ふ、と肩の辺りが冷えるのが気になって、暗闇の中、体を起してみる。
と、等分に掛けたはずの布団はすっかりと奪われていた。
膝を抱えるようにして小さく丸まっている仙蔵の下に押し込められた布団を引き抜こうとして。
だが、抗議するように、仙蔵の手はむんずと布団を掴んでいて離さない。
それでも、手の間に指をねじ込ませ、無理矢理、布団から引き剥がす。
すると、まるで猛獣が唸るかのような、ひどく不機嫌な声が、眠たそうな顔からこぼれた。

「寒い」
「それは俺も一緒だろうが。お前、人の布団とるなよ」
「はん。お前の方が、頑丈だろうが」
「はぁ? ふざけるな。自分の所で寝ろよ」
「私が風邪を引いてもいいのか。文次郎は冷たいやつだな」

そう言うと、仙蔵は俺の手から布団を奪い返し、ばさり、と自分の所にだけ掛け、独占した。
余りに自己中な行動に、ただ、呆然と仙蔵の行動を見送ることしかできず。
はた、と気づいた時には、すっかりと冷え切った身体だけが残されていた。

「おい、」

鼻の辺りがムズムズする、と思った時には、「はくしょん」と盛大なくしゃみを飛ばしていて。
仕方なく仙蔵の横から、なんとか体半分、布団の中に押し込む。
その中に籠っている熱が、心地よい。
俺と同時に入り込んだ冷たさにだろうか、仙蔵は半目で睨むように見た。
が、それ以上文句が飛び出ることはなかった。

(つうか、俺の布団なのに、何で俺がこんな目にあうんだよ)

少しでも布団に入り込もうと、大の字では、はみ出てしまう手足を折りたたみ、体を横にする。
仙蔵とは逆の方向を、部屋の壁側に顔を向け、木目を数えることにした。
耳奥を、風のせいで木の枝と枝が擦れる音が抜けていく。


うとうと、と眠りに落ちていった瞬間、ひやり、とした塊がふくらはぎ辺りに押し付けられた。
一瞬、氷の塊かと思った感触は、どうやら、仙蔵の足裏らしくて。
浸透していく冷たさ背筋を這い上って、身震いを引き起こした。

「お前、冷たい足だな」
「だから、寒いって言ってるだろうが」

ぐりぐりと、踏みつけてくる冷たさに、抗議を上げる。

「冷てぇ。離せ」
「寒いんだから、いいだろうが」
「寒いなら、温石(おんじゃく)を布団の中に入れろよ」
「ふん。お前の方が温かい」
「俺は温石代わりかよ」
「湯たんぽの湯、と言われなくて良かったな」

仙蔵の言葉の意味を、その裏に潜む彼の意図をくみ取ろうと、頭の中で言葉を反芻させる。

(湯たんぽの湯? 温かい。風呂の湯。そのうち冷える。朝、水を捨てる時に顔を洗う…)

湯たんぽの冷たくなった湯は次の日に桶に空ける、という考えの所で思考の指針が止まった。
つまりは、湯たんぽの湯とは用がなくなったら捨てられる、というニュアンスに思わず押し黙る。
俺の反応に仙蔵は小さく笑い、さらに、「温石のように繰り返し使ってやるさ」と付け足した。

「…俺は、もう寝るぞ」
「逃げた」
「うるせぇ。明日早いんだ、お前もさっさと寝ろ」
「はいはい」

ふ、っと音が消え、しじまが降り立った。
さっきまで聞こえていた、押し殺すような仙蔵の笑い声も、外の風の音も。
ただ、布団に押しつけた耳に、潜めるような俺の鼓動と仙蔵の吐息だけを、感じた。

「文次郎」

降り立った空隙を、くぐもった小さな声が割った。
まだ何か文句を言ってくるのかと、振り返りざまに「何だよ」と応戦するように言う。
仙蔵の方に体を向けると、いたずらっ子のように仙蔵の眼が閃くのが暗闇でもはっきりと分かった。

「おやすみ」

思いがけない言葉に、一瞬言葉が出ず、「あぁ」とだけ返す。
仙蔵は満足げに微笑み、くるりと、体を反転させた。
足を、俺のふくらはぎに乗せたまま。

(足裏の、その冷たさを受け取りながら、俺は、ゆっくりと微睡みに落ちていった)


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