(なんつーか、想像以上だな)

鬱蒼と木に囲まれた家の壁には、自由気ままに蔦が這いずりまわっていた。屋根裏らしき所の窓ガラスには、中からガムテープみたいなものが貼られている。雨にさらされた表札の文字は全く読めない。以前、雷蔵と一緒に一度だけ来たことがあるが、そこから時が止まったみたいだ。その変貌のなさに不気味ささえ覚える。

(近所で魔女の館って言われてるってのも、冗談じゃねぇかもな)

このまま駅まで引き返して雷蔵を待つか、少しだけ迷って踵を返す。けど、白々とした陽炎に世界が歪むのを見たら、戻る気力が一気に削がれた。(ここまで30分も坂を登ってきたんだ、とっくに、HPは0に近い)中に入って茶の一つでも出してもらおうと、目の前にあったインターホンを押した。
錆びた音の後に微妙なノイズが途切れたから、返事があるのだろうと耳をそばだてていたが、それ以上、音沙汰がない。不在か、と思っていると玄関の扉がガタゴト音を立てた。扉にはまっているすりガラスに、うっすらと人影が映る。ガタンと縦に大きく揺れたかと思うと、戸が横に引かれた。

「雷蔵は?」

ぼさぼさとした髪を掻きながら顔を出した鉢屋が訊いてくる。寝起きなんだろうか、いつもより低い声は酷く掠れていた。第一声がそれかよ、と思いつつ、それはそれでこいつらしいか、と「電車乗り遅れたから先に行けって」と伝言を伝えると、鉢屋の眉が微かに下がった。

「ふーん。ま、入って」
「おじゃましまーす」

玄関の中に入り、上り口でサンダルを脱ごうとしたら鉢屋がそれを止めた。そのまま上がっていいと言われ、最近、DVDで見た洋画を思い出した。おもいっきりホラーの。古びた洋館で遊びにきた若者が…ってヤツだ。そんなことが頭を過ったのは、ぽっかりと口を開けたみたいな暗闇が先に続く廊下に広がっていたからかもしれない。玄関から差し込む光はすぐに分厚い闇に塗りこめられる。今は昼間のはずで、健康的な夏の真っただ中だっつうのに、明るさが欠片もない。

「あ、そこ、床腐ってるからな」

さっさと前を行く鉢屋に「マジで?」と問いかけると、振り返りもせずに「冗談」という言葉が返って来た。で、そのまま踏み込んだ途端、ギッ、と鈍い音と足が沈み込む感覚がする。勢い余れば穴を開けちまいそうなぐらい床が柔らかくて。「おぃー」と軽く語尾を上げると「あぁ、」と大して興味のなさそうな声が返ってきた。

「腐ってるつうか、腐りかけてるか?」
「どっちでも変わんねぇだろうが」
「や、微妙に違うだろ。あ、あと時々幽霊が出るから」

顔の見えない鉢屋が、急に何か別の世界の生き物みたいに思えて。このまま、どっかに連れ去られるんじゃねぇか、って妙な想像が脳裏に浮かぶ。「それは嘘だろ」と言う声が僅かに震えた。それに気づいたのか、振り向いた鉢屋がニタリと笑い「さぁな」と口笛混じりに答えた。笑ってるはずなのに、能面みたいな、のっぺりしたそれは得体の知れなくて。

(こいつが幽霊っうオチはねぇよな。んなワケあるか。つーか、んなこと考えるなんて、ホラーの見過ぎだろ)

自分に突っ込みを入れテンションを上げて恐怖を誤魔化そうとしていると、

「っ、」

足元を生暖かい何かが舐めるようにすり抜けた。戦慄がサンダルの隙間から脳天まで走り抜けた。ゾクリ、と鳥肌立つ。みぁぁ、とか細い声。

「なんだ猫か」

暗闇にきらりと光るアーモンド型の眼。安堵に息を飲む。

「何、想像してんだ?」
「うっせぇ」

ぷっ、と笑いを零した鉢屋を睨みつけ、しゃがみ込む。鉢屋の足に体を擦り寄せてる猫と目があった。唇で空気を震わせ、手招きをする。ふ、と警戒が解けたのが分かった。トコトコと寄ってきた猫の喉を撫でながら、鉢屋を見上げる。

「飼ってんのか?」
「飼ってるつうか、こいつらが勝手に住み着いてる」
「こいつら?」

鉢屋の言葉尻を捉えて、そう聞くと、「そう、こいつら」と頷いた。と同時に、楕円の光が増えた。それが近づいてきて、足元に集まり、ようやくその隈がはっきりする。

「いち、にぃ、…四匹?」
「そ、どんだけ追っ払っても戻ってくるから、好きにさせてる。ま、野良だから飽きたら出てくかもな」
「ふーん、じゃあ、名前ねぇの? 俺が付けていい?」
「いいけど、ホントお前好きだな、生き物」
「じゃあ、この黒いのがヘースケで、こっちのモフモフしたのがライゾー。で、あれがハチヤな」

他の猫から一歩離れた所の猫を指さして鉢屋の名を挙げたら、兵助と雷蔵の時は何も反応しなかったのに、途端に眉が顰まった。「はぁっ?」と露骨に嫌がる声が上がった。感情むき出しなそれは、俺が、あんまり知らない鉢屋で。

(あ、鉢屋って、こんな顔するんだ)

「なんかせーかく悪そうじゃん、こいつ」


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