※9月忍フェスオフ本サンプル!



「ここってお店?」
「半分……いや、二十八分の一だけな」

二十八分の一。その不思議な数を口の中で確かめる。そこだけで納めておくつもりだったけれど、どうも口の外に出てしまったらしく「そう二十八分の一」と再びその数を彼は刻んだ。僕もまた繰り返す。二十八分の一、と。
その間も三郎は立ち止まることなくシンクや冷蔵庫の前を横切っていく。慌ててその背中を追って僕もまたその場所を通り抜ける。大きな木の扉を押し開けようとしている三郎に「二十八分の一って、どういうこと」と聞こうと思った瞬間、

「三郎、おせぇぞ。お前が十時って言ったんじゃねぇか。他の連中、待ちくたびれて、飲んだくれて帰っちまったぞ」

扉の向こうで声が弾け、僕の疑問は行き場を失ってしまった。

「うるさい。私にも色々と予定があるんだ。帰りたいやつは帰ればいいだろ」
「どうせ釣れなかったんだろ?」
「……嫌なら食べなくていいぞ。せっかくお前のリクエストに応えてやろうと思ったのに」
「すみません、ごめんなさい。許してください、三郎様」

芝居めいた、わざとらしい叫び。そこに「ハチ、低姿勢過ぎ」という冷静な突っ込みと笑い声が重なった。どうやら一人だけじゃないみたいだけれど、僕の位置からは分厚い木の扉が邪魔して見えない。唯一の隙間は三郎で塞がっている。

(誰だろう?)

気になっていると、さらに三郎が一歩扉の外に出た。続いて、僕も姿を現してもいいかどうか迷ったけれど、隠れているのも不審な気がして僕は三郎に続いて木の扉を通り抜けた。瞬間、集まる眼差しが三対。

「うわっ! 三郎が二人」

さっき三郎に対して色々と絡んでいた声が俺に向けられていた。日に焼けた、一頭背が高い男が好奇心に溢れ返った眼差しを俺にぶつけている。すぐさま三郎が「んな訳、あるか」としかめ面をしたが、そんなこと構わずぐいぐいと興味を上乗せしたように声が大きくなる。

「え、じゃぁ、そいつ誰?」

誰、と言われても、どう説明すればいいのか分からなかった。僕の名前を聞かれているのだろうか、それとも彼との関係性を尋ねているのだろうか。それに彼が聞いている相手が俺自身なのか、それとも三郎に対してなのか分かなくて、彼を仰ぎ見る。すると

「兄弟か、いとこか何か?」

質問が重ねられた。そう尋ねてきたのは、今宵とは違う、もっと月明かりがないような夜に広がっている闇のように黒い髪を持ち合わせた人物だった。いや、と即座に否定した三郎に僕も併せて首を縦に振る。

「マジで!?」
「え、そんなにそっくりなのに?」

口を大きく開けた日焼けした彼に続いたのは、ドレッドヘアが特徴的な彼だった。耳たぶが分からないくらい、たくさんのピアスが驚きに揺れた体に合わせて大きく揺さぶられる。遠縁の親戚か何かじゃなくて、と疑問を零されて、一瞬だけ、考えた。もしかしたらその可能性がゼロじゃないのかもいしれない。けれど、ばあちゃんからはそんな話は一度たりとも聞いたことがなかった。

(もし、そんな人がいたら話してくれていただろうし)

色々なことについて包み隠さず話してくれたばあちゃんのことだ。たとえ、今、連絡を取ってなかったとしても、ちょっとでも血の繋がりがある人が近くに住んでいたなら、教えてくれただろう。今はもう聞くことはできないけれど、その当たりは確信に近くて。僕と三郎と見比べている彼に「それはないと思う」とはっきりと述べた。

「それはちょっとすごいね。そんだけそっくりなのに、地がつながってない、って、びっくりするなぁ」
「こっちも驚いてる」

すぱっと言い切った三郎は「さっき、初めて出会ったんだ」と説明を加えた。

「そうなんだ。それで、ここに連れてきたのか?」
「あぁ」

 ラッキーだな、と日に焼けた大柄の彼が笑いかけてきた。

「ラッキー?」
「あぁ。こいつの料理、すげぇ美味いからさ。食べてくんだろ?ってか、そんな所に立ってねぇで、こっち、こっち」
「え、あ」

 助けを求めて三郎を振りかぶれば「まぁ、煩いやつだが、害はねぇから。面倒になったら、適当にあしらっていいぞ」と僕と言うよりは彼に向けて笑いを放った。

「三郎」
「本当のところだろ」
「お前、そんなこと言って、いいのかよ」
「何が?」
「せっかく、今日はいい酒を持ってきたのによぉ」

 唇の端だけだったけど心底笑った三郎は彼から視線を僕に移すと「とりあえず、そこ、座ってて」と、その三人がいるウッドチェアを示した。それから、ふ、と僕を見た。笑いが潜まった、真っ直ぐな目で。

「まずは食べて、それから、考えたらいい」

やっぱり勘違いされているような気がしたけれど、どうすればいいのか思いつかなくて。黙っていると、ますます、話がこじれるんじゃないだろうか、と危惧した僕は考えるのを投げ出すことにした。

「じゃぁ、お言葉に甘えて」

ふわり、と彼の眼差しが緩んだ。ような気がした。僕が彼らが座っているテーブルに向かい「おじゃまします」と腰を下ろす。いーえー、とのんびりした返事がドレッドの彼から戻ってきて、僅かに緊張していた心がゆるりと解けていくのを感じた。黒髪の彼が口を開けた瞬間、「お前ら、余計なこと吹き込んだら飯抜きだからな」と三郎から言葉が飛んできた。わかってるって、と代表するようにドレッドの彼の言葉に納得したのか、三郎は扉の向こうに消えた。

「名前は、何ていうの? あ、ちなみに、俺、勘右衛門」
「俺はハチ。こいつは兵助な」
「勝手に紹介するなよ」
「いいじゃん、間違ってねぇんだし。あ、俺の名前は八左ヱ門って言うんだけど、面倒だからハチでこいつらも、勘右衛門とか兵助とか呼び捨てでいいから」
「だから、勝手に話を進めるなって」
「え、じゃぁ『兵助くん』って呼んでほしいわけ?」
「ちょ、止めろ。気持ち悪い」
「だろ」

そのやりとりに、ついつい、笑いがこみ上げてくる。それが表に出てしまったのだろう兵助くん(じゃなくて、兵助って本当に呼んでいいんだろうか?)が僕の方をじろりと見遣った。結構、鋭い眼光にどぎまぎしていると、勘右衛門が「まーまー。兵助もハチもそこまで。……ごめんね、二人とも悪いやつじゃないから。で、名前は?」と笑いかけてくれた。

「不破雷蔵です。雷蔵でいいので」
「雷蔵? カッコイイ名前だね」

 ありがとう、とまで口にして、その先の呼称をどうするかで躓いた僕に気づいたのだろう彼は「あ、本当に勘右衛門でいいよ。それか、勘ちゃん。好きな方で」と教えてくれた。もう一度「ありがとう、勘右衛門」と伝え直す。僕の懸念を知ったのだろう「別に兵助でいいから」と兵助が俺の方を見た。さっきよりも和らいでいる目差しに、ほっ、っとしたのも束の間、ハチの質問に、心臓が冷えていく

「このあたりのやつじゃねぇよな?」
「あ、うん」
「旅行か何か?」
「あ……まぁ」

 追い込まれている。その自覚はあったけれど、ううん、あったからこそ、いっぱいいっぱいになってしまって、別の話題を振ることができない。ちかり。頭の隅で痛みが瞬く。ざわざわと騒ぐ心臓に指先から冷えていく。ぎゅ、っと握った拳ですら感覚が薄れていく。

「こんな海しかねぇとこ、何しに来たんだ?」

何しに、と問われたら、何も、だった。何かをしに来た訳じゃない。逃げ出して、偶々行き着いたのがここだった、というだけなのだから。じ、っと注がれる三人の目差し。何かを答えなければ、と思う。でも、どう答えればいいのだろう。何か言葉を、と必死にこねくり回し、深く深くへと探し求めていく。 
そうして見つけてしまった。さっき落ちた夜の海みたいに、光の届くことのないその場所の、さらに一番の奥底にある、昏く淋しい、その答えを。僕は、あの海に------------

「ん」

 ぱ、っと温かな光が僕をすくい上げた。銀色のお盆。そこに満月が落ちてきていた。三郎だった。


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