、授業中に窓からこの木を見ていた自分が、ひどく滑稽な気がした。

(あの日のことを覚えてるの、俺だけか)

別に約束したわけでもなんてもねぇのに、夏になったらまたこの花の話をするんじゃないかって、勝手に期待してて。こいつなら、と思ってた分、なんか虚しくなって、俺は視線を落とした。あの日のことは幻だったんだろうか。夏の陽炎みたいに。黒色のペンキで塗りたくられたような、はっきりとした2つの影の隣に、桃色の吹き溜まりができていた。それが、散ったさるすべりが、あまりに鮮やかで目が痛い。

「竹谷?」
「100日も、もってねぇじゃん」

ぼそり、と呟く中で、夏の名残りの熱風にさらわれた花びらが、くるくると、回るようにして落ちていく。いくつも、いくつも、続けざまにこぼれおち、花吹雪となる。砂嵐のようで、薄紅で兵助の顔がよく見えない。

「あぁ!」

ひらめくような、その感嘆に、兵助があの時のことをすっかり忘れていたことを、改めて実感して、また痛みが疼く。足もとばかり見ていると、不意に、兵助の口から古風な言葉が零れた。

「散れば咲き 散れば咲きして 百日紅」
「へ?」
「加賀千代女っていう江戸時代の人の詩なんだけどさ。
 一度咲いたところから芽がでて、また、次の花を咲かせるんだと」

相槌を打とうとしたら、予鈴が鳴り響いた。あ、と軽く眉を上げた兵助は「次、美術なんだ。じゃあな、竹谷」と踵を返した。その後ろ姿に重なる紅の花びら。散っても散っても新たな花が咲く、さるすべりのように、追い払っても追い払っても離れない。なのに、陽炎のように掴むこともできない。

--------------鮮烈な残像に、また、囚われる。



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