<1つ目> 肖像写真-----ポートレートなんて葬式にしか使わない、か。 その通りだな、と嗤いを口の端で噛み、手近にあったサイドボードに印画紙を広げた。そこに像を結ぶポートレート。それを軽く斜めにするようにして立てかけると、それからその前に缶ビールを置いた。鈍い銀色の塗料が、蛍光灯の下で冷たく光った。 線香の代わりに煙草に火をつける。細々と昇る煙が火葬場の煙突から見えたそれに重なった。軽く掲げ、それを口に銜える。じり、っと灼けた舌の中に瞑目する。 ニコチンとアルコールで死んだようなものだ。そんなやつに煙草とビールを上げるだなんて皮肉しかならないような気もしたが、何が好みだったのか全く知らない俺は、他に納めればいいのか分からなかった。 「なぁ、あんたは倖せだったか?」 煙を吐き出しても、答える人は誰もいない。俺は煙草を左の指で摘みながら、右手で供えた缶を引き取った。ひっかけたプルタブに指の肉が挟まった。その部分が白んでいき、代わりに近くが赤ずんでいく。 ただ、それだけのことだ。 そう、それだけのことのはずなのに、その血の動きが、妙に自分が生きていることを突きつけられたような気がして。さっさと開けてしまおう、と力を込めれば、小気味のいい音が指先で響いた。 傾け、一気に呷る。もう既に生ぬるくなりつつあるのに炭酸は抜けてないという奇妙さを押し込みながら、全部流し込む。弛んだ胃の底面で跳ね返りぶつかり、それ以上は落下しきれず、四方八方を突き刺す。痛かった。 「もし、あんたが生きてたら、あんたとどんな酒を飲んだんだろうな?」 答える人は誰もいない。 (まぁ、それはないか) 死んだから、自分は今この家に来ているのだから。遺品整理という名目で。それなのに、そんなことを問いかけてしまった自分が滑稽で、滑稽すぎて涙が出てきた。哀れというよりも、おかしかった。 (周りから見たら、酷い奴だって言われるかもな) 哀しくて泣くのではなく、おかしくて泣くのだから。 写真の中のあの人は、そんな俺のことなど露知らず、ただただ笑っていた。 <2つ目> 「はぁ」 ひっくり返った青。それを俺は視界から押し出した。閉ざした瞼の縁を汗が伝い窪みに溜まっていくのを感じながら、けれど、動くどころか目を開ける気になれなかった。ぐ、っときつく閉じれば、ぐらぐらと沸き立っている血潮が闇奥に漂い出し、広がっていく。-------その赤が翳った瞬間、 「派手に失敗したな」 唐突に、本当に唐突に、嫌みったらしい声が俺の頭上から降り注いだ。 何があっても離れない、という頑強な意志があった上瞼と下瞼は腹立たしさにあっさりと解離した。ぱ、っと闇が散った視界に飛び込んできたのは、黄金色に透けた髪。逆光のせいで、細かな表情まではよく分からないが、その面立ちは声から明らかにあざ笑っているようだった。その影に見下ろされているのがしゃくで、俺はさっさとセイフティーに手を着き、それをバネにするようにして上体を起こした。 「……何か用か?」 「いや、別に」 俺の問いにそいつは首を軽く横に振って否定した。 (あ、こいつ……) 何でもねぇ、と唇の先だけで笑ったこいつを知っている。 隣のクラスの鉢屋、だった。 あまり周囲に興味を覚えない俺でも彼の名前くらいは知っている。それほどに有名人だった。素行不良のくせに成績優等生。現に俺をのぞき込むやつの赤茶とした髪色はどう考えたって自然の色合いではなかったし、耳にはいったいいくつ空けてるんだろうか、と思わず数えたくなるような量のピアスがはめられていて、見ているこっちの耳がなぜが痛んだ。 「用がないなら、どいてくれ。練習の邪魔だ」 こんな奴と関わらない方がいい、と押し退けるようにして立ち上がった俺の背にせせら笑う声音が届いた。それだけで腹立たしくて 「こんなのも飛べないのか?」 「っ、飛べるさ」 売り言葉に買い言葉だった。 「ふーん、じゃぁ、飛んでみろよ」 |