しん、と冷え込んだ教室に金属製の階段を昇るような音が鳴り響く。外を這うパイプに暖房が通りだしたのだろう。まだ誰もいない部屋は、息を零すだけですぐに白で滲む。この光景もあと少しなんだな、と、ちょっと感傷めくのは、この暖房が掛からなくなる頃に、自分はこの場所にいないと知っているからだろうか。人息がないせいか、なかなか温まりそうにない教室に、僕はコート類を脱ぐのを諦め、手袋だけ外すと、先に鞄の中身を仕舞うことにした。

(あれ? 何だろ、これ)

教科書類を机の上で整え、それを中に仕舞おうとして、ふと指先に引っかかるものがあった。かさり、と当たったそれ。金曜の放課後に確かに片づけをして空っぽにしたはずなのに、と思いつつ触れたものを机の中から取り出す。

(え、何で?)

そこにあったのは、綺麗なピンク色の包装紙にラッピングされた箱だった。僕は魚座だけど、今日は誕生日ではない。僕宛なんだろうか、と混乱しつつ、赤色のリボンを解こうとして、ふ、と気が付いた。もしかして、通信制の人の忘れ物なんじゃないだろうか、と。

(あ、でも、もしかしたら、僕のかもしれない)

ふ、と思い出した。チョコを入れたのだ、と言っていた彼女のことを。このまえのチョコが見つかったとなると、彼女に謝らなきゃいけない。どうして、今頃見つかったのかは分からないけど、でも、これがその贈り物だった可能性はある。

(うーん、開けた方がいいのかなぁ、けど、もし僕のじゃなかったら)

これが誰のものなのか、何か手がかりがないだろうか、と机の中を覗き込んで--------びっくりしてしまった。もう一つ、ラッピングされた物が入っていたから。そっと、取り出してみる。ふんわりと、甘い匂いが広がった。

「これ……」

シンプルな水色の袋には、小さな紙が一枚、セロテープで貼られていた。そこには『この席に座っている不破さんへ』と細く角張った字が刻まれていた。よく見ればルーズリーフの罫線が引かれているメモを袋が破れないようにそっと剥がした。



不破さんへ。

初めまして。私は、あなたの席に座っている者です。いきなりの手紙ですみません。あなたに伝えたいことがあってこの手紙を書きました。
この手紙が付いている袋とは別に、もう一つ、箱があったかと思います。あなたへのバレンタインのチョコレートです。ですが、中身は入っていません。
実は、あなたのチョコレートを誤って持って帰ってしまい、食べてしまいました。間違えたことに気が付いたのですが、どうすればいいか、色々している内に、今日になってしまいました。
お詫びするのが遅くなってしまい、あなたにも、それから、あなたを想って贈った彼女にも申し訳なく思います。同じ物を返そうと思って探したのですが、バレンタイン限定の商品だと言うことで返すことができません。本当に、ごめんなさい。
せめてものお詫びに、といってはあれですが、私が作ったケーキを入れておきます。いきなりのことで、「何だこいつ」と不愉快に思うかもしれませんが、ケーキに罪はないのですし(もちろん、毒なんて入っていません)一生懸命作ったので、食べてもらえると嬉しいです。
いつか人に喜んでもらえる洋菓子を作るのが夢で、まだ見習いですが、ケーキ屋で学んでいるので、味は保障できると思います。あなたに食べてもらえたら、そして、おいしい、と思ってもらえたら、それが私の一番の倖せです。
それでは、失礼します。読んでくれてありがとう。



読んだ瞬間、どうしてだか、泣きたくなった。ルーズリーフには、何度も消しては書いた跡が残っていて、きっと悩みながら書き連ねたことがひしひしと伝わってくる。差出人のない、手紙。会ったことも、見たこともない人だ。どんな人か、全然知らない。けれど、すごく真っ直ぐで、そして温かい人なんだろうな、というのは文面から分かった。

(これ、この人が作ったんだ)

水色の袋に付いているモールをそっとねじ開ける。中を覗き込めば、香ばしくも甘い匂い。深みのある焦げ茶色のそれは、あまり種類には詳しくないけれど、チョコレートのケーキだろうか。この手紙を書いてくれた彼(私、と書いてあったけど、筆跡からなんとなく男の人のような気がする)が作ったのだ。そうと思うと、触るのですらもったいないような気がした。

(けど、食べるのが、一番喜ぶことなんだろうな)

この手紙から伝わってくるのは、このケーキに対する想いで。本当にケーキを作るのが好きなんだろうな、ってことで。

(ちゃんと食べて、返事を書こう)

僕はそっと袋の中からケーキを取り出すと、それにかぶりついた。-------------そのケーキは、どうしてだかできたてのように、温かくて、倖せな味がした。

***

「鉢屋、どうしたんだ?」
「何か、にやにやしてるな。何かいいことあった?」

日曜日。机の中にあったのは青い包装紙に包まれた小さな箱と、それから彼からの手紙。ラッピングを破らないよう、そっとテープを剥がして開ければ、ころん、と出てきたのは、ハンドクリーム。

「……別に、何でもねぇし」
「何でもねぇ、って顔じゃねぇし」
「うん。すっごく嬉しそうだけど」
「なぁ、何があったんだよ? 教えろよ」

顔を見合わせている二人に「実は」と口にすれば、「実は?」と、ぱ、っと二つの双眸が私の方に興味いっぱいに向けられた。

「……やっぱ、内緒。悪ぃな」

ぽかん、と口を開けた後、「何だよそれ」とか「怪しすぎる」とぎゃぁぎゃぁ騒ぐ奴らを余所に、私は手紙の返事を考えることにした。-----------もう春が来たみたいに、心が温かかった。

(不破と私だけの秘密だな)



ケーキを作ってくださった方へ

こんにちは。不破雷蔵です。
ケーキと手紙、本当にありがとうございました。あなたに手紙をもらって、正直、びっくりしてしまいました。そんなことがあるんですね。でも、あなたが本当のことを教えてくださったおかげで、チョコレートの謎が解けました。もらった子にも説明したら、分かってもらえたので、もう気にしないでくださいね。
ケーキ、とても美味しかったです。上手く言葉にできませんが、感動しました。本当に本当に美味しかったです。見習いというのが、信じれないくらいです。いつか、あなたが営む洋菓子屋に買いに行きたいです。
僕はあなたみたいに、胸を張って「これが夢だ」というものがありません。だから、人を喜ばせる洋菓子を作りたいという夢があるあなたが、ちょっとうらやましいです。けど、あなたの手紙を読んで、僕もがんばろうと思いました。夢を探そうと。ありがとうございます。
あなたの夢が叶うのを、応援しています。
                                               不破雷蔵



追伸
水仕事が多いかな、と勝手に想像したので、よければハンドクリーム、使ってください。よく効きます。





Love so sweet!!



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