色のない世界だった。

いや、よくよく見れば、あるのだろう。
枯竹色の草や朽葉色の枯葉、薄藁色や砥粉色の土。
けれど、曇天の空の下では僅かなそれはかき消されてしまっていた。

「雪でも降った方が趣があるんだがな」

同じことを考えていたのだろう。
それまで、押し黙るようにして隣を歩いていた文次郎が、ぽつり、と言葉を漏らした。
「あぁ」と相槌を打った途端、冷たい空気が肺腑に落ちた。
氷塊を飲み込んだような痛みは、胸内で吐息となり、白くたなびいた。

斬り付ける風の音さえ、哀愁を帯びている気がする。
朽ち果てた枯葉は呑み込まれ、小さな渦となって、また別の吹き溜まりに行き着く。
物悲しい色合いの空に伸びる木の枝は、鞭打つように揺らめき、時々、己の身と身をぶつけては爆ぜるような音が届いた。

「冬は嫌なものだな」
「仙蔵が冬が嫌いとはな?」

意外、とでも言いたげな面持ちで奴は私を見ていた。
文次郎にそう思われる理由が分からず、私の方こそ意外だ、と言外に匂わし問い返す。

「何故、そう思う?」
「だって火器は乾燥していた方が、威力が増すだろう?」

その言葉に、ちろりと焔が瞼裏を舐めた。

「…そうだな」

少し前は、そんなことも思っていたな、と記憶を馳せる。
焙烙火矢を扱う身としては、湿り気の少ない季節の方がよいに決まっている、と。
けれど、今は、それよりも「冬は嫌だ」と思う気持ちが勝っていた。

(我ながら女々しいな。冬は終わりの季節、だなんて)

「仙蔵? どうかしたか?」
「いや、何でもない」

怪訝そうな奴の視線を追い払うかのように、歩く速度を上げる。
乾いていたせいか、蹴り上げた土が砂埃を上げた。
まだ何か言いたげな奴は、けれども、それ以上言葉を継ぐことはなかった。



「む、煙? 火事か」

文次郎の指し示した先を見遣ると、曇天の空に向かい、灰色の煙が立ち上っていた。
と、同時に木枯らしが吹きぬけ、嗅覚に燻った煙が届いた。
人が焼けた時とは違う、さらり、と乾いた匂いが混じる。

「いや、あれは野焼きだろう。煙の立ち方といい、匂いといい」
「お前がそういうならそうか。なら良いが」

火事であれば直ちに向かおう、といった勢いだったのだろう。
今にも駆け出しそうだった前傾姿勢を戻すと、文次郎は辺りを見回した。
つられて目を周囲に向けると、さっきまでは気付かなかったが、所々で焼け終わった地が黒く斑に抜かれていた。

「それにしても、野焼きには少し早いと思わないか」

そう私が呟くと、彼は、あぁ、と静かに笑みを漏らした。

「ずいぶんとせっかちな農夫もいるもんだな。
 けど、まぁ、野焼きは死と再生の象徴だからな。それに、春を待ちわびる気持ちは分からなくもない」

文次郎の言葉に、ざっと、萌黄色の若草色の幻が芽吹く様は、ひどく鮮やかだった。

(あぁ、もうすぐ春がくる。別れの春が)


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